第15話 再会

 鐘の音が5回鳴り響くまでその身を拘束されていたオルレオはゆっくりと身体をほぐしながら大通りを北へと歩いていく。ズボンのベルトには一枚の紙がねじ込まれている。クリスがオルレオに渡したそれには冒険者にとって必須の道具や、あれば便利な代物についてこれでもかと書き連ねたものだ。後で目を通そうと思い、ベルトに挟み込んだ紙を無くさないよう、オルレオは左手で抑えるようにして進む。


 大通りを北に半分ほど歩いたところでオルレオは目的地の目印として教えられた建物を見つけた。レガーノの魔術ギルドだ。瀟洒な赤レンガを積み立てて出来た館には短剣ナイフと火を模した印章が掲げられており、ここが魔術師の集う場であると主張している。 


「何か、こう、思ってたのと違う…」


 オルレオは魔術ギルドというものを、ローブを目深に被ったいかにもな人物たちが集まるような薄暗い建物だと勝手に想像していた。しかし現実ではそんな陰気さなど欠片も感じさせない明るく、洒落た佇まいでそれこそ貴族や大商人が住んでいるといっても納得できそうなくらいだ。


 はー、っと興味深げに見上げるオルレオの横へ、ユラリと影が生じた。


「そんなに珍しいものですか?」


 聞き覚えのある声にオルレオはギョッとした。なにせ、つい先ほどまで誰もいなかったはずのところから話しかけられたのだから。それも、近づく気配すらなく、だ。


「…アデレードさん?」


「はい、アデレードですよ?」


 思わず疑問形になったオルレオの呼びかけに合わせるように首を傾げながら疑問形で答えた艶やかな女性。オルレオの探し人たるアデレード・フォスターがすぐそこにいた。


「あの…」


 と、声を掛けようとしたオルレオの唇にスッと指が添えられる。アデレードの細くしなやかな人差し指が、オルレオの言葉を封じた。


「お話があるようでしたら、どうぞ家においでください。お茶を入れて差し上げます」


 優し気な微笑みを浮かべるアデレードに、オルレオは自由に動かせるはずの口を開くことが出来ず、ただ頷いた。


 先を歩くアデレードの後に続いて、オルレオは魔術ギルドの裏に建つアデレードの店へと入った。店内には魔導具が並べられており、その値段はオルレオの想像をはるかに超えて高額なモノばかりだ。思わず恐縮してしまい商品に触れないように縮こまってしまう。


「大丈夫ですよ、そうそう簡単に壊れるようなものではございませんし、それにお手ごろな値段の商品もございますから」


 カウンターの奥へと歩きながらアデレードが言う。そんな彼女を見送って、オルレオはカウンターの近くに一つだけあったテーブル席に腰を下ろした。


 テーブルの近くには比較的値段の低い商品が置いてあり、オルレオはそれらを眺めながら過ごすことにした。空間拡張の魔術が掛かったバックや、食品を劣化させずに保管することのできる貯蔵庫、どんな時でも火を熾せるカンテラに、使用者が行きたいところを指示してくれる杖など、オルレオでも頑張って稼げば買えそうなものだ。


 その中でも、空間拡張バックにオルレオは心奪われた。今もオルレオのズボンの左側に挟まれた紙。これに書かれた代物を持ち歩こうと思ったら、単純に考えて自分の持ち運べる容量を超えている。おそらくは、説明にあった道具はパーティーで分担して持ち歩くことが前提になっているのだろうが、それでもはぐれた時の事なども考えればある程度の必要なものを持たなければならない。


 そう考えれば、魔術の掛かったバックやポーチを買いそろえるのは選択肢としてアリだ。オルレオからすればこの一月はチャンスである。なんせ竜頭草の依頼で食・住については一か月の間はタダ、だからだ。ならばこの一か月の冒険の目標は魔術バックの購入としようか、とそう思ったところで、鼻腔を穏やかな香りが抜けていった。


 カウンターの向こうからゆっくりとした足取りでアデレードがやってきている。手にはティーセットが載ったトレーがあった。オルレオは立ち上がるとアデレードからトレーを受け取ってテーブルへと運び、そうして二人そろってテーブルについた。


