鏖の詩

憑木影

鏖の詩

まるでジェットコースターに乗っている様だと、あたしは思う。

世界は朧げになって、あたしの回りを飛び去っていくみたいだ

手と足の先から血が失われてゆき、心臓は熱く鼓動を打つ。

頭は妙に、冴え渡っていた。

そう、丁度頭の上に広がるあの青い空みたいに。

その青い空を、うんざりしながらあたしは見つめこころの中で呟く。

(朝になっちまったよ)

まだ、夜中の三時をまわったくらいのはずなのに、なんだよこの明るさは。

あたしは、朝にうんざりする。

あたしは、あたしをここまで酷使する仕事にうんざりする。

あたしは、あたしを罵倒することしかしない上司にうんざりする。

あたしは、悪意のある無視をかましてくれる同僚たちにうんざりする。

あたしは、せせら笑いながら馬鹿にしてくれるクライアントにうんざりする。

うんざりしながら、頭の中で時間を計算してゆく。

状況報告のメールを、作成して送信する。

残課題のチケットを更新して、新しく出た課題のチケットを発行する。

シャワーを浴びて、ベッドに潜り込む。

朝一でクライアントへ謝罪にいく。

計算した結果眠るまでに、食事をする時間はあるはずという結論を出した。

あたしは歩いて、24時間営業のファミレスへと向かう。

一体何日ぶりだろう、自分の部屋へ帰って眠るなんて。

3日、いや4日ぶりだっけか。

前に眠ったときのことが、記憶の彼方に沈んでる。

もう100時間ほど連続稼働中か。

あたしは重たいパソコンの入った鞄を抱え上げ、無になって歩く。

なんでまたこんなくそ重いわけ、この鞄は。

いやいや、無になろう、無になるんだ。

こころを閉ざしたその瞬間、はっとあたしは前を見る。

ひとりのおとこが、あたしの前に立っていた。

朝が来たのが嘘、と思えるくらいにそのおとこは夜だ。

黒い和服を着流しにしてその上に、革のジャケットを羽織るというちぐはぐな恰好をしている。

顔は片目がつぶれており、いくつもの傷と、いくつもの皺が刻まれていた。

痩せているが、貧相ではなく、ただ全体の印象が朝と光を拒絶しているような黒い感じだ。

多分老いてはいるが、鋼のような秘めているようにもみえる。

「やるよ、あんたに」

いきなり革の表紙がついた、重たく分厚い本を手渡された。

表紙には金色の文字で、こう書かれている。


Parsifal


なんだそりゃ。

だいたいあんた誰よ、と顔をあげたときそのおとこはいなくなっていた。

睡眠時間を削りすぎて、とうとう幻覚がでたのね、とも思ったけど手に持っている本は本物だ。

捨てるのもなんだと思い、そのやたら重い本と、やたら重い鞄を抱えてあたしはファミレスに入った。

夜明け前とは思えぬほど、実に店内は賑やかだ。

昼間の方が、むしろ静かかもしれない。

派手に着飾り金髪に髪を染めた夜の仕事から帰るところの、おんなたちが集団でしゃべっている。

甲高い声でしゃべるその言葉は何語かは判らないけれど、この島国の言葉ではなさそう。

作業着を着込んだ夜勤明けらしい若者たちの集団が、こちらも何語か判らない言葉で談笑している。

刺青の入った肌をみせ、ストライプの入ったダブルのスーツを着ているパンチパーマのヤクザたちが、静かに話し込んでいた。

どうもビジネスの話らしいけれど、隠語が多すぎて何語かよく判らなくなってしまってる。

変な話、こいつらが一番まじめそうだ。

その混み合った店内の喫煙席に辛うじて空きを見つけたあたしは、ようやく座って注文した。

ピザにパスタ。

そしてマルボロのメンソールを取り出す。

疲労と空腹のせいか、指がふるえて何度もタバコを取り落とした。

なんとか咥えると火を点けて思いっきり吸い込んだ。

一気に半分位が、灰になる。

あたしは、煙を吐き出すとようやくひとごごちがついた気になった。

疲れた。

このままでは、死ぬんじゃあないかな。

あたし、死に向かって突っ走っている。

天国まで、あと何マイル?

