第33話 百億のボーナスと千億の年収

「あなたたち、どうしたの?社長のルンルン美樹に見覚えがあるの?」

 琴海の問いに、サニーは静かにこう答えた。「……この女は、七大災厄の一人、衝撃のタキシードです。確かに、彼女はタキシードを着ていました」

「――まさか、他人の空似そらにでしょ」

「警部、空似じゃありません。だって、もう一人のほうも、会ったことがあるからです」

 写真の地味な女を、サニーは指さした。

 琴海が彼女について説明した。

「こいつは、社長秘書の桃栗ももくり 花子はなこね。35歳。ルンルンの懐刀ふところがたなだけど、魔法少女じゃないわ。いつ、どこで会ったというのかしら?サニーさん」

「会いました。廃工場が消えたあの日、工場の入口で、ニセ警官として見張りをしていた、この女を!」


 サニーと好子は、さきほど話していた推理を聞かせた。ニセ警官がタキシードの部下なのだろうという結論を出した。確かに、それは的中したのだ。

 4人の視線がいっせいに交差した。

 彼女たちの頭が混乱するもの無理はなかった。

 創業者のルンルン美樹が衝撃のタキシードだという、まぎれもない事実に、困惑こんわくを隠せなかったからだ。


 ようやく冷静になった黒子が、沈黙を破った。

「……つまり、こういうことだわさ。国際的な犯罪組織、BB団は、年間の経常利益が5兆円を超える大企業ケニ屋として、すでに日本へ侵入していたのだわ。かなり以前から」

 再び、待機室が静寂せいじゃくに包まれた。


 そのあと、4人で話し合ったが、良いアイデアが出るわけもなかった。

 警部が聞いたところによると、ルンルン美樹の年収は、最低でも1000億円を超える。ボーナスは100億である。好子たちの何百倍以上もの報酬をもらっているわけである。お金しだいで強い魔法が使えるファウスト交換の原理により、力の差は明らかであった。

 つまり、大富豪の美樹は最強の魔法少女である。

「私と魔法機動隊の連中が、全員で戦っても勝ち目がないだわさ」と黒子が降伏宣言をした。


 とりあえず、対策を練ったが、どれも、現実的にうまくいきそうにないものばかりだった。

 好子が、キスをして、魔法で、世界大恐慌と石油ショックとバブル崩壊とリーマンショックを同時に起こして、美樹の会社をつぶしてはどうかと提案した。だが、即座に却下きゃっかされた。

 そもそも、ヤッタ・ゼフラン・キスの法則により、キスをして3分を過ぎると、5時間だけ、キスをした魔法少女は不幸になる。

 警察官にとって、不幸とは何か。

 それは、犯人に逃げられてしまうことである。取り逃がしてしまっては、元も子もない。なので、最初の3分で逮捕しなければならないが、工場で戦ったときは無理だった。

 ということで、キスの手段を取ることができなかった。


 世間に「衝撃のタキシード = ルンルン美樹」であることを公表するのがよかろうとサニーは主張した。

「だめよ、サニーさん」と琴海が力なく言った。「それこそ、物的証拠がないわ。社長の正体が犯罪組織の幹部であることを裏付けるためのね。それに、あなたたちは、まだ小学生よ。子供の目撃証言と、社会的に成功した大人の言うことと、どちらを信用するかしら?――本音を言うとね、逮捕したい私ですら、もし、あなたたちが黒子の部下でなければ疑っているところなのよ。あきらめましょう」



(第二章「せまりくるカゲキの軍団」終。第三章へ続く)

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