二、

 ひとしきり笑い終えた真介は、にやにやとした笑みを残しながらもさやと平蔵を見比べた。


「それにしても、かの鞘神さやがみ様がこんな愛らしい姿形をしているとはなあ。少女趣味かと思ったぜ」

「面白くもねえこと言うんじゃねえよ」


 隠し通すつもりだった秘密を簡単に暴かれてしまった平蔵はそう返せば、さやがぱちぱちと目を瞬いた。


「さやはできたばかりだし、あなどってくれるから、ちんまいかたちにしときなさいって、かあさまがいったの」

「かあさまってことは、あれかい。作った鞘師さやしのことかね。女の鞘師はめずらしいが……」


 鞘神は神ではあるが、人が作るものだ。

 そのため、鞘神の中には抜き手に匹敵するほど鞘師を慕う鞘神もいるようだった。

 興味津々で身を乗り出す真介に、さすがに平蔵はさやを止める。


「お前、初対面の相手にそうべらべらとしゃべるんじゃねえよ」

「ますけのおやぶんは、へーぞーのみかたじゃないの」

「おう、さや坊何でそう思った」


 平蔵を遮って真介が問いかけるのに、さやは不思議そうな顔で言った。


「へーぞーが、すなおにさやのこといったから。おやぶんのことすきだとおもったの」

「ばっっっ!!!」


 平蔵が絶句し、真介も盛大ににやにやとしていれば、さやは真介に向いた。


「ますけのおやぶんも、へーぞーがしんぱいだからさやをみにきたんでしょ」


 真介が笑みを収めて炯々とした眼差しを童女に向けた。

 その表情からは好々爺然とした雰囲気は鳴りを潜め、他者を威圧する侠客の顔があらわになる。

 しかし脅しのような威圧にも、さやは動じず続けた。


「さやは、へーぞーのさやだから、へーぞーにしたがうよ」

「……ばれちまってはしかたがねえな」


 さやから目を離した真介は、決まり悪そうに頬を掻くと、困惑する平蔵に向き直った。


「最近な、虚神憑きが嫌に多いだろう。そいつら全員どういう人間か調べてみたんだよ。まあ落ちてもおかしくねえクズが多いが、虚神が憑きようがねえお天道様の下をまっとうに生きてきた堅気が混ざってんだよ」


 真介の言葉に、平蔵は数日前の居酒屋での騒動を思い出す。

 遭遇した虚神憑きの男も、元は人に金を貸すようなお人好しのようだった。

 虚神憑きとなるには少々違和のある人物だったように思う。

 まるで強引にそちらへと偏らせたような。


「そいつらに共通してたのが、この薬だ」


 苦々しげな真介は、傍らのたばこ盆の引き出しから薬包を取り出した。

 なんの変哲もない、褐色の油紙に包まれたそれは、知らぬ人間から見ればただの薬にしか見えないだろう。


「こいつは、今流行っている薬だよ。酒に入れて呑めば鬱屈を忘れて極楽の気分になれるってえ触れ込みで、三月ほど前から出回り初めてな。俺のシマにまで入り込みやがった」


 薬として出回る酒は、それなりにある。薬問屋が万病に効くとして効き目のあやしい薬酒を売ることも珍しくない。

 が、真介は承服しかねているらしい。

 真介が顔をしかめる平蔵の様子に気づいて問いかけてきた。


「その様子だと、やべえもんらしいな」

「最悪も良いところだ、魍魎が憑いてるぞ」


 平蔵には、その薬包からかすかに立ち上る黒い邪気が見えていた。

 この程度であれば、普通の人間にとって大した害にはならない。しかし飲み込むのであれば別だ。

 心に毒を流し込んでいるようなものである。


 魍魎が憑いていると言われても、真介はさすがにほうり出すような事はしなかった。

 しかし深くため息をついたあと、苦々しげに言った。


「うちの若えもんがこいつを呑んでいてな。虚神に憑かれて暴れてていたところを、火盗の連中にお縄になっちまった。てめえが言っていた芸者と同じ症状だろう」

「まさか、俺の話から調べたのか」

「てめえだってそのつもりで俺に話したんだろうが。おかげで大物が釣れたぜ」


 平蔵は軽く驚いて真介を見れば、男は呆れたように鼻を鳴らした。

 