「ありがとうございました。お優しいのですね」


「いえ、お邪魔する形なのでこれくらいはさせてください」


 にこやかに微笑むアデレードに少し照れくさそうな顔のオルレオ。


「それで、本日はどういったご用件でしょう」


 ティーカップに口つけるその仕草だけでも男を魅了してしまいそうなアデレードの色気に少しだけドキッとしながらも、オルレオは話し始めた。


「あの、まずは、この間はありがとうございました。装備を持ってきていただいたときも、それから盾を木箱に格納してくださったときも、すっごく助かりました」


 椅子に座ったまま深々と頭を下げるオルレオに、アデレードは一層目を細めた。


「それで、ごめんなさい。昨日、依頼でダヴァン丘陵に行って、即行でバックラーと大盾、壊しちゃいました。」


 あら、と口に手を当てた。アデレードは次いでクスクスと笑い始めた。


「そんな、謝罪なんてしないでくださいな。防具なんて壊れてでも持ち主を守るのが勤め。あなたに怪我がなければ、それが一番です。」


 その言葉にオルレオはほっとした。貰った装備を次の日には使ってぶっ壊しましただなんて知られたら怒られるのではないかと思っていたからだ。それをこうして笑って収めてくれたことにオルレオの心は少しだけ軽くなった。


「それで、できれば大盾は修理にだそうかと思ったんですけど、購入されたお店を紹介してもらえませんか?」


 その言葉に、アデレードは軽く首を振った。


「残念だけど、私も知りませんの。これは行商人が売り出していたものから造りがよさそうで、なおかつお手頃な価格のモノを選んだだけですので……少なくともこの街の工房で造られたものではないと思うの」


 ごめんなさいね、というアデレードに対して、オルレオは大きく頭を下げながら謝った。


「こちらこそ、すいませんでした。貰い物を壊しておきながら勝手なお願いをしに来てしまった」

 

 その様子を見て、柔らかく微笑んだアデレードはオルレオに優しく訊ねかけた。


「そうですねえ、鍛冶ギルドにはもう行かれました?」


 今度はオルレオが首を振る。この街に来てからオルレオが立ち寄ったのは冒険者ギルドと陽気な人魚亭ぐらいだったからだ。


「だったら、一度顔を出してみるのは如何でしょう?あそこではこの街にある工房の商品を集めて商会に卸していますし、確か小売りもしていたと思います」


 こくこく、と頷きながらオルレオはアデレードの話を真剣に聞いていく。


「そこで気に入ったバックラーを買って、そのバックラーを造られた鍛冶屋を紹介していただいて大盾を修理していただく。そういう流れで如何でしょう」

 

 そのアデレードの提案に、オルレオはパッと顔を明るくした。目の前にあった問題が急に片付いた気分だった。


「参考になりました。ありがとうございます!」


 元気よくお礼を言うオルレオに、「いえいえ」と笑うアデレード。オルレオはカップにわずかに残ったお茶を味わいながら飲み終えて席を立った。


「今日は本当にありがとうございました。今度はきちんと買い物をしに来ます」


 深々とお辞儀をして出口へと歩きだすオルレオに、アデレードはにこやかに手を振った。


「本当に、あの人に育てられたって、嘘みたいに礼儀正しくて優しい子…」


 アデレードの脳裏には剣を担いで笑う男の姿が浮かんだ。ガイがアデレードに、装備を買うときに『この街以外で造られたモノに限る』なんて条件を付けた理由が、今、ようやくわかった。あの人にはわかっていたのだろう。自分の弟子がアデレードの元をこうして訪ねてくることが。弟子たるオルレオがアデレードに義理立てしてその店を使い続けるだろうことを。


「あの人なりの優しさなのでしょうか?」


 あの条件は、オルレオが自分で自由に選べるようにとの気遣いだったのだろう。なんとも遠回りな思いやりだ。思わず、アデレードは笑みが浮かぶのを止められなかった。


 そういえば、あの人は今頃どうしているだろうか。そんなことを思い、アデレードはゆっくりと閉まるドアの音を聞き、少し冷めたカップを傾けた。


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