三、



 平蔵はわずかに反応したが、智次は気づかなかった様子で、生き生きと話し始める。


「おかたなさまのお膝元では、お紀代と似た病を持った人達が集まって居るらしんだ。仕事もあるらしい。今からもうそれくらいしか頼れるものがないからな」

「どうしようもなかった私を智次さんが連れ出してくれたの。新しい場所で始めようって」

「ともじときよはめおとなの」


 さやが無垢に問いかければ、智次は暗い中でも顔を赤らめるのがわかったが、お紀代がはにかみながらこたえた。


「ええ、そうよ。智次さんと一緒になれてよかったわ」

「俺は、紀代のためなら何でもするぜ」


 智次とお紀代が照れを混じらせながら見つめ合うのに、平蔵は胸焼けのような心地をあじわう。

 どう捉えてもおかたなさまとやらはうさんくさい集まりのようにしか思えなかったが人がなにを信じようと勝手だ。

 お紀代が病に冒されている気配がなくとも、若い二人が衝動的な駆け落ちであろうと、人様の事情に首を突っ込む趣味はもちあわせていない。


「それはまあお熱いことで」

「平蔵さんはどちらまで。刀をお持ちですが、お侍というわけではないんでしょう」


 好奇に染まった智次の問いに、平蔵はぞんざいに返した。


「しがねえ風来坊だよ。ちょいとばかし人捜しはしているがな」

「人捜し、ですかい」

「ああ。外つ国の住民みてえな色の髪と瞳をした破天荒な女だ。年は若く見えるが当てにしちゃいけねえ。俺はそいつをさがしてる」


 平蔵が説明をすれば、智次とお紀代は顔を見合わせていた。

 その仕草だけで心当たりがないのは明白だ。

 期待はしていなかったため、平蔵は特に落胆もせず、合羽を引き寄せる。

 半乾きであったが使えなくもないだろう。平蔵が横になろうとすれば、紀代の膝にいたはずのさやが傍らに戻ってきた。


「へーぞー。さやのていれ、やって」

「……ああん? 今日ぐらい良いだろうが」

「やだ。きょうつかったもん。みずにぬれたもん」

「しゃあねえなあ」


 さやが自ら刀を差し出してくる圧に負けて、平蔵は仕方なく合羽を投げ出すと、振り分け行李から手入れ道具を取り出した。

 小さくまとめられているのは丁子油と打ち粉目釘抜きなどが納められた箱と布だ。

 特に布は手触りと見た目が大事なのだと言ってはばからず、さやが店で半刻粘って買い求めた一品である。

 風呂敷を広げ、その上に平蔵は朱塗りに金の朱雀が飛ぶ打刀を置いた。

 いそいそといった雰囲気でさやが平蔵の傍らに座り込む。


 正座の膝に抱えると、平蔵は鞘へと慎重に布を滑らせ始めた。鞘神の鞘にある装飾は鞘神の力によって護られているため、多少のことでははがれない。しかし童女の要求は事細かかったために慎重に作業を進める癖が付いていた。


「あの……手入れなのに刃を抜かないんですかい」


 智次の問いかけに顔を上げれば、明らかに困惑した様子の智次と紀代がいた。

 これが平蔵にとっていつもの手順ではあったが、刀の手入れの方法を少しでも知っていればおかしく思えるのは当然だったか。

 水滴を拭い、柄の手汗も同じように拭っていた平蔵が話すのを面倒に思っていれば、くるりとさやが振り向いた。


「おさやのほんたいはさやだもの。やいばはおさやがつくるもん」

「鞘が本体って」


 肩口で切られた髪を揺らして、自慢げに胸を張るさやに紀代が困惑を隠さない。

 しかし智次はその言葉の意味に至ったようで驚愕したような顔をする。


「もしかして、その刀、いえ鞘には、鞘神様が……?」


 出したからには気付かれる思っていたものの、平蔵はつい舌打ちをした。


「一応言っとくが盗んだ訳じゃねえぞ」

「おさやのぬきてはへーぞーだけだもん」


 平蔵は、ふんすとどこか自慢げな顔をするさやの頭を意趣返しの意味を込めて小突いてやった。


 虚神狩りは通常の武士よりも身分が高い上に人数が少ない。

 ゆえに早々出会うことはないため、そう告げたとしても冗談と笑い飛ばされるかうさんくさい目で見られることを、平蔵は日光で実感していた。

 当然だろう、平蔵とてただの平民の身なりをした者に持っている派手な鞘をした刀を「鞘神だ」と言われれば、あきれるし世迷い言だと聞き流す。


 しかしさやは平蔵が抜き手であることにこだわりを持っているようで、まったく隠そうとはしないのだ。一応出会い頭に名乗ることはしないものの、話の中で鞘神であることを隠そうとしない。隠す必要のあることだと思っていないのだから当然なのだろうが、また言い聞かせなければなるまい。