 深河が落ちついた頃、平蔵と鎬は、梅彦へと事情を聞いた。

 梅彦は妓楼に抑圧されていたとはいえ、虚神に堕ちるには弱いと、鎬が主張したからだ。

 一度顔を合わせたとはいえ、雲上の人間である虚神狩りを前にして萎縮していた梅彦だったが、ほろりとこぼした。


『あの、気持ちが落ち込むようになったのは、お客様が持ち込んだお酒を呑んでからだと思います』


 なんでも、やっかいな客を押しつけられたときに、やむにやまれず何かを混ぜられた酒を呑んだのだという。

 薬臭いにもかかわらず、妙にのどごしが良かったと話した梅彦に、鎬は特定してみせると息巻いたが、探索は難航を極めていたようだ。


 平蔵は、真介にそういった薬があると耳に入れたのがほんの半月前だ。

 真介は徹底的に調べた結果、芋づる式に平蔵のことまで推測することができたのだろう。

 そのあたりは、真介の力を侮っていた平蔵が悪かった。


「降参だ」


 平蔵が白旗を上げれば真介は膝に手をついて話を続けた。


「虚神憑きは問答無用で遠島だ。妻も子も居る奴にそれは酷ってもんだと再三陳情しているが、聞く耳なんざ持っちゃくれなかった」


 そうだろうと、平蔵は思う。

 虚神憑きは運良く虚神を祓えたとしても、虚が閉じなければ、虚神が憑きやすいままだ。

 だからこそ幕府は、元虚神憑きを遠い島へと閉じ込める事とした。昔は問答無用で殺されていたというからまだましなのだろうが、上は下々の事なぞ、塵芥にしか思っていない。

 厄介ごとには蓋をする。それが慣習となっていた。


「このヤマの裏には、やべえもんが隠れているのは間違いねえ。俺はてめえのシマを荒らされるのは、断固として我慢ならねえんだよ。だからよ。何があろうと、この薬の出所を掴んでみせらあ」


 宣言した真介は、静かな気迫を滲ませながらも平蔵に言った。


「なあ平蔵、うちの一家に入らねえか」

「……そいつが本題か」


 平蔵は苦々しげに顔をしかめた。

 出会った当初から、真介は何かにつけて、任侠の道へ入るよう誘いをかけてきていた。

 多くの命知らずの屈強な男たちがそろう中で、なぜそこまで平蔵に目をかけるのか未だにわからないが、返す言葉は決まっている。


「その話は、当の昔に断ったはずだぜ。あきらめたんじゃねえのか」


 しかし真介は、胡座に手をついて身を乗り出した。


「ずっとこんなこと続けて行くわけにゃあ行かねえだろ。虚神狩りってのはそれだけ恨まれやすい。魍魎や虚神憑きだけでなく、人にもだ。後ろ盾が必要だろう。その刀の出所は聞かねえ。だが俺が悟った位だ。武家方でも気づく奴は出てくるぞ」

「……」

「これは、ともすれば戦争になる。うちの若いもんは命しらずだが虚神には勝てねえ。だが虚神を切る力があるお前がいてくれりゃあ怖いもんはねえ。武家よりも俺のところにこい。俺なら、てめえの住みやすい場所を作ってやれるぞ」


