第3話 朝露 〜マツの話②〜
結論から言って、集落は陥落した。耕した田畑も、みんなで案を出し合ってつくった広場も、家も、仲間も家族も気持ちもあれもこれもなにもかも、失った。
今回の攻防戦は、二つの部族の総力戦であったと言っても過言ではなかった。とはいっても、こちらはいつも満身創痍であったが。
それほどまでに敵の規模は大きかったのだ。それに対し。こちらも、今持てるものを、人命、資源、武器、施設、技術、誇り、意志、それこそ全てをぶつけた。生き残るために。
だが、
ダメだった。
先に逃げた女子供の大半──三分の二ほど──が、追いつかれ惨殺された。
先に逃げた女子供ですらこの被害だ。時間稼ぎや殿を務めた男達はさらに悲惨であった。生き残れたのは、いや、重傷を負いながらも命からがら落ち延びることができたのは、ひと握りほど、約二割であった。
生き残った者たちは散り散りになり、家族と巡り会えたものはごく少数であった。
ショウもそのごく少数のうちの一人だった。彼は全治三ヶ月の重傷を負いながらも生き延び、そして生き延びたことを悔やんでいた。いや、もしかしたら、それは死んでしまった仲間への謝罪であったかもしれない。
自分は、生き残ってしまった。一族の、マツの一族の、長である、自分が。しかも、家族と、再会して。どうして、自分が……。
あのときのことが思い出される。
あの日、希望を失ったあの日の最後の記憶は、一番隊副長、シチューが食べたいと言った彼の背中だった。
こちらは任せて!あなたはいきなさい!ちゃんと、あとでしっかり追いつきますから、こっちを、振り返らないで、はやく……!
そう言った彼の顔は濡れていた。たぶん、雨のせいだけじゃなかったんだろうと思う。
その後のことは覚えていないが、あれ以来、彼の姿は見ていないし、自分はこうして生きている。
……彼は、いいやつだった。昔からの部下であり、戦友であり、そして、友とも呼べるべき存在だった。彼は立場を重んじた。最後の最後まで敬語で話していたし、最後は、一族の長を未来に繋ぐために、自らの命を犠牲にした。彼にも、愛する家族がいたのに、だ。
今、私が連絡をとれているグループに彼の家族の名前はない。ただ単に連絡が取れないだけか、それとも……。
すまない……すまない、すまない……私は、君に、君らに、なにもしてやれなかった。なにが毎度同じようなセリフだ。なにがこれが最後かもしれないだ。本当に会えなくなってしまったら、意味なんてないだろう。畜生、私は、私はもう、君らの名前を思い出すことができないんだ。どうして、どうしてだよ。いままでそんなことはなかったのに。ああ、ああ……!
「……ウ、ショウ?」
はっと起き上がると、暗がりの中、ミズバが心配そうにこちらを見ていた。
「悪い夢でもみた?」
「悪い夢?まあ、そうかもな」
ショウはぶっきらぼうに答えた。
「……あれから、一年近く経った。そんなに気負わなくても……」
ミズバがいつものように言った。
「たかが一年だ」
「ショウ……」
「……わかってる。わかってるさ、今更悔やんだってしょうがないって」
ミズバが、はぁ、と息を吐き、ショウの目に強い視線を送る。
「分かってないじゃない。そうやってまだ夢にまで出して、自分を責めて。名前を忘れた?それは仕方のないこと、とは言わないけど、それだけ生活や情報網の復旧に追われてたの。あなたのせいじゃない。それに、せっかく繋いでもらった命、大切にしなさい」
ショウはゆっくりと瞼を閉じ、再び開けた。
「……もう少しだけ寝ることにするよ」
「ええ、おやすみ」
ミズバは少し不安な顔つきで微笑み再び布団に潜り込んだ。
昔の夢を見て、自分が嫌いになる。たまにあることだ。その度にこのようなやりとりをやっている。ミズバには申し訳ないと思っている。こんな、不甲斐ない自分と生活させてしまっていることに。
やめだ、やめ。ちゃんとわかってる。彼女が自分の意志でここにいること、自分も彼女と一緒にいたいこと。だからこそ悲壮に満ちた湿っぽい考えはやめよう。
それが自分のためになり、死んでいった仲間、そして彼女のためになるはずだ。
さて、もう一眠りするか。
ショウは布団に潜り込んだ。横を向き、ミズバを視界に捉える。
彼女のまくらは濡れていた。まるで、朝露がこぼれたかのように。
ごめんな、心配かけて。
ショウはしばらくミズバを見たあと、ゆっくりと目を閉じた。
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