 とはいえこれで一晩居心地の悪い思いをすることになるのは決定か、と平蔵は息をつきかけたのだが。


 さりげなく、平蔵は手の刀を左手に移した。

 ぴり、と空気が緊張したからだ。

 原因は智次であった。


「抜き手、様で、ございますかい。そちらが、鞘神様……?」

「まあ、そういうことになるな」


 平蔵が肯定すれば、さやが応じるように、ふ、と姿を消す。

 平蔵には本体に戻ったのだと理解できたが、さやがすぐに姿を現しても、智次と紀代は体をびくつかせた。

 その顔にはわかりやすいほど混乱があったが、先ほどまでの友好的な態度が嘘のように、顔をこわばらせびっしりと冷や汗を掻いている。

 その隣に居る紀代も細面を真っ青にしておびえをにじませていた。


 平蔵は予想外の反応に眉をひそめた。

 抜き手であると信じたとしてもこの恐がりようは少々異様だ。

 智次がかろうじて声を絞り出すように言った。


「抜き手様は……虚神憑きになった人間を、容赦なく切り捨てる、んですよね」

「間違ってはいねえが……」

「や、やっぱり虚が空いた人間を閉じ込めるんですかい!?」

「は?」


 言いよどんだ平蔵は虚を突かれて目を丸くした。

 その間にも智次は前進に緊張をみなぎらせながら紀代を背にかばうように移動する。

 さすがにおかしいと思った平蔵とさやはそろって首をかしげるが、動揺した智次は紀代をかばいながらも懇願するようにいった。


「ど、どうかどうかお見逃し下さい。俺はどうなってもいい、紀代に虚が空くなんて何かの間違いだ」

「おいおいまて、話が見えねえ」


 平蔵が身を乗り出しかければ、智次はあからさまに動揺し、とっさに手につかんだらしいのこぎりをかざした。

 しかしながらぶるぶると震える様はとうていこちらに危害を加えられるとは思えない。

 とはいえ素人に刃物を振るわれればこちらが危ない。面倒さが勝りはじめていた平蔵だったが、その膠着を破ったのは隣にいる童女であった。

 さやは心底不思議そうに智次と紀代を見比べるとこてりと首をかしげた。


「うろ、あいてないのに、こわがるの」


 あどけない声音が響き渡った。

 ぱき、と、囲炉裏にくべられた薪が燃える音が響く。

 心底不思議そうでしかし断定の言葉に、おびえていたふたりが戸惑った様子で黒髪の童女を見つめた。

 おそるおそると言った雰囲気で紀代が声を上げる。


「さやがみさま」

「やーおさやはおさやなの」


 ぷうとほほを膨らませるさやに面食らった紀代だったが、言い直して問いかけた。


「おさやちゃん。虚が見えるの」

「みえるよ。きよにうろはあいてないしもうりょうとりついてないよ」

「う、嘘だ。だったら何で佐岩様はあんなことを……」


 はっきりきっぱりと言い切ったさやに、智次と紀代が動揺する。

 訳ありなのはすでに決定的だったが、平蔵は深くは触れずただ事実を言った。


「そいつはガキに見えても鞘神だ。虚に関しては嘘は言わん。俺が見る限り、虚が空きそうなのは智次、てめえだよ」


 腰をもとに戻した平蔵の目には、智次のみぞおちのあたりに小さな黒いもやが映っていた。

 平蔵はさやの抜き手になったことで虚を見る目が養われており、智次のそれは日常で健やかに過ごしていれば消滅する程度のものだ。

 つまりこの数日で空いたもの。

 びくりと体を震わせた智次の目に理性が戻ったことを確認した平蔵は、手入れの道具を片付けながら続けた。


「そもそも、虚なんてのはどんな人間にも空くもんだ。いちいち空いた人間を探し出して切ってちゃただの人殺しと変わらねえよ。その庄屋とやらに別の思惑があったとしか思えねえな。閉じ込めなんざしたら、余計に魍魎につけ込まれる。虚神狩りは良くも悪くも魍魎が付いてからが出番なのさ」


 ひゅっと智次と紀代が息を呑んで顔を見合わせた。

 そんな、彼らの様子に頓着せず、平蔵は一番大事なことを言い放った。


「俺たちはただの風来坊だ。一応鞘神なんてもんを持っているが、特に使命感なんざねえんだよ。ここだけの縁だ。てめえらが駆け落ちだろうが、どちらかに虚が空いていようが興味はねえよ」


 そうあくまで他人なのだ。と平蔵は醒めた思考で応じた。

 智次の葛藤を表すかのように、そのみぞおちにある虚が揺らぐ。

 しかし心底ほっとしたように安堵の息をこぼすと、深々と頭を下げた。


「ありがとう、ございます」


 難儀な連中だ、と思ったが平蔵は肩をすくめることで応えるだけで、その場に身を横たえた。当人達が虚神にとらわれて居ない以上、平蔵ができることもないしする必要もない。後は当人達の問題だ。


 さやは当然のように平蔵に近づいたかと思うと、自身の本体へふっと消える。

 智次と紀代が驚く気配がしたが、平蔵はかまわず眠りに落ちたのだった。

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