第2話 星空 〜アリウムの話①〜
「ボタン!はやくはやく」
自分の目の前に乱立する木を器用に避けながら、金色の髪をした少年が呼びかける。
「待ってよ、私はマツバみたいに闇雲に突っ走っていくなんてできないの」
ボタンと呼ばれた真っ白な髪をした少女が、目の前の草木を懸命に鉈で切りながら少し怒りっぽく答える。
「いいでしょー」
「褒めてない」
はあ、と鉈を振り回しながらボタンは溜息をついた。このやりとり、今日だけで何回目だろう。ワザとやってるのか、本当に何も考えてないのか。恐らく、というか絶対、後者だろう。まあ、沈黙の時間が少なくなるって意味では助かっているけどね。あれ?もしかして、マツバ……いや、マツバに限ってそんなことはない。そこまで空気が読めるヤツじゃない。と、思う。
ボタンの苦悩をよそに、悩みのタネの原因であるマツバは、長年の探し求めていた目的地が目前に迫ってきていることで、ひとり盛り上がっていた。
その目的地とは、冒険者であった彼の祖父が残した一枚の地図に記されていたものだった。もう一度そこへ行きたい、そう言って彼は息を引き取ったそうだ。マツバは彼の意志を引き継いで、幼馴染で、冒険仲間のボタンを連れ、数ヶ月ほど前、里を飛び出してきたのだ。
目の前に広がる緑をかき分け、光と闇が入り乱れる道なき道を突き進む。
そのとき、彼は木の枝で軽く手の甲を切ってしまった。よくあることだ、止まっていられない。おじいちゃんが残してくれた地図を信じるなら、今も変わらずそこにあるのなら、あと少しでたどり着くはず。彼は希望を抱いてさらに先へと進む。……たまに後ろを振り返ってボタンが付いてきているのを確認しながら。
マツバはボタンの小言を聞き流しつつ、ボタンはボタンでマツバに追いつこうと必死に、さらに数時間歩き続けると、さすがに日が落ちてきた。これ以上歩き回るのは危険だからと、二人は近くの川辺で野宿をすることにした。何回目、いや何十回目の野宿だろう。
マツバは黙々と川魚を獲り、ボタンは二人分のテントを張り、片手間で焚き火の用意を済ます。いっつも思うけどこっちの方が仕事多くない?とボタンはよく思う。まあ一日交代だからいいか、と毎回同じ結論にたどり着くのだが。
日が沈み、焼き魚を貪る二人を焚き火が照らす。普段ならここでくだらない会話が繰り広げられるのだが、今日は草木が擦れる音、川のせせらぎ、火の粉の爆ぜる音、二人の咀嚼音がその場を満たしていた。
珍しい沈黙の原因はマツバにあった。このパターンは落ち込んでるな、とボタンは予想し、マツバの顔を覗く。赤く照らされたマツバの表情は曇っていた。
「急がば回れって言うでしょ」
ボタンが特にマツバの顔を見ずに声をかけた。
「……回ってない。ずっとまっすぐ」
ひなくれた様子でマツバは答えた。ボタンがマツバの方を向く。
「そういうことを言ってるんじゃないの。近いかもしれないけど、そんなすぐ着くものじゃないでしょ。それに、ここに来るまでに何日何ヶ月もかかってる。だから、今更落ち込まなくてもいいじゃない」
「分かってる。分かってるけど、楽しみじゃないか、憧れてるんだから」
「地図のこと?」
「うん」
マツバがうつむいたまま答える。
「だよね。知ってるだろうけど私もそう。だって、私たちの一族の希望かもしれないんだよ?そりゃ、ワクワクするよ」
「それがあとちょっとなのに届かない。悔しくない?」
「悔しくはない。だって焦らされただけだもん。それに、その分もっと期待しちゃうでしょ?」
ボタンは夜空を見上げて続ける。
「こんだけ先延ばしにしたんだから、それはもう、いいところなんだろうなって」
ボタンはマツバを見た。彼の顔は明るさを取り戻していた。まっすぐな分落ち込みやすいのかもね、彼。長年ずっとにいたから感じることもある。
「ほら、見てごらん。今日もこんなに空が綺麗だよ」
二人を包み込む暗闇の向こうには、満天の星空が広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます