2話 こんな七歳は嫌だ
この国は狂っている。
日本という国で育った私には、この国の貞操感は屑に等しかった。
法律上多夫多妻が認められていて、異性も同性婚もOKで、二次性徴を迎えた辺りで既に童貞や処女は捨てていなければ馬鹿にされ、浮気、不倫が文化みたいな、鳥肌が立つほど恐ろしい価値観が蔓延している。
確かにこういう国だからこそ、乙女ゲーに相応しい恋愛脳な主人公が生まれるわけだし、逆ハーレムを作ろうなどと思うのかもしれない。
って、納得できるか!!
生存率2割の時点で頭おかしいと思ってたが、主人公が既に純潔じゃない乙女ゲーってなんだ?!バツイチで子持ちな乙女って、それもう乙女じゃないじゃん?!!
よかった、そうなる前に正気に戻ってよかった。
私は貞操を守りぬく!
少なくとも結婚するとしても相手はこの国の人間は嫌だ!誠実な人柄でなければ納得できない!生きるためなら妥協もするけど!!
まあ、時代も時代だから、種の保存に従って、貞操感がおかしくなっても仕方ないのかもしれない。
他の国では少なくともここまで乱れきっていないという背景を知らなければ、私もそう思っただろう。
そうなのだ、ウェルから教えてもらったのだが、他国でもこの国は忌避され、出入国も制限されるくらい、悪徳の国だとされているらしいのだ。
他国で、この国の住人が性犯罪を犯してれば、そうなるよね!
このゲーム、こんな状況で、どうやって主人公が他国の王子たちと恋愛できると想定していたんだろう。
こんな乱れた国で、私が心休まるのは、子どもたちを相手にしている時だけである。
言っておくが私はロリコンでもショタコンでもない。
「おい、ブス」
生意気な子どもも中にはいるが、それも可愛いものだ。
私は坊主頭の鼻たれ小僧の頭を小突いた。
「いってええええええ!!!!」
全く大げさな奴だ。
地面をゴロゴロと転がる小僧に、やれやれと私は肩をすくめる。
一応私は貴族令嬢なのだが、付き人もつけず、外を散歩している。
ウェルが居たら口うるさく説教されるし、軟禁状態になるから、ウェルには秘密にしている。
ウェルが言うほど、この街は犯罪に溢れていない。
性的な乱れはそこら中で見かけるが。
だから、私のような貴族であろうと街を一人で散策できるのだ。
貧乏ゆえに平民とさほど変わらない恰好なのも、街に紛れる要因なのかもしれない。
「何すんだよ、ツグミ!」
私の恰好を見て貴族令嬢と思う者が一人もいないせいか、誰一人としてクソガ…失礼、小生意気な小僧を叱る者すらいない。
同じ平民仲間だと思われているようだ。
貴族が特権階級というのは嘘だったのだろうか、ウェルの教えを疑うレベルである。
「人の容姿を悪く言うなと何度も言っているだろうが」
「ブスにブスって言って何が悪いんだよ」
「誰がブスだ!少なくとも私は乙女ゲー主人公ぞ?!ブスなわけあるか!!」
「ブースブース!」
西洋を舞台にしているのになぜか日本人顔で、しかも両親のどちらにも似ていず、周囲からは若干浮いてはいるが、美少女には変わりない。
髪は腰まで届く長さで、烏の濡羽色な上にストレートで指通りもいいという純大和撫子を髪だけで体現しているし、若干気が強そうにも見える切れ長の二重の目は、一部の求婚者(ロリコンども)に体中から体液をまき散らされるほど絶賛される。そしてまき散らした後の絶対零度の視線が堪らないらしい、知るかボケ。
そんな7歳の美少女である私は、周囲の好意には敏感である。鈍感主人公ではないから、小僧が好きな子をいじめたいという少年特有の想いを拗らせて私をはやし立てているということはわかっている。
だが、ただの羊飼いに用はない。
そんな私の想いとは裏腹に、小僧はしつこく私に付きまとうようになった。
学のない輩はこれだから困る。
いくら貧乏とはいえ、羊飼いと貴族令嬢が結婚するか?
知っているぞ、平民の家には水洗トイレがないのだろう?
貧乏だろうが私の屋敷には水洗トイレが備わっている!
これ以上生活の質を落としてたまるものか!
