第6話 ギルド登録
北門から大通をまっすぐに南へと進むと大きな広間が見えてくる。南北の門からつながる大通りと、西の大聖堂、東の領主館へと連なる通りの交差する場所であり、大きな商店や様々な職種のギルドが立ち並んでいた。
冒険者ギルドは広間の南側、大通りの入り口付近を拠点としている。武骨者の屯するだろうその内実とは打って変り、外装は丁寧に磨き上げた漆喰の白に赤い屋根材が綺麗に映え、門や窓枠の木材にも細かな意匠が施されている。
オルレオは、ささやかな不安と驚き、そして大きな希望をもって入口の扉をゆっくりと開いた。
そこで目にしたのは正しく戦場の様だと表現できるだろう惨状だ。
おそらくはギルドの受付であろうカウンターの向こう側では多くの職員が書類をもってあちらこちらへ走り周り、カウンターのこちら側では冒険者だろう人物たちが苛立たし気に各所のテーブルやソファなどで何かを待っているのかチラチラと職員たちの様子をうかがっていた。
冒険者たちの数はおそらくは30人程度、誰も彼もが鍛え抜かれた身体をしており、そしてその誰もが使い込まれた武器をその身に携えていた。
誰に声を掛ければよいかも分からず、そもそもがここまで忙しいのであれば新人の登録や今後の相談などお願いできそうもない。出直すべきかと判断して踵を返そうとしたところで、声が響いた。
「聞きな!」
ギルドのカウンターから一人の女性が歩み出てきた。長身に燃えるような真っ赤な髪をなびかせ、その顔には獅子のように獰猛な笑みと右頬に人目を惹く大きな刀傷を張り付かせていた。
「聞いているだろうが、ここから北東、ダヴァン丘陵にワイバーンどもの群れが棲み付いた。これは、ここより北に位置するアルゴナウ王国において発生していると思われる大規模な
思う、だとか、予想などというあまりにも不確かな情報にホールに会していた冒険者たちから不満の声が飛ぶが、しかし、赤髪の女性はそれにひるむことなく言い返す。
「文句があるなら、内乱に明け暮れ、ろくに情報もよこさん北国のアホ共に言え!」
一喝、そしてやや静けさを取り戻したホールでさらに言う。
「現状は他の地域に被害の報告はない。よってこの街を拠点とした第3等級以上の冒険者、つまり今回集まってもらったお前たちにはギルドからワイバーンの討滅をはじめとしたミッションを発令する。詳細については各々が担当する係員から聞くように」
館内が一瞬にして沸き上がった。さっきの静まりは何だったのかと思うほどに。職員らしき人物たちはまた慌ただしくカウンター内を駆け回ったり、冒険者と共に二階へと駆け上がったりしている。まるで嵐の様だ。あちらこちらで風が吹き抜けるように人が動き、そして残されたオルレオが茫然としている間に収まってしまった。
「あん?坊や、あんた、いったいいつからそこにいたんだい?」
人のいなくなったフロアでポツンといるところで、ようやくオルレオは人に気が付いてもらえた。先ほど冒険者たちを前に朗々と説明をしていた赤髪の女性だ。
「あー、ついさっき、あなたが説明を始める少し前からです」
話を聞いていてよかったのかどうかは分からないが、聞いていたのに聞いていませんというのもおかしな話だ。オルレオは若干の罪悪感を抱きながらも正々堂々、正直に答えた。
「しかし、見ない顔だね?名前は?」
「オルレオ・フリードマンです」
フリードマン?と目の前の女性が首をかしげる。そして何かに思い至ったのか手のひらをポンと叩き、
「お前か、ガイが世話しているという子供は。なんだい、あいつに言われて文句でもつけに来たのかい?」
今度はオルレオが首をひねった。
「いえ、俺は師匠から修行の次段階として街で暮らすように言われて山を下りてきたところです」
ああ、と赤髪の女性はどこか得心がいった様子で、
「なるほどね、あらかた基礎が出来てきたから今度は傭兵なり冒険者なりで経験をつませようってか」
話が早い。というより、ある程度、基礎を学んだら傭兵か冒険者になるのはもしかしたら割とよくある選択肢なのだろうか。
「それにしても、そこそこの装備は整えさせて送り出すとは、意外と面倒見が良いほうなのかね」
「面倒見は良いと思いますよ。じゃなければたかだか孤児の小僧をここまで育ててはくれないでしょう」
「ハハっ、それもそうだ、でここに来たってことは、つまりはそういうことでいいんだね」
何をさも当然のことを、と少しの苛立ちと共に言外に含ませたところで思わぬ返しがきた。まるで言いたいことははっきりと言いな、とでも叱りつけられているかのような気分だ。
「はい、俺はここに冒険者になりに来ました」
だから、言ってやった。正面から赤髪の女性の顔を見据えながら、言ってやった。
いい面構えじゃないか、と小さな声で女が呟いた。顔には笑みが浮かんでいる。最初に見せた獰猛な笑みではない。楽し気な笑みだ。まるで子供のように朗らかな笑みであり、年齢さながらの妖艶な微笑みとも見える。
赤髪の女性はカウンターへ振り返ると中で慌ただしく書類を片付けていた一人の少女を呼び止めた。
「クリス!」
クリスと呼ばれた少女はハイっと大きな返事をして立ち上がった。
「あんた、ギルドに勤めて2年目でまだ担当を持ったことがなかったね」
そう問われたクリスは大きな声で返事をする。
「よろしい。なら、あんたがこの坊やの担当をしな、いいね」
三度、ハイっと大きく高い声が響く。最後の声は明るく、楽し気で困惑したような声だったが。
返事を確かめた赤髪の女性はカウンター内に引っ込もうと少し歩きだして、何かを思い出したようにオルレオに振り向いた。
「そういや、言い忘れてたね。アタシはフランセス・ガードナー、ここレガーノのギルド支部を統括するギルドマスターってやつさ。」
覚えておきな、と軽やかに言って、ギルドマスターと名乗ったフランシスはカウンターの奥、重厚な扉の中へと踏み入った。
オルレオはその様子をじっと見ていた。その胸中はやらかしたことに対する不安でいっぱいだった。
オルレオはフランセスのことを偉い人だとは思っていても、さすがにギルドマスターだとは思っていなかった。今思えば、あんな態度でよかったのだろうか、と思い、だが一方では、フランセスが終始楽しそうな態度だったし別にいいんではなかろうか、とも思う。
こういうときに山育ちで常識知らずなことや人間関係における経験値の低さにどうしたらよいのか悩んでしまう。
ふむ、と考えこもうとすると、眼前から呼ぶ声がする。
「あの、オルレオ・フリードマンさん…」
遠慮がちに声を掛けてきたのはクリスだ。両手に書類が綴られたファイルを持っている。どうやら考え込んでいるうちにカウンターからこちらまで歩いてきたようだ。
「え、えっと、い、今から手続きをしますので、こ、こちらまで来てください」
緊張しているのだろうか、クリスは同じ方の手と足を前に出しながら、ゆっくりとカウンターの奥、衝立で囲まれたスペースへと歩いて行った。
オルレオはその後ろをクリスのペースに合わせてゆっくりと歩いて行った。
オルレオの目の前で短くそろえられた金の髪、まだ少女らしさを残す小さなお尻が左右に揺れている。後ろからついて行っているからだろうか、華やぐような香りが鼻腔を通り抜け頬が熱を帯びていく。
落ち着こうと思い、大きく息を吸い込んで深呼吸をして、自らの過ちに気が付いた。吸い込んでしまった香りのせいで、頬の熱は一気に顔を伝い体中に回り、頭の中もふわふわとした熱に侵され、かき乱されていく。
ふと、何事か、というような表情でクリスが振り向く。オルレオはとっさに今の自分の状況を悟られまいとして精一杯の笑顔を張り付けた。うまくできている自信は欠片もなかった。
その顔に、クリスはキョトンとした顔をして、次には何だか困ったような微笑みを張り付けて、まっすぐに前を向いて歩き始めた。さっきより少し早いペースで。
これは間違いなく失敗した。そう結論付けたオルレオは同様にペースを速めてクリスについていった。
衝立で囲まれたスペースにはテーブルと向かい合うように二つの椅子がセットされていた。
奥に座ったクリスに促されてオルレオも椅子へ腰を落ち着ける。持ってきた荷物を椅子の後ろにまとめて正面を向くと、クリスの顔が真ん前に見える。当たり前だ。当たり前のことだが、近い。見ればクリスは先ほどのように困惑交じりの笑みを浮かべている。
「えへへ、初めまして、オルレオさんの担当をさせいただくクリス・ファローと言います」
よろしくお願いします、と深々と頭を下げる
「さっき聞いてたと思うけどオルレオ・フリードマンです」
こちらこそよろしく、と同じように頭を下げていく。
「まだ新人ですけど、先輩についてしっかりと勉強してきましたので、不慣れな点もあるかもしれませんけど、頑張ります」
たどたどしくも力強く言うクリスにオルレオは不安よりも頼もしさを感じていた。
「こっちも山育ちで常識とかあんまりわかってないし人付き合いとかしたことないからよくわかってないところもある。だからいろいろと教えてくれると嬉しい」
