第9話 ダヴァン丘陵
初めての依頼を受けて意気揚々と出立準備を終えたオルレオは何やら微妙な顔をしたロッソ夫妻と、縋るような祈るような顔をしたエリーに見送られて都市を出た。
緊張した気持ちで北門を出て向かうは北東、
人の足で歩いて2刻―1日を12分割して1刻―の距離をいささか急ぎ足で歩くオルレオは今回の依頼内容を改めて思い返していた。
今回の依頼の目的である竜頭草というのは、この都市特有の風土病―ハルパ熱という幼児や赤子がかかる感染症の治療薬になるらしい。
春先に咲くこの花は、毎年この時期に多くの酒場で依頼がでて十分な量を備蓄できていたらしいが、今年は
何とか対策を進めていたところではあるが、すでに感染者が出始め、薬のストックが遂には切れたとのことで、慌ててあちこちに依頼が出されていた様だ。
しかし、上位の冒険者はギルドのミッションに備えているところであるし、そもそも依頼金が少なすぎて誰もわざわざ受けようとはせず、酒場から依頼の貼り出し許可を受けたとしても、下位の冒険者は身の危険を感じて受けなかったらしい。
そこで、エリーはかつて冒険者であった“陽気な人魚亭”のロッソ夫妻に頼み込み酒場側から特別報酬を出すことで何とか上位の冒険者を引き込もうとしたがそれも失敗、結局オルレオが受けることになったという顛末だ。
まあ、オルレオが受けるといったとき、ロッソ夫妻は滅茶苦茶心配して依頼の受注を渋ったものだが、それをオルレオが
『大丈夫ですって!
という何とも情けない説得を敢行したところどうにか説得できた。
おそらく、師がこれを聞いたら大爆笑して1か月は笑いものにされるだろうが本人の耳には入ることがないだろうからべつにいいだろう。
さて、竜頭草というのは特殊な形態をした植物でなんでも花の形が文字通り龍の頭に似ていることからその名前が付いたのだそうで、エリーがそれを必死に説明して頭の後ろで両手をピョコピョコして龍の二本角を表現していたがあれはたいそう可愛らしかったとオルレオは誰もいない平野で満足そうな顔していた。
提示された成功報酬は500シェルケ、確かに安いなと思ったが、追加報酬が、“陽気な人魚亭”の1か月無料宿泊と朝晩の定食無料サービスと聞いてオルレオは発奮した。
冒険者ギルドへの昇級嘆願書とどちらにするか提示されたのだが、オルレオはこちらを選んだ。
美味しい食事と安全な寝床が無料で手に入るならそちらの方が嬉しく思うし、何より自分の力で昇級を勝ち取るからこそ修行になると判断したのだ。
そこまでをつらつらと思い返したところで、オルレオは自身の装備に手を触れた。嫌というほどその存在を重さで証明してくれる剣、背に負った大盾には頼もしいさを感じるし、左手のバックラーは思っている以上に自分の身体に馴染んでいる。最後に肩に担いだザックの中にあるエルマが急遽拵えた弁当を確認してオルレオは頷いた。
「ま、なんとかなるだろうさ」
驚くほど楽観的に、意外なまでに平静と口をついて出た言葉にもう一度だけ頷いて、オルレオはまた少し、歩く速度を速めていった。
ダヴァン丘陵についたのは昼前というのもまだ早い頃合いだ。なんなら休日の人間がやや朝寝坊したといっても笑って済ませられるくらいの時間。
丘陵はこれまで北に見えていた峻厳な山々が連なっているところにポンっと現れた緩やかで小高い丘が幾つも広がっていて、北の奥にはかなり高く険しい峰が聳え立っている。
チラリと丘の麓を眺めるとどうやらベースキャンプでもあるのだろうかいくつかのテントが張られているのが見える。
まずはそこまで、とオルレオは軽く駆けるかのように急いだ。別に意味はない。しかし目的地が見えているというのにゆっくりといくというのは性に合わなかっただけだ。
「とーちゃーく!」
仮の目的地であるキャンプ場まで着いたところで陽気に宣言。誰の出迎えがあるわけでもないがこういうのは気分だとオルレオは思っている。
キャンプは遠目でみて思った以上に本格的な造りになっていて、木の柵で周囲を囲み、中央部には荷物運びを担ったのだろうか、二頭立ての馬車と他にも何頭かの騎馬や騎鳥がつながれている。
その間近、獣除けのためだろうか火が焚かれた石釜土の近くには何人かが談笑していた。彼らはパッとオルレオの方を―正しくはオルレオが首から下げた徽章を見たかと思うと、すぐに興味を無くしたのか談笑へと戻った。
ナメられてるんだろうな、とオルレオは思った。同時に仕方ないことだとも。なんせこちとら昨日冒険者登録したニュービーとやらで5等3位の徽章をぶら下げているのだ。もしかしたら、彼らにはオルレオの姿が無鉄砲の考えなしか前向きな自殺志願者にでも見えたのかもしれない。
そこまで考えて、オルレオも彼らへの興味を捨てた。
大きく息を吸い込んで、気合を入れなおして、自らの目標を心に掲げる
ザックに出来るだけ一杯の竜頭草を集める。無事に帰る。
うん。なんか最後が情けない気がするがまあいいだろう、とオルレオは笑った。何せ駆け出し、これから強くなればいいし、生きていれば何度だって挑戦できる。そのうちいつか
大きく深呼吸をして肩から力を抜く、そうしてオルレオは胸を張って前を向いて歩き、ダヴァン丘陵へと踏み込んでいった。
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