第5話 コインはどこへ消えた?


 待機室で、好子は決心した。

 こうなると、腹をくくらねばならない。

 嫌いな先輩であろうが、平気で人の心を傷つける女であろうが、二人で手を組んで、仕事をやりとげなければならなかった。

 彼女は、深々ふかぶかとサニーに頭を下げた。

「サニー先輩、これから、ご指導のほど、よろしくお願いします」

 にもかかわらず、サニーは頭をかかえた。「最悪だわ」

 

 それはこっちのセリフだ

 人がわざわざ頭を下げてんのに!


 好子のにらみつける視線に気づいたのか、サニーが「あんた、最悪だという意味を理解していないようね」と言った。

 天をあおぐようにして、サニーは、何が最悪なのかを説明し始めた。


「魔法の根本的な仕組みは知ってるよね。ジーパンさん。ファウスト交換こうかんの原理にもとづく金銭トレード、もしくは、命の犠牲ぎせいよ。これのおかげで、魔法少女は魔法を使えるの。あたしたちは、魔法を使えば、それに見合った自分の資産を失うことになる。財産を持っていないときには、自分の命が代価だいかとして消える。このファウスト交換の原理は知ってるでしょう?」

「すみませんが、日本語で話してください。先輩」


 好子の一言に、サニーは驚いて、彼女の顔をじっと見つめた。

「……まさか、あんた、魔法のファウスト交換を知らないんじゃないよね?」

「そのまさか、です。知りません」と好子は胸を張った。

「いばれることじゃないの」


 確かに、好子は知らないのだ。

 そんな原理ルールがあることを、今、生まれて初めて知ったのだった。


 自分の財産が消える?自分の命がうばわれる?

 どういうことだろう?


「先輩、もう少し、わかりやすく具体的に教えてもらえませんか?」と好子は聞いた。

 サニーは例として、自分のサイフから硬貨こうかを取り出して、机に置くと、これを使って解説した。

「ここに10円玉があるわね」

「ありますね」

「この硬貨が、今から消えるのよ。よく見ててごらんなさい……炎の魔法を展開!フ・レゴルーザ!」


 サニーの指先から、小さく赤い炎がわき出るように現れる。ゆらゆらとれて、ふっと消えた。

 その瞬間しゅんかん、先ほどまであったはずの10円玉が、あとかたもなく消えてしまった。

「あ、なくなりました」と好子は目をみはる。

「そう、これが魔法におけるファウスト交換の原理。すなわち、魔法を使うと、お金が消えてなくなるのね」


 机の下に落としたのではないかと、好子は床を探ってみたが、どこにもなかった。文字通り、10円玉は、この世から消失してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る