こういう不利なことは最初に言っておいた方がいいだろう。オルレオは打算含みで言った。
「あ、それ、なんとなくわかります」
が、そんなことはすでに見破られていたようだ。
「さっきこっちまで歩いてきたときに、なんだか落ち着かない様子だったから」
不審者っぽい行動はやはり気が付かれていたのか、オルレオはそのことに少しだけ落ち込んだ。
「でも、安心しちゃいました」
オルレオの落ち込みとは正反対にクリスは弾んだ声でいった。
「緊張しているのは私だけじゃないんだ、って、自分だけじゃなくてこの人も初めての経験なんだ、って思ったら急に気が楽になってきて」
はにかむような笑みがこぼれる。
「では、これから説明を始めますね」
言って、クリスは三枚の書類と、一つのケースを取り出す。
「まずはこれ、ギルドの規約になります。簡単にご説明しますと、町中で暴力を振るったり犯罪を起こさないこと。受けた依頼を簡単に放棄しないこと。受けた依頼は成功にせよ失敗にせよキチンと報告すること。依頼完了時の報告に嘘を吐かないこと。そして仲間を裏切らないこと。この5つです」
割と当たり前のことではないか、とオルレオは首をひねる。
「ええと、当たり前のことしか書いてないんですけど、これができない人も多くいます。あと、これらのことに違反しますと冒険者としての資格がはく奪されたり、滞在している都市からの追放が言い渡されますのでよく覚えておいてください」
わかった、と短く添えてオルレオが頷く。
それを見てクリスは次の書類を取り出した。
「次は、依頼についての説明です。依頼には大きくクエストとミッションの二つがあります」
二枚目の書類には大きく三つのフローチャートが書かれている。
「まずはクエストについて、です。クエストにはギルドの発行するものとギルドと協力体制にある酒場が発行するものの二つがあります」
クリスの細い指がフローチャートの一番上と真ん中を指さしながら説明を続ける。
「まずは一番多くあるのが各酒場で受けるクエストになります。ここでは主に街に住む人々からの依頼などが張り出されます。特に多いのは素材の採集に関するものみたいです。依頼の内容と報酬については基本的には釣り合うように設定をお願いしていますが、酒場の主人によっては相場から離れた報酬になることもあり得ます」
「え?」
思わず声に出てしまった。
「ええと、クエストを張れるのはギルドの審査が通った酒場だけで、そうした相場を外れた依頼であってもそこの主人が責任をもって損をする依頼人か冒険者に補填すると決まっていますのでそんなに心配することはない、と思います」
なるほど、そこは上手いこと出来ているのか、とオルレオは少し感心していた。
「この酒場でのクエストは街の人からの信頼に直結しているので、できれば多く受けていただければ助かります」
うんっ?とオルレオは首をかしげる。どうして町の人からの信頼に直結しているのか。それ以上にどうしてそこまで住民からの信頼が大切なのだろうか。
それを察したかのようにクリスが説明を加える。
「ええと、冒険者さんたちはその仕事柄どうしても町中で武器を持ち歩くことが多いですし、荒っぽい性格の人も多いですから町の人の中には怖がる人もいます。でも、クエストをこなして冒険者の姿を知ってもらうことでその悪感情も薄れていきます」
「なるほど」
考えてみればそこら中に武器を持った人物が気軽に歩いているというのは怖がる人もいるのかもしれない。自分もまだ師に拾われる前には武器を持った人物を怖がっていたようなきがする。今となってはすっかりと武器を携えるのが当たり前になってしまって気が付かなかった。
「では、説明を続けますね。次にギルドからのクエストなんですが、これは主に討伐や調査といった内容がメインです。ギルドクエストについては各冒険者が好きに選べるのではなくて、各冒険者の力量に合わせてこちらが提示した中から選んでいただく形になります」
「その力量ってのはどうやって計るわけ?」
思わず、身を乗り出した。
オルレオからすれば、どうすれば他人の力量を計ることができる方法は是非とも知りたいものであった。かなうならば今、自分がどれだけ強いのかを知ってみたいし、自分の師がどれほどまでに強いのか、その差を分かりやすく見てみたい。
「ええと、ここでの力量は酒場で受けたクエストの報告や過去に受けたギルドクエストの成果から推算するものなので、例えばオルレオさんの強さが具体的な数値で見える、というものではないです」
