第14話 報告

「つ…つかれた…」


 ガックシと机に突っ伏したオルレオを見ながら、クリスは手元にある依頼達成の報告書に目を通していた。


「あ~、あの人はまあ、何といいますか、良くも悪くも元気と活力が溢れ出ているような方なので…」


 オルレオがチラリと横目でホールを見やる。そこには、オルレオのことを『盾ヤロウ』と称した少女が見える。


 先ほどまで周囲に居た野次馬と共に、壊れたバックラーや大盾に付いた傷を確認しながら、翼竜相手に戦いを挑んだ5等3位の冒険者のお話―つまりはオルレオの初仕事が彼女の語ったとおりに無謀かつ大胆なものだったと大いに盛り上がっていた。本人たるオルレオを除いて。


 そんな彼女もギルドマスター直々にうるさいと叱りつけられて今では、ホールの片隅に無言で佇んでいる。その目線の先にオルレオを捉えながら。


 オルレオはさっと目線を目の前のクリスへと戻した。まるでこのあとも弄り倒すぞ、と言わんばかりの少女の目に嫌な予感がしたからだ。


「あの女の子ってもしかしてすごく有名なの?」


 ちょうどクリスも報告書を一通り読み終えたのだろう。オルレオと目を合わせながら小さな声で答える。


「ここ、レガーノの街では、ってレベルですけどね。冒険者としての腕ももちろん優秀な部類に入りますが、なんたって領主様の末の妹なんですから…」


「領主様の妹!?」

 

 思わず声に出したオルレオは「全くそうは見えない」、と続けようとしたのを根性でこらえた。視界の端に映る少女がひどく不満げな顔をしたからだ。


「…なんだってそんな人が冒険者になんて…」


 オルレオは声を小さくしてクリスに尋ねた。

 

 それもそのはず、レガーノはその昔に崩壊した帝国から分かれた小国家の一つ、都市同盟と呼ばれる複数の都市からなる緩やかな連帯国家の一都市である。都市の領主と言えば、徴税権、司法・立法権、そして兵権を持つレガーノのトップであり、他国で言えば貴族と同等の立場である。


「あの方、モニカさんは何というかとにかく子供のころから活発な方だったらしくて、先代の領主様、お父上がご存命のころからとにかく剣と魔法の修練に明け暮れておられたようで…13歳で冒険者として登録されてからたった2年で3等級まで駆け上ってこられた、当ギルド支部の3等級到達の最速記録保持者(レコードホルダー)なんです」


「はー、そんなすごい人だったんだ…」


 そう言って、再度オルレオが横目で様子を伺ったところ、モニカは笑顔でピースサインを送ってきていた。


「…あれって、もしかしなくても聞こえてるよね…」


「…そうでしょうね…面白いもの好きだと聞いてますから、聞き耳立ててたんだと思います…」


 笑顔で上機嫌なモニカとは正反対にどうしようかと思案顔をしていたところで、モニカに近寄る影があった。金砂を紡いだサラサラと流れるような髪と均整がとれたしなやかな体系、そして笹の葉のように尖った耳を持った女性。


 その女性がモニカに話しかけたところ、モニカは二カリと笑いオルレオ達に手を振りながらギルドの外へと歩きだしていった。その後を追うように耳長の女性は何度もオルレオ達に頭を下げた後でくるりと踵を返した。


「今の人って…」


「ああ、ニーナさん、エルフの方ですね。モニカさんとパーティーを組んでおられるみたいでいつもモニカさんのストッパー役をやってくださるんです」


 ああ、と言いながら、オルレオはギルドに来るまでの光景を思い返していた。その中には毛皮や鱗に覆われていたり、耳の位置や形が違っていたり、尻尾がふさふさしていたり、といわゆる亜人と呼ばれる特徴を持った人々が数多くいたの思い出す


「ところで、オルレオさん、今回は依頼完了のご報告だけでよろしいですか?何でしたらクエストの受注なんかも承りますよ?」


 涼やかなクリスの声で一気に現実に引き戻されたオルレオは、軽く首を横に振った。


「いや、今日のところは辞めとく。ほら、防具壊れちゃったし…」


 あっ、という小さな声がクリスから漏れる。どうやら失念していたらしい。


「それで、今日は盾の修理にいこうと思うんだけど、この盾を持ってきてくれたのがアデレードって人でさ、その人のお店の場所が知りたいんだ」


 オルレオがクリスから手渡された地図を広げながら言う。クリスはその中でも北門の近く、北の大通りから一本筋を挟んだ辺りを指さした。


「えー、と大体この辺にあるはずです。ですが、取り扱っているのは魔導具が中心で武器や防具でしたらおそらくは違うお店のモノだと…」


「だとは思うんだけど一応は貰ったものだし。お礼を言いに行って、ついでに買ったお店を教えてもらおうと思って、修理なんかもそっちの方がし易いだろうし」


「それは、そうかもしれませんが…」


 納得したようなしないような、そんな複雑な顔をクリスは浮かべていた。それでも少しだけ、クリスは大きく息を吸い込むと力強く言った。


「大盾の修繕ならそれでいいとは思いますが、バックラーの新調はオルレオさんが自分でいろんな店を見て決めるべきだと思います!自分の命を守るものなんですから!あちこち探しまわってそれで自分にピッタリと来るものを選ぶべきです!!」


 両手を強く握り締めながら力説するクリス。オルレオはその姿を見て、なるほど、と関心していた。たしかに貰いものだからと安易に使い続けるのもどうかと思うし、そもそも予備の盾や防具なんかも用意していかなければならないのだからあちこち回って値段や腕前などを確かめていくのも悪くはないだろう。

 

 それにそもそも武器防具の類は壊れて当然のものだ。だからこそ、冒険者それぞれが自分に合ったものを使わなければならないというのがクリスの考えなのだろう。


 そういった装備品を整える部分から冒険の準備というのは始まっていくのだろう。と、オルレオは昨日、冒険の準備がいかに大事かを教えてもらったことを思い返していた。


「そうだね。いい機会だし、あちこち見て回ることにする。ついでに、冒険に行くときに準備しておくものとかも買っておこうと思うんだけど、何が必要か教えてほしい」


 ここに来たもう一つの目的を改めて大切なことだと思ったオルレオはクリスに頭を下げて、お願いした。


 そのとき、オルレオはクリスの目の奥に火が灯るのをみた。クリスが嬉々として冒険者に必須の道具類について力説していくのを、オルレオは静かに、黙って聞いていくしかなかった。

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