「お前が私を好きなことは知っているが」
「だ、だれがお前なんかブスっ!!!」
顔を赤らめてドモる。
これ、完全に初恋じゃん、かわいそ。
女を見る目のない小僧の未来に同情しつつも、再び小突く。
「私は金持ちにしか興味はないし、腐りきったこの国の住民にもうんざりしているのだ。…だいたい、お前、童貞だろうな?」
まさかの童貞もしくは処女ではなかったら、もう二度と話しかけない。
そういう疑いの目で呻いている小僧を見下ろすと、小僧は涙目で言った。
「どどどどど童貞ちゃうわ!」
「はーよかった!童貞か!」
まあそうだよね!
精通も来てなさそうな小僧だもんね!
といっても私と同い年の7歳で年下でもなんでもないが、精神的に年下なので小僧と呼称している。
この様子だと大人の男性に食われたわけでもなさそうだし、ちゃんとバージンか!
だから私はいらだとうが子どもとは仲良くするのだ。
そして子どもの内にこの国がどれほど害悪かを教え込む。
そうすれば数年後には私の教えが実り、貞操観念というものが広まっているかもしれない。
そう信じるしかない。
「いいか、成長しても私以外と性的関係を持ったら殺すからな」
頬を赤らめて何度もうなずく小僧。
「嫉妬深いんだな」と嬉しそうだが、残念だが大人になっても私と性的関係は持てない。
だがこうやって言っておかねば、また一人道徳心の欠けた薄汚れたゴミが誕生するだけだ。
「大丈夫だ、一夫一妻だろ?
俺にはその覚悟はできてるし、それに俺だって、へへっ、ツグミが他の男と関係を持ったら相手の男の目を画鋲で潰してから、一枚ずつ聞こえるように数えながら爪を剥がして、指は犬に食べさせる。あと、下半身は出血死に気を付けながから削っていくから、安心しろよ!」
ツグミは首輪をつけて四肢を切断して監禁する、と照れくさそうに笑う小僧に、ドン引きした。
安心する要素とは?そこ笑うとこじゃなくない?
やっぱりこの国の連中、子どもの内からまともじゃないのかもしれんな。
「で、ツグミ、どこ行くんだよ」
「教会だ、教会」
この国の教会は 美と豊穣の女神、アシュテレトを祀っている。
愛にまつわる神話も数多く存在する神様なので、まさしくこの国にぴったりである。
大陸全土に共通認識として存在している多神教である世界宗教(宗教は基本的に一つしかないため呼び名は必要ない。あえていうなら大陸名のインフェルノ教である)は、ルチーフェロを最高神として奉っている。
ルチーフェロというのは、この大陸のど真ん中にそびえたつ、世界最高峰の山の名前でもあり、人々はそれを『神の御足』と讃えている。
神話の中では、眠りについた神が世界を支えているという話らしいが、詳しい話は割愛する。
最高神であるルチーフェロには数えきれないほど子どもが存在するのだが、眠りについたルチーフェロに代わり、人々を守っているとされるのが、その神々である。
それぞれの神々を讃える教会が各国に存在しており、国によって敬う神々は違い、それが見事にその国の特徴を捉えていたりする。
全ての教会を統括するのは、山の麓に存在しているといわれる『ジュデッカ』という聖地の、最高権力者である教皇だ。
ただし、上記の情報は乙女ゲーでは全く出てこない。
全てはウェルの教えの賜物であり、攻略サイトで見ていた限りの情報ではそんな話一文も読んだこともない。
一応『世界を救う聖女』という設定があるらしいから、ゲームを進めていけば、教会と関わる場面はあったのかもしれない。
それとも、ゲームでは一切設定がでなかったということは、主人公とは全く関係なかったのか。
つまり聖女は主人公の自称だった?だとすると痛すぎるぞ。
主人公が聖女という替えの効かない立場だからこそ、初期が貧乏貴族なのに王子たちと知り合いになるという設定に説得力があるのに、聖女が主人公の自称だとしたら話が変わる。
乙女ゲー詐欺極まれりな糞ゲーだ、公式サイトの王子たちは釣り餌だったのか。
私が全国の乙女ゲーマーに代わって憤っていると、いつの間にか人ごみから抜け、教会へと続く、丘の道が広がっていた。
ウェルは明日教会に連れて行ってくれると言っていたが、下調べだけはしておこうと思ったのだ。
主人公である私が、ゲームの始まり前に死ぬわけがないとは確信しているが…処女は失うかもしれないからな。
私の家庭教師なぞに何故収まっているのか、何もしなくてもイケメンを侍らす主人公の特権かな?と思うくらい謎に頭と顔の両方かなりレベルが高いウェルだが、この国に相応しく貞操観念がないから、怖い。
教会に私を連れて行って何をするのか説明がないのが余計怖い。
宗教儀式で不特定多数と性行為をしなければならない、とかいう状況は死より怖い。いや死ぬのも怖い。
とにかく、両親共に信心の欠片もない輩から産まれた子どもだからか、教会には一度も足を踏み入れたことがない。行ったことがない場所というのは怖いものだ。
嫌な想像ばかりしてしまうが、行ってみれば大したことがないのも世の真理である。
というわけで私は教会に下見に来ていた。
愛の神の教会ということで、戒律がかなり緩いことぐらいしか知らない教会だ。
その途中でクソガ…パリスという少年と出会ったのは誤算だが…こいつ毎回私が外に出る度にまとわりついてくるのだが、まさか屋敷を見張っているのか?ストーカーなのか?