「あ、なーんだ」
浮かした腰をもとの位置に戻してため息を一つ。
「うふふ、こういう勘違いする人多いみたいですよ」
それはそうだろう。だれだって自分の強さを目にしてみたいと思うはずだ。
「えーと、ギルドクエストについてはケガをしている等の事情がなければ最低でも週に一回は受けてください。何回もこれをしないと資格の凍結がなされる場合があります」
「…どういうこと」
再度、オルレオが首をかしげる。
「冒険者資格があると特定の店で割引が効いたり、身分の保証が出来たりするのでこれのただ乗りを防ぐための制度です。あと、定期的に冒険者さんたちの実力の把握をするために必要なものみたいです」
「…実力にあったクエストを受けるのに実力を把握するためってのも何か矛盾してない?」
あはは、と乾いた笑いがクリスから漏れる。
「まあ、結構あいまいなところはあるかもしれませんが…結局は今までのクエストを他人にさせていたとか、ウソのクエスト報告をあげていたとかの不正を見つけたりする意味合いもあるので、あまり気にしないでください」
そういえば、さっきの規約説明にそんなことがあったなと思い返す。どうやら冒険者というのは意外と細かくチェックされているのだと思い、逆にウソをつくような奴らも多いのかと妙に納得してしまった。
「それと、もうひとつのミッションっていうのは緊急事態が起きた際に一定階級以上の冒険者に与えられる強制的な指令のことです。これについては階級が上がった時にお教えしますので今はそんなものもあるってくらいに覚えといてください」
そういえば、とオルレオは先ほどフランシスが第3等級以上へのミッションと言っていたのを思い起こす。自分にはまだ縁遠い話だと何となくわかっていたが、何時かはああしたミッションを受けてみたいとも思う。
「それで、最後がですね、冒険者ギルドにおける階級についてです」
最後の用紙が目の前に示され、次いでケースが開かれる。ケースの中にあったのは白い石で造られ、剣、槍、杖、矢、松明が五芒星になるように配置されている。
「これが第5等級3位を表す徽章になります」
オルレオはそれを手に取って見た。
「冒険者の階級には1から5までの等級とその中にも1から3までの位がありまして、全部で15の階級に分かれています。それぞれの徽章は第1等級が金、第2等級が銀、第3等級が銅、第4等級が鉄、第5等級が石で出来ていて、位は1位が徽章3つ、2位が二つ、3位が一つになっています」
「つまるところ、俺が第5等級の2位になったらこれをもう一つもらえるってこと?」
徽章を手でいじりながらオルレオが問うとクリスもその手元をみながら答えた。
「その通りです。ちなみに階級については強ければ上がるってことではなくて、その人がどれだけ信用できるか、っていう人格面についても評価されていきますので、くれぐれも問題を起こしたり、無茶なクエストを受け続けて失敗を繰り返したりなんてことは無いようにしてください。あと、徽章は紐をつけて首からぶら下げたりして見えるようにしておいてください」
ふと、オルレオがケースの中をみると中には革で出来てるだろう細紐があった。
オルレオは紐を手早く徽章につけるとそのまま首からぶら下げた。
「ふふ、とてもよくお似合いですよ」
言われて、オルレオは首元にぶら下がった自分の徽章を眺めてみる。
なんとなく感じる首の重みが妙にくすぐったい。
「それでは、今説明した三枚の書類にそれぞれ署名をお願いします」
羽ペンを手渡されたオルレオは、机に整然と並べられた三枚の書類に向き直り、それぞれの書類へと丁寧な字で自分の名前を記していく。たったそれだけのことなのに、オルレオは心が躍りだすような心地だった。
「はい、これでギルドへの登録はお終いです」
クリスが三枚の書類それぞれを手早く受け取って確認を済ませ、それを持っていた真新しいファイルへと綴じていく。
「これからどうぞよろしくお願いしますね」
最初の時と同じようにクリスが深々と頭を下げる。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
だから、オルレオももう一度同じように頭を下げた。長い付き合いになれば良い、そんなことを思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます