第10話 北の海から

 空を飛んできた氷山は、電車をすっぽりとおおうくらい、大きな氷であった。いや、その影は、近くのビルすら包んでいたので、電車の十倍以上の大きさだろう。

 それが空から落下してきているのだ。

 サニーは事態をさとった。

「あんなのが落ちてきたら、私と犯人だけじゃなくて、電車の人質も死ぬじゃない。――ううん、それだけじゃない。周辺の住民にも被害が出る」


 都合の良いことに、犯人は口をあけたまま、ぼうぜんと空を見つめていた。ぺたんと、しりもちをついた。

 そこで、まずサニーは魔法を使い、電車を地上へゆっくりと降ろした。「結界魔法デ・スルフィー」

 光の玉が路面電車を包み込んだ。その玉が、まるで、たんぽぽのワタのように、ゆらりと着地した。

 光が消えたとたん、乗客たちが、電車のドアから逃げ出した。

 全員、無事らしかった。


 残る問題は、犯人と氷山である。

 犯人はすでに戦意を失っていた。これは放っておいても構わないだろう。となると、問題は氷山だ。

 なにしろ、さきほどの結界魔法では受け止めることができないほどの大きさなのだ。

 落ちてくる氷山が、高いビルにぶつかりそうになった。


 サニーが持っていたスマホのアラームが鳴った。

 キスの効果が切れるまで、残り1分を切っていることを知らせる音だった。

 すでに時間がなかった。


「すぐに、海へ氷山を返しなさい!」とサニーが命令しても、好子は無視した。

 今の彼女は、キスによるショックで、冷静な判断ができずにいたのだ。


 ゴゴゴと不気味な音を立てながら、大きな氷山はなおも落下し続けていた。周囲が暗くなる。建物すべてが氷山の影におさまった。


 あと30秒。

 サニーは高位の魔法にけることにした。彼女は両手を組んだ。

「小さきものより小さきものよ、約定やくじょうによりて、あの凍れる山を我らよりちぢませよ」

 あと5秒。

 間に合わなければ、確実に死ぬ。

けんに圧するものがあらば、汝らの力をここに示せ、縮小魔法マ二・ルーラ!」

 呪文を言い終わったとき、空に異変が起きた。

 

 影がどんどんと小さくなるのが分かった。

 あの大きかった氷山が、魔法によって縮んでいっているのだ。そう、魔法は成功したのだ。

 米粒ぐらいの大きさになった氷山が、ころんと地面に転がった。


 安心したサニーが、ふうと息をはく。

 命が助かって、一番、喜んでいたのは、犯人の魔法少女だった。

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