「聞いてんのかよ、ツグミ?なんで教会なんだよ?」
「うるさい、聞こえとるわ。ただお前に解答する価値がないからもっと生産性のあることを考えてんだよ、邪魔をするな」
「ひでえ!!」
「もうついてくるな。仕事はどうした?羊飼いなんだろ?」
「俺は子どもだから働かなくていいんだってよ」
先ほどまでの騒がしい様子から、どこか影のある表情を見せたパリス。
「それでもこの前まではちょっとは仕事任せられてたんだぜ?…ただ、しくっちまって。大したことないケガだったんだけどよ、危ないことはもう駄目だって。外で遊んでていいから、って言ってたけどよ、結局あいつら、俺に何もしてほしくないだけなんだ」
あいつらというのはパリスの両親のことだ。
パリスは捨て子だから、拾ってくれた両親と見えない壁を感じているようで、普段の悪ガキの様相はどこへやら、寂しげに瞳を伏せる。
「俺にいてほしくないだけだ」
この齢で家の中での自分の立ち位置を気にするって、どんだけませてんだよ。
パリスは、私のように前世持ちなわけではないのに、年齢以上の考え方をする。
周囲の状況にも敏いから、どうも街の子どもたちとも距離がある。
理屈屋なために、子どもでなくてもよくある感情論が納得できず反論しては、一部から顰蹙を買い、嫌われてたりもするくらいだ。
それなら私のように子どもたちを甘やかせば、大人びたお姉さんやお兄さんという立ち位置にもなれるはずなのに、どこまでも不器用な奴だ。
そんな愛情に飢えていたパリスが私に執着を見せるのも仕方のないことだった。
私は子どもは無制限にかわいがるタイプだから、例えそれが生意気なクソガキだろうと、その生意気さが私からの愛情を恐る恐る確認するための作業のようなものであろうと、私はそれを許容できる。
だから、パリスは勘違いをする。
私だけが唯一パリスを甘やかし、どんな態度をとっても見捨てず、愛情を与えてくれる存在だと。
可哀想な話だ。
いづれ目を覚ますだろうが、選択肢がないばかりに、パリスは生まれ持っての賢さに目隠しをして、盲目的に私を選ぶしかないこの状況が、すでに悲劇以外の何ものでもない。
「ツグミ…」
可哀想なのだが、こうやって寂しげながらも、ちらちらとどこか期待を含んでこちらに視線を送ってくるパリスを見ていると、同情心がどこかへ飛んでいくし、甘やかすのやめようかなとも思えてくる。
私は溜息を一つ吐いて、両腕を広げた。
すると奴は先ほどまでの表情は嘘のように喜々として抱き着いてきた。
まだ私の方が身長が高く、体格も少し良いので、私が奴を抱きしめるような形になる。
パリスは満足そうに大きく息を吸い込んで、抱き着く腕に更に力を込めた。
「ツグミはいつもいい匂いがする」
うっとりした声音でそう言って、鼻先を私の黒髪に突っ込んで、くんくんと嗅ぐのは子どもだから許されることである。
多少のことは目を瞑る。
私は街から出たことがないので、街の外に牧場があるというパリスが具体的にどこに住んでいるのかわからないが、子どもの足では大変だろうと予想できるくらいには距離があることは知っていた。
それなのに毎回私が外出する際、屋敷の門のところに隠れている気がするのだが…パリスの将来が大分不安になってきた。
「もういいだろ、いい加減離れろ」
力もまだ私の方が強いので、強引に体からひっぺがす。
未練がましい顔のパリスを放って、教会へと歩き出す。
道端で何分も子どもが抱き合っているのに、通行人が何も気にしていないのは、それよりもすごいことが日常的に道端で行われているからであるが…R-18すぎて、7歳の私からはとても説明できない。
アシュテレト派の教義では生を最も尊んでいるため、産めや増やせを推奨している。
浮気、不倫、なんでもありなので、この国は面積に対して、人口密度が非常に高い。
そのため孤児院の問題や、食料不足の問題、更には他国への移民流出問題など問題が山積みである。
