第9話 いたずらでないキス


 犯人の魔法少女は、こぶしを突き上げた。「あの電車の人たちが、どうなってもいいのか?私の魔法で、いつでも落とせるんだぞ!」

 電車がゆらゆらと動く。

 それを見ていたサニーがたまらず大声で呼びかけた。「わかったよ!あんたの言うとおり、8000万円をあげるから。持ってきたら、乗客を解放すると約束して」

「すぐには約束できない。お金が先だ!」と魔法少女がさらに、電車をふらふらと左右に振った。たとえ落ちなくとも、中の乗客が無事で済むはずがない。


 サニーが、好子にそっと耳打ちをした。「これから私の言うとおりのことをするのよ。目をつぶって。肩の力を抜いて。……そう、上出来じょうできよ」


 いったい、何をするつもりなんだろう?

 ひょっとして、これが、魔法を使い放題にできる儀式ぎしきなのか?


 不思議に思った好子だったが、サニーの言われたとおりに目を閉じてリラックスした。


 すると、好子のくちびるに、何かが当たった感触かんしょくがあった。


 やわらくて、暖かい。

 ん?これは……ひょっとして。


 中学生の魔法少女が、きゃあと歓声かんせいを上げた。

 それで、ゆっくりと好子は目を開けた。眼前がんぜんに広がっていたのは、サニーの美しい顔だった。もみあげと、良い香りが彼女の鼻をくすぐった。

 サニーからぱっと離れた好子は、口をパクパクさせながら怒った。

「先輩!これはいったい、何をやっているんですか!」


「キスよ。これで、ヤッタ・ゼフラン・キスの法則による儀式は終わり――さあ、あたしたちは、いくらでも魔法を使えるのよ。あと3分で、効果が切れる。その前に、ケリをつけましょう」とサニーは悪びれずに言った。


 ようするに、ヤッタ・ゼフラン・キスの法則とは、魔法少女同士がキスをすれば、お金や命を使わずに、3分間、好きなだけ、魔法を使えるようになるというものだった。


 サニーが「あの電車を魔法で着地させる!ジーパン、あたしを援護えんごして」と指示を出したが、ジーパンこと、好子は動かない。

「どうしたの?さあ、ジーパン。魔法を使いなさい」


「わ、私のファーストキスが……。

 こんな女に奪われるなんて……」


 怒りが頂点に達した好子は、こぶしを突き上げた。「――我らがいにしえの契約により、暗黒たる世界から来たりし凍れる山をうけたまわらん、そが天上よりふりて我らに厄災をもたらしかば、ここへ呼び寄せたまえ。召喚魔法アンラキ・フリュタ!」

 魔法の呪文じゅもんだった。

 だが、何を呼び寄せたのかは、相棒のサニーですら見当がつかない。召喚魔法は高等な部類に属する。それを好子が使えること自体、驚くべきことだった。


 急に、あたりが暗くなってきた。

「な、なに、あれ?」と犯人の魔法少女が、空に指をさした。

 サニーが空を見る。見ると、電車のはるか上空を、雄大ゆうだいな白い山のようなかたまりが、泳ぐように飛んできた。

 かつて写真で見たことがあった。

 あれは確か……。


 にらみつけていた好子が説明した。

「北極から魔法で呼び寄せた氷山です。キスをしたむくいです、先輩。落ちろ!氷山!」

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