第4話 巣立ち
「情けない声を出すな、そこらの剣のたかだか5倍くらいの重さといったところだろうに」
「これ、軽く投げよこすような重さじゃないですって」
軽口のやり取りをしつつ、投げよこされた剣を右手一本で振ってみる。振り上げから真っ向に降り下ろし、手首の返しから斬り上げ、そして肘付近からの薙ぎをはなってみるも…
ブレる。ブレブレだ。重さに任せて振り下ろすと刃が立たず、薙ぎは斜めにずり落ちて、斬り上げようとすれば手首の返しが効かずに剣の腹で殴る形に変わってしまう。
「ふん。まだまだだな」
剣に振り回されているそのざまを見て、師は笑って言った。
「重いからといって無駄に力を籠めるからそうなる。重さに意識を奪われるな、剣線に集中しろ。それとな、斬りきらずに中途半端に刃を食い込ませるくらいなら思いっきりブッ叩け。その上で、その剣をまともに扱えるようになれば基礎訓練の終了だ」
そうしたら、と一言付け加えるように。
「どこぞの鍛冶屋にオーダーメイドの武器を作ってもらうもよし、名工の作品を買うもよし、だ。精進しろ」
どこか機嫌のよさそうな声で言った。
オルレオはもらった剣を鞘に仕舞うとそれを壁に立てかけた。
ふと、視線を床に移すとそこにあったのは、朝、師が肩に担いできたザックだ。
「ああ、そういや、それもあったか」
開けてみろ、と促されて中を見てみると、そこには革の裏から金属片で補強した革鎧と、革の表を金属片で補強した手甲・脚甲が綺麗にまとめられていた。
「武器と防具一式については俺のほうで揃えておいた。仮にも弟子の巣立ちだからなみすぼらしい格好で送り出すわけにはイカン」
…俺の師匠がこんなに気が利くわけはない。
もはや、偽者かもしくは頭を打っておかしくなったかの二択ではないかとオルレオは考え込む。
しかし、目の前で偉そうに両腕を組んでこちらを見下したような態度をとる男が二人といるわけはないし、頭を打ったというならあの天上天下唯我独尊を地でいく様な性格に少しは改善の兆しが見られるはず、だと願いたい。
「…今すぐにソイツを着込んで旅支度をして来い。何、要るのは数日分の着替えくらいだろう、急げよ、俺を待たせるな」
そう云って師は隣でニコニコと笑っているアデレードとともに小屋の外に出た。
扉から出ていく背を見てため息をひとつ。それも特大のものを。
どうせ師が何かを言い出したら止まることはあるまい。ならば急いで旅支度を済ませよう。何せロクに整備されていない山道を降りていくのだ。できれば太陽が南中に差し掛かるまでにここを出よう。
着ているものを手早く脱いでザックに詰める。
次いで鎧下となる厚めの肌着を着込んでその上に革鎧を、剣帯にやたらと重い剣を差し込んだら後は下着をザックに放り込む。
あれよという間に準備はできたが問題は一つ。いや三つ。
左手甲にバックラーを付けたはいいが盾三種はいかんともし難い。
しょうがなしに大盾に紐を括り付けて背負い。丸盾(ラウンドシールド)と凧盾(カイトシールド)はそれぞれ両手で持つ。不格好だが致し方あるまい。
扉を開けるのにいちいち盾を下ろさねばならないのは面倒ではあるがすべての用意を済ませ、なじんだ家から一歩をふみだした。
常と変わらぬその動作が、こんなにも緊張と期待、そして若干の不安を呼び起こすとは思いもよらなかった。
空を見ると太陽はすでに山林の木々から相まみれるようになり、春先の今なら南中までの半分といったところだろう。
「お前、ダッサイことしてんなあ」
「いきなり盾三種ポンっと置いてくほうが悪いんじゃないですかね」
革鎧姿の若者が両手に盾を二つ持ち、背に一つを担ぎ、背の盾にはザックが引っかけられている。
どう見ても何かおかしな姿ではあるがどうしようもあるまい。
「確かに、その状態では何とも奇怪でありますね」
それを見かねたのかアデレードが少し楽しそうに言う。
ちょっと失礼、とアデレードはオルレオが右手に持った丸盾を受け取ると、その盾を胸元から取り出した手のひらサイズの小箱に収めてしまった。
「…えっ?」
呆気にとられるオルレオからさらにもう片方の手に持った凧盾も奪うとあっという間に箱の中へと消してしまった。
「な…なんで?」
ようやく言葉が出てきたが、何が起きたかはわかっていても理解ができないオルレオは陳腐な疑問しか口に出来なかった。
「空間魔術というものですよ、これでも私、魔術師でもありますので」
はあ、としか言いようがない。
魔術を耳にすれども目にしたことのないオルレオからすれば、今目の前で起きたのは奇跡以外の何物でもない。
「この箱はザックの中に入れておきますね。一度箱から取り出してしまえば元の大きさに戻りますので、ああ、それと、箱自体はただの木箱ですので、必要がなくなれば捨ててかまいません」
にっこりと笑うアデレードにオルレオはとりあえず頷いた。
魔術については何が何だかは分からないままだが、とにかくアデレードが手助けしてくれたことだけははっきりと分かったからだ。
「えっと、ありがとうございます」
礼を述べるとアデレードの笑みは一層深く、そして柔らかく、優し気になった。
「うふふ、誰かさんに育てられたなんて嘘みたい」
「ぬかせ」
憮然と言い放った師が目の前まで歩いてくる。
「いいか、とにかく町に降りて経験を積んでこい、まずはそこからだ」
はい、と勢いの良い返事が響く。
「俺は月の終わりに、薪や薬草、獣の革なんぞを卸に町へ降りる。修行はそんときにつけてやる」
オルレオの目が輝く。
「行け、そして生き残れ、いいな」
もう一度、威勢の良い、未だ声変わり途中の声が切り開かれた野原へと響き渡る。
そして少年は駆けだした。
野に残ったのは、駆ける後ろ姿と二人の大人。
「何だか、お邪魔したみたいで悪いわね」
「構わんさ、月に一度は嫌でも顔を見る」
そう、と呟いた言葉はやけに嬉しそうに聞こえる。
「で、なんで注文の品をわざわざお前が届けに来たんだ?」
問う声に魔女が笑う。
「あなたの顔が見たかったから、なんて」
「食えんやつだよ、ホント」
どうせ何か厄介ごとを頼みに来たんだろう、とポツリと言ったガイが面倒臭そうに頭を掻きむしりながら小屋の中へと戻っていき、アデレードはどこか楽しそうにしながらついていった。
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