第12話 初報酬

  北門にたどり着いた頃、城壁の中から鐘の音が響いてきた。8回。日は傾きを増しており、辺りは少しずつ、朱く染まり始めていた。そんななかであっても、オルレオが纏ったどす黒い赤は嫌になるほど目立っていた。何度か水場で洗い流しはしたものの、鎧下に着込んだ衣服に染み付いてしまった血は容易に落としきることはできず、今もそこかしこに斑模様を描いていた。


「がっはっはっは、すごいことになってるな!」


 折よく、門番の任についていたマックスは豪快にオルレオの惨状を笑い飛ばした。


「あはは…ちょっと全身に返り血を浴びちゃいまして…」


「お前自身にケガはないのか?きちんと確認したか?下手に傷口から獲物の血が入り込んだら感染症の可能性もあるんだぞ?念には念を入れて解毒薬アンチドーテを飲んどけよ」


 笑いながらも、オルレオの身を案じて身体のあちこちを確かめるように見たり触ったりしながら的確な助言を繰り出していくマックスではあったが、オルレオは何のことだかわからない、と言った顔をしている。


「あんち、どーてー……?」


 そこからか、というマックスの顔に、何がいけなかったんだろう、とオルレオが疑問気な表情になる。


「お前さんは、あれだな。そこそこ腕は立つのにどっかでぽっくりと死にそうな気がしてくるな。具体的には冒険の準備不足とかで」


 何と不吉なことを言うのだ、と思うが実際に今日、下手を打てば死んでいたかもしれないオルレオには何も言い返すことができなかった。


「いいか、解毒薬アンチドーテってのは読んで字のごとく解毒作用を持った水薬のことだ。もっともどんな毒にも効くってわけでもないが微量の毒だったり、感染初期の病魔の類ならたちまち治しちまう冒険者のお供ってやつだ」


 ほう、とばかり関心をもった声をあげるオルレオとは対照に、マックスは何かをあきらめたよう顔をしている。


「あのな、オルレオ。お前さん、冒険者ツールとかって聞いたことあるか」


 オルレオの首は、一瞬の間もなく横に振られた。


「よっし。オルレオ、お前が今回そこまで返り血を浴びたってことは、そこそこのデカブツと殺り合ったか、それとも多くを切り殺したかのどっちかだろう。お前が強いのは分かったがそれだけじゃあ生き残れんと俺は思う。だからだ、悪いことは言わん。ギルドに行って冒険者の標準的な持ち物や準備しておくもん、後は心得なんかだな、そういうもんを学ぶようにしとけ」


 いいな、とマックスの目が強く光る。オルレオは、それに素直に頷きを一つ。


「分かった、そうするよ」


 オルレオの返事に、「よし」とマックスが笑う。話が終わると簡易な荷物の検査を受けて門を通されたオルレオは、今朝来た道を遡るように『陽気な人魚亭』へと歩みを進めていった。頭の中ではさっきのマックスが言っていたことを何度も、繰り返しながら。明日はギルドに行って買い物に出かけよう、とオルレオが予定を立て終わったのは、ちょうど宿の入り口にたどり着いたときだった。偶然にも、昨日オルレオが宿にたどり着いたのと同じくらいの時間だった。


 ドアを開けて宿の中に入る。肉が焼ける音やスープストックが暖められた芳醇な香りが漂う室内に昨日とは違う点、カウンターに突っ伏すようにして眠るエリーの姿があった。


「おう、戻ったのか」


 カウンターの向こうからマルコが笑う。


「どうやら、上手いこといったみたいだな」


 安心したような、満足したようなそんな声だ。その横で、妻のエルマが寝こけていたエリーを優しく揺り起こしている。ハッとした様に上半身を跳ね上げたエリーは辺りをきょろきょろと見まわし、口元をぬぐう。よだれが出ていたのかもしれない。くすくすと笑うエルマがオルレオを指さした。

 バッと扉を振り向くエリーとオルレオの目が合う。


「おはよう」


 ちょっと楽し気にオルレオが言う。


「あなた、ちょっと意地悪ね」


 ふてくされたように頬を膨らませながらも、エリーはオルレオから視線を逸らさず、ジッと見つめていた。


「よかった……帰ってきてくれて」


「一応ね、それとこれ、上手いこと取ってきたよ」


 オルレオは歩いてカウンター近くに行き、ザックを床において中身が見えるように口を開いた。カウンターの奥からマルコがこちら側に出てきてカウンターに敷物を敷いて三人で中身を一つ一つ取り出していく。カウンターには敷物の上に竜頭草が並べられていき、その脇に、氷が詰まったグラスが三つ置かれた。中には数種類の果実を絞ったジュースが満たされている。エルマからの差し入れだろう。


 並べられた竜頭草の状態をエリーが中心になって検めていく。ほとんどは問題ない状態ではあるはずだが、如何せんオルレオがクッション代わりに下敷きにしたせいでいくつかは潰れてしまっている。しばしの時間の間、オルレオは有り難くジュースを頂いていた。よく冷えていてちょっと酸っぱくて甘みのある飲み物が疲れた体にしみこむようにいきわたる。オルレオはそれだけのことに至福を感じていた。


「うん…よし…これだけあれば十分大丈夫なはず…」


 オルレオが一杯目を飲み終わるよりも前に、エリーは手を止めた。そのまま、グラスを持った反対の手―オルレオの左手を両手でかっさらう様にして強く強く両手で握りしめた。


「ありがとう、これでたくさんの子供が助かるわ!あなたのおかげ」


 ぶんぶんと上下に振られる手の感触、力強く両手で握りこまれているおかげでよりぬくもりと柔らかさを感じてしまう。


 思わず照れてしまったオルレオはまともにエリーの顔を見ることができなかった。 


 それでもちらりと盗み見たエリーの顔はどこか涙ぐんだような瞳なのに明るさを感じさせる笑顔でオルレオはその笑顔を見れただけで今日一日の疲れなんか吹っ飛んでしまった。


 そうして、マルコとエリーが依頼の完遂を証明するための書類を作成し、エリーは急いで自身の実家兼職場である錬金工房アトリエへと帰っていった。宿に残ったオルレオの手には5枚の100シェルケ小銀貨が残された。オルレオにとって初めての報酬である。


 徐々に人が増え始めた店内でオルレオは今日一日の冒険をマルコにかいつまんで説明をしながら今日から一月の間無料になった定食に舌鼓を打った。その際、マルコとエルマの二人からマックスと同じく、冒険の基礎を学ぶように口酸っぱく言われてしまった。

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