ああ、きっと過労死するんだ。

過労死、なんて素敵な響なのかしら。

あたしは、わくわくしてくる。

でもだめだ。

だってあたしは毎月500時間くらい働いてもう半年過ぎてる。

これで死なないなら、もう無理っしょ。

過労死ってどこの異世界ファンタジーだって、思う。

くそっ、くそっ、くそっ。

あたしは鞄から取り出したパソコンに火をいれたものの、メールを見る気にならずぼうっとしてた。

そうこうしてるうちにピザとパスタがでてきて、あたしは食べ始める。

なんとなく目の前に、本をおいたまま。

その時、アロハシャツを着たチンピラふうの若者たちが5人ばかり入ってきた。

店員が止めるのを無視して、夜の仕事帰りのおんなたちのところへゆく。

店員は、あきらめて引き下がった。

チンピラたちとおんなたちは、大きな声で喋りあっていたがだんだんもめ始める。

チンピラのひとりが、おんなのひとりを立たせて無理やり連れ去ろうとしていた。

おんなたちはそれを止めようとして、騒ぎはじめる。

チンピラが、おんなのひとりを突き飛ばした。

派手に転んで、おんなが頭を打って流血する。

血を見て逆上したおんなのひとりが、チンピラの胸にナイフを突き立てた。

さらに血が迸る。

冷たく笑ったチンピラのひとりが、背中から拳銃を取り出す。

DPRK製ぽいオートマチックは派手な音を立てて、おんなの頭蓋骨を貫通した。

血が派手にまき散らされる。

あたしはあーあと思って苦笑した。

撃ったらだめじゃん、警察くるわ。

あたしここで足止めか、ねる時間無くなった。

つんだなあ、と思う。

いやいや、そんなこと考えてる場合なのかと、どこかで騒ぐあたしもいるがそれはとても遠い。

とっても遠くの方で、あたしが叫んでる。

でも、どうでもいい、うんざりよ。

あたしは、なんとなく本を開く。

その中は箱になっていて、拳銃が収められていた。

機能的で美しい銃だ。

確か、帝国軍の八式拳銃というやつのはずである。

ヤクザたちが、事態を収拾しようとして割ってはいった。

年かさのヤクザが、どすの効いた声で恫喝する。

チンピラが嘲笑いをしながら、そのヤクザの頭を撃ち抜いた。

屠殺場の豚みたいに血を撒き散らして、ヤクザが死ぬ。

残りのヤクザたちが色めき立って、一斉に拳銃を抜いた。

でもへたくそなので、撃った流れ弾がおんなや作業着を着たおとこたちに命中する。

怒り狂った作業着のおとこ達がナイフやスパナ、ハンマーを手にしてヤクザに襲いかかった。

怒号、悲鳴、迸る血、銃声。

警察遅いし、うるさいなあとあたしは思う。

気がつくと、あたしの前にヤクザが立っていた。

血まみれのそいつは、震える声でいう。

「ねぇちゃん、そのチャカはなんや?」

あたしは立ち上がると、マシーンのように動く。

八式拳銃独特のトルグアクションで遊底を動かし、チェンバーに初弾を送り込むと引き金を引いた。

びくんと痙攣すると、ヤクザが死ぬ。

ヤクザが一斉にあたしを見る。

あたしは、冷静に射的の景品を撃つように引き金を引いていった。

金色の空きカートリッジが、床に乾いた音をたてて転がる。

壁に赤いペンキをぶちまけたように、血を撒き散らしてヤクザたちは死んだ。

ファミレスの壁はもう、前衛芸術の作品みたいになっている。

(よう、なかなかやるじゃん)

あんただれ。

(おれは、ランゲ・ラウフ)

だから、だれ?

(あんたの手の中にある拳銃)

いつの間にか、ファミレスの中は静かになりみんなあたしを見ていた。

恐れと、憎しみのこもった目で。

それはもうすぐ、沸点にたっしようとしている。

(あんたさ、死にたいとおもってんだろ)

それが、どうしたのよ。

(自分を殺せるのはさ、他人を殺せるやつだけなんだぜ)

何そのよく判らない理屈。

(ひとを殺すより数倍の度胸がいるのさ、自分を殺すには。だからだよ)

まあ、一理あるか。

(だから皆殺しの詩をうたいなよ。そうすれば自分も殺せるさ)

チンピラのひとりが、あたしに銃を向けた。

あたしは正確にその額を撃ち抜く。

八式拳銃、ランゲ・ラウフの弾がつきた。

(本の中、ドラム弾倉)

あたしはランゲくんのいうとおり、ドラム弾倉を取り出し拳銃につなげる。

セレクターをフルオートにした。

(気をつけなよ。フルオートだとドラム弾倉だってすぐ空になる)

ええ、わかってるわ。

さあ、歌いましょう。

朝がこないよう。

夜がつづくよう。

皆殺しの歌。

ランゲ・ラウフが軽快に踊りだす。

さあ、歌おうよ。

皆殺しの歌を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鏖の詩 憑木影 @tukikage2007

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る