第5話  門番と小さな錬金術師

 太陽が南中に差し掛かる少し前、木漏れ日と涼やかな風が吹く山から下りて少しばかり小川に沿って歩いたところで、周囲をぐるりと城壁に囲まれた城塞都市レガーノの北門が見える。


 こちら側の門は山を背にし、主要な街道から離れていることもあってか、こじんまりとして活気もない。


 利用するのは、山に山菜や薬草を取りに行く冒険者クエスター達か、何らかの理由で人目を避けて町を出ようとする人ぐらいである。


 もっとも、こじんまりとしていても関所としての機能はしっかりとしている。


 衛兵たちは麻薬などの禁制品の持ち込みや、申告以上の貴金属、通貨の持ち出し、犯罪者の流入や逃亡を防ぐために勤勉に仕事をしている様子が見てとれる。


「おや、ガイさんとこの坊主じゃないか」


軽やかに右手を挙げて挨拶をしてくる男もそんな衛兵の一人だ。


「お久しぶりです。マックスさん」


マックスと呼ばれた衛兵は二カっと白い歯を見せて笑う。


「どうしたい、いつものお遣いにはまだ早いだろう?それとも何か急用か?」


 気さくに話しかけてくるマックス。彼のすごいところは、人通りが少ないとはいえ、この北門を定期的に通行する人物の名前、特徴、要件、そして大体の訪問周期を覚えているところだ。


「えへへ、実は、ついに、師匠から一本取りまして!修行の次の段階として町で暮らしてみることになったんです!」


 少し内容を盛って話したがこれくらいなら師も許してくれるだろう。


「そいつは目出度い!こりゃあ、もう坊主とは言えないな、オルレオ!」


 がっはっは、と豪快に笑うマックスの前でザックを下ろして中身を開く。

「ほい、と中身は小さい木箱に肌着、それとコインケースね、念のために中身も見せてもらうよ」


 言って、マックスはオルレオの全財産の詰まった革製のコインケースを開いて検分する。


 何事もないのを確認したところで、次の物、木箱へと手を伸ばした。


「…ん、何だ?小さな盾が二つ?」


「待ってくだい!取り出さないで!それは、アデレードさんって人に魔法で収納してもらったんです」


 取り出そうとするマックスを慌てて制止する。


 もしも取り出されてしまったら、もう一度収納することはできなくなる。そうなればまた、盾二つを手に持って今度は町中を歩く羽目になってしまう。


 事情を察したのかマックスはパッと木箱を閉じた。


「おっと、なら取り出すのは無しだな…エリー!ちょっと来てくれ!」


 声に応じるように、門の内側からパタパタと駆けてくる音がする。金属質な音がしないということは衛兵ではないのだろう。


「なになに、やっと出番!?」


 やってきたのは亜麻色の肩までの髪をなびかせたやや小柄な女の子。


 手には小ぶりながら杖を持ち、胸元には錬金術の神、トリスメギストスを信奉していることを示す、互いの尾を食らう蛇―ウロボロスのエンブレムが見て取れる。



「そうだ、そうだ、お前さんの出番だぞー」


 余ほど暇を持て余していたのだろうか?


 少女はマックスから簡単な説明を聞いた後、手渡された木箱をくるりと一瞥した。


「うん、空間魔法で上手いこと収納されてるただの盾だね。何の偽装もされてないよ。麻薬とかも入ってない」


「あけっぴろげにいいすぎだ、馬鹿」


 馬鹿って何よ!、と憤慨する少女をしり目にマックスはオルレオに頭を下げた。


「あー、すまん、疑ってるつもりはないんだが、万が一ってこともあるからな」


「ええ!?そんな、いいですよ気にしてないですから」


 急に頭を下げられても困る。


 自分の師が相手であれば、そう言ってのけたところではあったが、相手は少しばかし顔見知りの門番でしかも衛兵―領主の部下である。余計に気を遣ってしまう。


「いいじゃん、別にこれが仕事なんだからさー」


 そんなことはお構いなしとばかりに少女がふてくされている。


「あのなあ、俺らはいうてみればこの町でみられる最初の人間なの!ここでの印象が町全体の印象になるって何度言えばわかるんだ、馬鹿エリー!」


「馬鹿ってなにさ、お兄ちゃんなんか落第寸前で学校出てたくせに」


 どうでもいいけど、町でみられる最初の光景が兄妹喧嘩というのもどうだろうか。


 しばらく言い合いをしていたところで、マックスが急に居住まいを正す。


「あー、もう通っていいぞ。見苦しいところを見せた」


 ではこれで、と頭を下げて門へ入ろうとしたところで、マックスの妹、エリーと目が合った。


「私、エリザベス、エリザベス・ホールデン。見ての通りの錬金術師よ。まだ見習いだけど。あなたは?」


 にこやかに、そして愛らしくお辞儀をする少女につられてペコリと頭を下げる。


「オルレオ・フリードマン、昨日までは北に見える山に住んでたんだけど師匠にこの町で暮らすように言いつけられてきた」


 エリザベスはそう、と楽しげに笑う。


「なら、何か御用があれば北門から一番近い錬金工房アトリエ“妖精の釜”までお越しくださいね。錬金・鑑定から素材の買取まで幅広く行っておりますから」


 はあ、といきなりの宣伝に戸惑っていたところで助け船が出される。


「うちの母方が錬金術師の家系でな。今は祖母と叔母が切り盛りしてる。そこにこいつ、エリーが見習いで働いててな。今日はたまたま門番隊の鑑定役が休みでな、代理として手伝いに来てもらってたんだ」


 ああ、なるほど、と納得がいった。


「なら、ちょうどいいや」


「何が?」


 エリーがキョトンとした顔で首をかしげる。まるで小動物、それもリスの様に可愛らしい生き物を連想させるその仕草がやけによく似合う。


「これから冒険者として暮らしていくつもりだからさ、何か依頼とかしてくれたり、売れるものとか教えてくれると助かるよ」


 ほう、と感心するような渋い声と、任せてと跳ねるような高い声。


 じゃあ、また今度、と挨拶を交わして今度こそオルレオは門をくぐり、町の中へと入っていった。


 目指す場所は中央広間にある冒険者組合クエスターズギルド、新しい生活への第一歩だ。

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