第13話 盾ヤロウ

 初冒険を終えた翌日。オルレオは昨日よりも早い時間に起きだした。盾と剣を引っ掴んだら足早に一階に駆け降り、朝の支度をしている主人に一声かけてカウンターに1シェルケを置いて中庭へと飛び出す。


 基本九種の素振りを百回こなした後で、オルレオは大きく息を吐いて身体を小さく屈める。全身の力を両脚に蓄えるようにして、その力を脚から腰に、腰から胸に、胸から腕に伝えて最後に剣へ。


 勢いよく飛び跳ねるようなその斬撃は、昨日翼竜に見舞ったものと変わらぬ動作のはずだ。


  しかし、剣を振り上げた勢いは昨日とは比べ物にならぬほどに弱弱しかった。オルレオは自分の事ながら不可思議に思い、二度、三度と繰り返すもそこには翼竜の尾を切り落とすほどの斬撃は生まれなかった。


「俺もまだまだ、てことか」


 ひとしきり繰り返した後で、オルレオは剣を収めながら呼吸を整える。


 昨日の一撃はおそらくは命がかかったことで生まれた火事場の馬鹿力的なものではないか、幾度もの繰り返しの果てにオルレオはそう結論付け、朝の稽古を終えた。


 いつのまにやら宿へと続く扉の前に、水の張った桶と手ぬぐいが置いてある。オルレオは手ぬぐいで顔をぬぐいながら、昨日の一撃をいつでも繰り出せるようにしよう、と、心の中で小さな新しい目標を打ち立てた。


 朝の鐘3つが鳴り終わる前に、オルレオは宿の一階、クエストボードの前に居並ぶ同業者の群れの中に分け入った。誰も彼もがぎらぎらと目を輝かせ鼻息荒く、今か今かとその時を待ちわびている。若干の居心地の悪さをオルレオが感じ始めたところで、一日の始まりを告げるような冴えて伸びやかな鐘の音が三度聞こえた。


 同時、店長たるマルコが依頼文を張り付けていく。オルレオはその一枚一枚に目を通していく。依頼には薬草類の採取や鉱石の採掘、魔物由来の素材の収集から、エルフの森へのお使いや、ドワーフの住まう鉱山へ鉱石買い付けに行くもの、港町までの隊商護衛、ゴブリンやコボルトの討伐等、多種多様なものがあった。


 オルレオはそれらを一つ一つ眺めていた。そして、一枚残らず、すべての依頼が周りの冒険者たちに剥がされていった。彼らは依頼を一枚だけとっていくのではなく、同時進行が可能なものであると判断すれば何枚でも持って行っている様だった。 


 依頼の内容と冒険者たちの反応を見終わったオルレオはカウンターに腰かけた。そのタイミングを見計らったかのように、食欲をそそる香りを漂わせながら朝食が目の前に差し出された。無料サービスとはいいものだ、とオルレオはつくづく思った。


 プレートをみれば、野菜のスープとパン。これに目玉焼きと腸詰め、温野菜が添えられている。まずは、スープにパンを浸して柔らかくする。少しふやけ始めたところで、今度は目玉焼きを割る。半熟のトロっとした黄身にパンを付けて口にほおばる。

 美味い。

 次いで、腸詰めを食らい、温野菜で口の中の肉汁をさっぱりとさせてから、もう一度スープとパンへ手を伸ばす。

 これもまた美味い。


 ゆっくりとした朝食を終えたところで、マルコがカウンターから声を掛けてきた。


「今日はお休みか?オルレオ」


 その言葉に頷きを一つ返し。


「ええ、盾が壊れてしまったうえに、冒険者としての基本みたいなのを学ばなきゃいけないみたいなんで。今日一日は情報収集と店探しにあてることにします」


 へえ、と笑うマルコ。


「なるほど、なるほど、俺らの忠告を素直に聞いてくれるたぁ、嬉しいねぇ。若ぇ奴はどうにも準備だの用意だのを舐めてかかってっからな、ついでに俺みたいなオッサンの助言も」


 自分の発言に笑うマルコにオルレオは苦笑を交えながら。


「まあ、そういう訳で良い鍛冶屋があれば教えてもらいたいんですけど…」


 お?と笑うのを止めて疑問気にマルコが首を捻った。


「そいつぁいいけどよぅ、お前さんが前使ってた盾なんかはアデレードのやつに用意してもらったんだろう?だったらやつのところに行くのが一番だと思うんだが…」


「いや、そう思ったんですけどね、俺、アデレードさんの名前は聞いたんですけどお店の名前を聞いてなくて…」


 おう、とマルコが右手で顔を覆いながら天を仰いだ。


「アデレードのやつが北通りのどこかに店を構えてるのは知ってるんだが、それ以上の場所までは俺も知らねぇんだよなぁ」


「アデレードさんって有名なんですか?」


「オウ、何年か前にこの街に流れてきた凄腕の魔術師だからな、特に魔導具創りの才能は誰がどうみてもトップクラスで、こんな辺境まであいつに弟子入りしようって若者が来るみたいだぜ」


 とんだ有名人に朝食を作らせてしまっていたことにオルレオは微妙な気持ちになった。それ以上になんであの師匠がそんな人と知り合いなのだろうかオルレオは不思議でたまらなくなってしまう。


「ま、ギルドにいきゃあ多分わかるだろうさ」


 はっはっはとまた笑い始めたマルコ。食べ終わったオルレオのプレートを片付けて、今度は一枚の書類をオルレオの前に差し出した。何だろうか、その書類に目を通し始めたオルレオにマルコは楽し気に言う。


「昨日の依頼の達成報告書さ。こいつをギルドに提出しに行きな。そのついでに冒険者にとって必要なものとかそれらの販売場所とか、後はアデレードの店の場所を聞くといい」


 差し出された書類を受け取ったオルレオは、その書類を丸めて持ち運びやすいようにカウンターに置かれていた紐で綴じた。


「ごちそうさま」


 そう言ってカウンターを立ったオルレオは宿の部屋に向かい、バックラーと大盾を手に取った。


 大盾は少し表面が削れただけで済んだのだが、バックラーは全体にひびが入ってもう使い物になりそうになかった。オルレオは大盾を背負い、バックラーをザックに放り込んで手早く外出の支度を整えた。


 宿を出てギルドまで歩いていく。朝早くの大通りには武器を持った人間が大勢いる。おそらくは彼らの多くは冒険者や傭兵などだろう。立ち並ぶ店で手早く買い物をするものから、預けていた武具を受け取ってその場で装備しているもの、そして隊商の馬車に揺られて何処かに行くものまで様々だ。


 街の人々も彼らを相手に口上を述べながらあれやこれやと売りつけたり、交渉したり、依頼の確認をしたりと大忙しだ。


 落ち着いて周りを見てみると冒険者も傭兵もただ戦えればいい、強ければいいというわけではないのだということがよくわかる。


 商品の目利きから相場の把握、情報の収集に依頼の準備。それを何人かで分担して行っているのが冒険者パーティーというものなのだろう。


 これは自分もパーティーに入るかどうかとか考えなければいけないのでは?とオルレオが考えるようになったころ、目的の冒険者ギルドに到着した。


 その辺のことも今日相談しようか、そんなことを考えながらドアを開けたところで、声が聞こえた。


「それでさー、そこからが笑えるんだよ!そいつな、翼竜に背を向けて一気に坂に飛び込んだのよ!そんでもって、持ってた大盾をボード代わりにしてズザーって滑っていくのよ!!んで、翼竜のやつが追いかけくるだろ?そいつをさ、ボードの上にのったまんまで迎え撃つのよ!こう、さ!上空から一気に急降下でしかけてくる翼竜の尻尾をよ!ズバっと一撃でぶった切っちまったのさ」

 

 大仰に身振り手振りを交えながら、一人の女性が輪の中心で話をしていた。彼女が話しているのは他でもない、昨日のオルレオのことだ。

 

 いったいどこで見ていたのだろうか、とオルレオが困惑しているところで、話を聞いていた周りの冒険者たちがドッと笑いに沸いた。「そんなやついるわけないだろう、」とか「何でそんなのが5等3位なんかやってるんだ」というヤジに、話をしていた少女は「本当だっての!」と返しながら周囲を睨みつけるようにし……、オルレオと、目が合った。


「居た!ソイツだ!盾ヤロウだ!」


 盾ヤロウ、と指さされたオルレオは周囲の期待と面白いやつを見つけたとでも言うべき視線にゲンナリとなった。

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