しかも他国へ行った国民がその国で性犯罪を犯すので、国際問題も山積みだったりする。
本当、ゲーム開始時まで滅びてないのが不思議なくらいだ。
おそらく隣国がリンボという国であるのが大きな理由であると推測はできるが。
これらの問題に対して国のトップである王族はどう対応しているかというと、王宮にハーレムを築き、日々遊び呆けている。
周りの貴族共もそれに倣っていて、国の中枢はなかば崩壊している。
なのに、不正を行ったり、他国へ難癖つける時だけは無駄に有能なのは頭の使い道を間違っているとしか言えない。
そんな国の教会である。まともなのを想像しては駄目だ。
「あれか」
丘の道を上りきると、目の前に現れたのは、こじんまりとしていて、壁も元は白かったのだろうと想像することしかできない灰色な、歴史を感じさせるような古臭い教会であった。
教会の周囲は柵に囲まれていて、柵の向こう側では洗濯もののシーツが風で揺らめいている。どこからか子どもたちの声も聞こえるが、それは裏手側にあると言われている孤児院からのものだろう。
正面の扉は閉まっている。
だとすると柵を越えて教会の横窓からこっそり内部を伺うか。
柵といっても簡易なもので、子どもでも簡単に乗り越えられそうなものだった。
体重をかけるとグラグラするが、柵の横棒に足をかけて一気に乗り越える。
下は柔らかい自然の草の絨毯があるため、静かに降りることができた。
パリスも私の後を当然のように追ってくる。
先ほどまでの五月蠅さは嘘のように、私の真剣な雰囲気にあてられたのか、黙りこんでいる。
私は無言で、身を屈めるように手でパリスに指示をだし、自身も身を屈め、教会の壁沿いを音を立てないように歩く。
見つかっても不法侵入で捕まらないとは思うのだが、気分はもうスパイ大作戦である。
精神も肉体の年齢につられるのだろうか。
教会の窓は少し曇っていたが、教会の内部は伺うことができた。
子どもである私のちょうど目線の高さだったことも幸いした。
その幸運に感謝しつつ、私が窓越しに教会の中を
「ウェル」
こらえきれずにその場に嘔吐する。
吐しゃ物の中に、私の脳みそが入ってない?
頭の中がシャッフルされて、頭が今にもはじけとびそう。
中身がなくなっても、えづき続ける私の背中に触れてくる肉の感触を必死に払い落す。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
体内の至るところから液体がでてきて、人間の体のほとんどは水分だというのなら、私は今死に至ろうとしているのか?気持ち悪さで死ぬのか?
誰か教えてくれ。
この国は、この世界には、正しい道は存在しないのか?
ここは地獄なのか?
私は生きて、地獄に堕ちてしまったのか?
「ツグミ!」
ぼやけた視界の中でぼんやりと人影が見える。
子どもだ。そう、パリスという少年。
涙を流しながらも、私を必死に心配してくれている、心の優しい穢れなき子ども。
だがこの子もいつかは大人になる。
私の影響などちっぽけなものにすぎず、きっとこの子も理性を失くした動物に退化するのだ。
「俺がいる。俺が守るから」
何度もパリスは恍惚とした声で繰り返す。
「俺はツグミしかいらない。ツグミには俺しかいない」
汚れるのも気にせず、私の頭を胸に抱え込むパリス。
子どもの甘く柔らかな匂いが、ぼんやりとした頭に染み入り、呼吸もいつの間にか落ち着いたものになっていた。
「何をしているのです?」
冷水をかけられたようだった。
吐しゃ物も拭う暇もなかったし、取り繕う暇もなかった。
だが私の体は咄嗟に、パリスを背に隠していた。
「ツグミ」
そこには先ほどまでの乱行を一切感じさせない、いつもの家庭教師が立っていた。
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