第24話 鍛冶ギルドにて

 翌朝、オルレオはいつも通りに早朝の鍛錬を終えていつも通りに朝食を摂った。依頼板クエストボードで行われる鐘三つ時の争奪戦には今日も加わらない。朝のゆったりとした時間を過ごしていたところで、マルコがオルレオを呼び出した。


「ほい、昨日の護衛依頼の完了報告書な。今日はどうするんだ?」

「う~ん……とりあえずは鍛冶ギルドに行って大盾を受け取って、それからは冒険者ギルドに報告に行って……あとはなんかこう、適当に考えてみます」

「行き当たりばったりってことか?」

「そんな感じです」

 オルレオの返事にマルコがいつものニカッとした笑顔を浮かべる。

「いいじゃねーの!休むもよし!仕事するもよし!今日を思うままに楽しんでくるといい!!」

 マルコがグッと親指を立てる。オルレオもその仕草を真似て右手の親指を立てて席を立った。

「わかりました!行ってきます!!」

「迷子になるんじゃねーぞ!」

 タっと出口にかけていくオルレオに、マルコが笑いながら声をかける。その言葉にオルレオは苦笑を浮かべながら街へと飛び出していった。


 金づちと金床で表された鍛冶ギルドまでオルレオはまっすぐにやってきた。ゆっくりとドアを開けると、そこには昨日と同じ受付の男が座っていた。随分と歳を経った男だ。髪は白く、顔に刻まれた皺は深い。背は低く、丸太の様に太い手足をしている、ドワーフと言われる種族だ。その男が、扉を開けて中へと入ってくるオルレオを鋭い眼光で射抜いている。

 その目力に、オルレオは自分の背筋が伸びてゆくのを感じた。

「っへ……そう緊張しなくてもいいだろうよ」

 しかし、その視線とは正反対に男がかけた声にはどこか親しみのようなものが浮かんでいた。

「昨日は悪かったな、ド下手な盾の扱い方で良いモンをぶっ壊してきやがったのかと思っちまったんだが……ありゃ、俺の見る目が間違ってただけだわ」

 グッとカウンターに両手をついて頭を下げる男に、オルレオは慌ててそれを止めに入った。

「いやいや、その、自分も盾をソリみたいにして変な使い方してしまいましたし……そ、そんなに頭を下げないでください」

「むっ、そうか。いやそれならそれで良いんだが……」

 男は納得したようなしていないような顔を上げた。


「えっとそれで、預けていた大盾のことなんですけど……」

 それを見てどこか安堵したようにオルレオが聞いたところで、ドンっと音を立ててカウンターの上に大盾が置かれた。大盾は翼竜ワイバーンの爪痕も地面を滑った無数のすり傷も全く見えないまでになっていた。オルレオがその大盾を持ち上げたところで、「お?」と声が漏れた。 

 盾の重さや重心が変わっているのだ。


「サービスだ。盾に残ってた傷跡からお前さんの使い方を予想して少しばかしイジってみたんだが……前よか扱いやすくなってんだろ?」

「ちょっと振り回してみてもいいですか?」

 いいぞ、という男の声を聴くや否や、オルレオは盾を一度背に負って、それを構えなおした。盾を上下左右に振り回し、時に足で蹴り上げたり、裏から肘で押し込んだりと乱暴な扱いをしてみても、盾はブレることなくオルレオが思っていた通りの軌道で動き、狙い通りの場所でピタリと止まった。


 感触を確かめ終わったオルレオが盾を背に担いだ。お礼を言おうとオルレオが男へと振り向いたところ、男は感心したようにオルレオをのぞき込んでいた。

「おまえさん、その盾の扱い方は誰に習った?」

「育ての親が師になります。もっとも盾の扱い方を一から教わったわけじゃなくて、模擬戦で師匠からの攻撃を防ぐ中で身に着けたものですけど……」

 その返答に、何度も何度も男が頷く。オルレオは目の前の男が小声でぶつぶつ言いながに考え込み始めたことで、自分が何かおかしなことを言ったのだろうか、とかそれとも自分の育ち方はやっぱりおかしかったのだろうか、などと思っていた。


「なあ、お前さん。ちょっと頼みたいことがあるんだがいいか?」

「僕に出来ることなら」

 男の提案にオルレオはあっさりと了承した。それを見て、男は嬉しいような呆れたような何とも言い難い表情を作った。

「……お前さん、悪いこたぁ言わねえ。こういう時は簡単に引き受けるんじゃなくて最後まで話を聞くようにしろ、じゃねーといつか騙されっぞ」

「はい!」

 素直に頷くオルレオに男はますます頭を抱えたくなった。


「……まあいい、頼みっていうのはお前さんの防具を修理したり新造するときにうちの弟子を使って欲しいんだ」

 うん?と首をかしげるオルレオにかまわず男が続ける。

「オレァ、これでも自分の鍛冶場を持った親方衆の一人なんだがな。ちいっとばかし悪ィことやって今月いっぱいここで罰として受付やってんだわ」

 男はふう、っと大きくため息を吐いて、間を置いた。

「んでもって、昨日受けたお前さんの盾の修理はこっそりとオレがやったんだが……若ぇくせにあそこまで盾を使いこなした傷を付けてた奴は初めてでな、コイツァ面白ぇと思ってたのよ」

 男の口の端が弓の様に弧を描く。


「んで、今実際にお前さんの盾をブン回す様を見て思ったんだが……お前さんの盾の扱いは相当なレベルに達してるってーのに、まだまだ発展途上って感じに荒々しさが残ってんな、と見た」

 男の誉め言葉にオルレオは照れよりも嬉しさが生まれた。なんとなく、自分の未熟を指摘されたのではなく、自分よりも年上の男に認められたのだ誇らしさを感じたのだ。


「そこでオレは思ったわけだ。お前さんの腕に合うようにオレの弟子を育てることが出来ればアイツももっと高みに登れるんじゃねぇだろうか、てな」

 男がグッと熱意のこもった視線でオルレオを捉える。

「もちろん、お前さんの防具について半端な真似をさせねえ、お前さんの腕に防具が追い付かねえと思ったらすぐに関係を解消していい……頼めるか?」

 オルレオはゆっくりと頷いた。

「さっき言ったとおりです。むしろ、こちらからお願いします」


「おお、そうか」

 男の顔に笑顔が戻った。

「おっと、いかんいかん。そういえば自己紹介がまだだったな……オレはカイン・バルガス、お前さんは?」

「オルレオ・フリードマンです」

「オルレオか……よし、とりあえず、弟子は今はウチの鍛冶場にいるからここでは紹介できねぇ、今度盾が壊れたり大仕事の前にはここまで来てくれや」

 そう言いながら、カインはオルレオに紙を手渡した。カインの鍛冶場までの道順を描いた地図だ。

「次来る頃にはオレも鍛冶場に戻ってるはずだ。そんときゃあ弟子ともどもよろしく頼むぜ」

 スッとカインが右手を差し出してくる。その手をオルレオが取ると、カインはがっしりと両手で包み込んでくれた。若干痛いとは思いながらもオルレオもしっかりと手を握り返した。

 

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