 真介の真摯な言葉に、平蔵は黙り込んだ。

 これほどの男に望まれて心酔しない者はいないだろう。敵に回れば苛烈だが、身内となれば全霊を以て守るはずの男だ。

 この男のために命を捨てたいと願う者にとっては、願ってもない申し出だろう。

 だが、平蔵の記憶の奥に巣くうものがうごめく。

 白い雪がちらつく。


「俺は、もうどこにも飼われねえって決めたんだよ。これからもずっと一人だ」

「俺はてめえが嫌いな武士じゃねえぞ」

「ああ、わりいな。そもそもあんたのところには、命知らずの偉丈夫が山ほど居るだろうが」


 真介のところに居れば、おそらく気持ちの良いつきあいが出来るだろう。

 くいっぱぐれることもないかもしれない。

 しかし、この男であろうと、誰かの下に付くことは、絶対に我慢がならなかったのだ。


 一拍二拍とにらみ合った末、引き下がったのは真介のほうだった。

 深々とため気をついた真介は膝に頬杖をついて恨めし気に見やった。


「てめえが良いっていってんのに、この強情っ張りが」

「断る俺の立場も考えてくれよ、毎度あんたの右腕に睨まれるのは背筋が震えんだからな」


 平蔵が大げさに震えてみせれば、真介は袖に手を入れ肩をすくめた。


「まあ良いか。てめえにも重しが出来たようだしな」

「あん?」


 平蔵はいぶかしく見たが、真介の視線はさやに向かっていた。


「しゃあねえ、出入りん時は助っ人頼むぜ」

「報酬次第だ。……ってちょっと待て。仕事の口はきいてくれねえのか」


 いまさらだが、ここに来た本題を思い出せば、心底呆れた顔で言った。


「何言ってやがる、就職の口を今断っただろうが。雇わねえとは言ってねえんだから声かけるまでは待機しやがれ」

「それが口入れ屋のおやじがやることかよ!?」

 

 食い下がろうと全く取り合わない真介に、平蔵は肩をおとしてため息をついたのだった。






 *






 真介の口入れ屋から辞去し、平蔵はさやと肩を並べて帰路についていた。

 とりあえず、出入りの時は助っ人として呼ぶと言われたものの、それがいつになるかわからないのは大変に困った。

 巴の所の稼ぎでは、博打に行くには心もとないのだ。


 どうにか算段をつけなきゃならないと考えながら、平蔵は傍らを歩く童女を見た。

 さやの手には真介から持たされた手土産の包みが握られていた。

 そのせいか、さやの足取りは軽く上機嫌なことがよくわかった。

 ぴょんぴょんと弾むたび、黒髪に結ばれた髪紐が揺れる。


「気をつけろよ、転んでも……っと」


 言うそばから、さやはずべっとつま先を引っかけて転んだ。

 手土産を両手で抱えていたために、手が使えなかったらしい。


「だから言わんこっちゃねえだろう」


 平蔵はため息をついた抱き起こしてやれば、意外にもさやは泣いていなかった。

 あまつさえ、手際よく着物に付いた土埃を払うと、再び手土産を抱えて歩き出そうとする。


「わかったから、荷物はこっちによこせ」

「や」

「やじゃねえよ、また転んで痛い思いするのはお前だぞ。転んで潰してせんべいが粉になっちまっても知らねえからな」


 むうと、立ち止まったさやはしばし悩んでいたが、名案を思いついたように平蔵へと手を伸ばしてきた。

 それなりの付き合いになる平蔵は意味を直ぐに悟った。


「荷物だけ預けるって方法があるんですけどねえ」

「さやがもらったものはさやがもたなきゃいけないもん」

「さいですかよ」


 平蔵は押し問答をする手間を惜しんで、さやを片腕で抱き上げて歩き出す。


「何がそんなに楽しいよ」


 さやの上機嫌さは、手土産をもらう前からだった。

 土産物を大事に抱えるさやにそう問いかけてみれば、さやは上機嫌に答えた。


「へーぞーのことわかってた」

「なにが……ああ、親分のことか」

「ん。みるめがある」


 重々しくうなずくさやに、平蔵は付き合っていられないと肩をすくめた。


「えらそうなこって。おっさんもただ虚が切れるって芸が必要なだけで、俺じゃなくとも腕っこきは山ほどあだっ!?」


 だがその態度が気に入らなかったらしく、さやはびっと平蔵の耳を引っ張った。


「へーぞーはすごいの。うろぎりさむらいなの。ばばーんてするの」

「好きでしているわけじゃねえって何度も言ってるだろう。昨日のだって自分の身を守るために仕方なくだな」

「へーぞーにげなかったもん」

「せっかくの飯と酒を台無しにされちまったんだ。多少の憂さ晴らしをしても良いもんだろ。てめえだって怒っていたじゃねえか」


 しかし、さやは不満げにぷうと頬をふくらませた。その仕草は童女そのもので、平蔵はやりにくさを覚える。


「へーぞーはさむらいっていわれてうれしくない?」

「まったく、これっぽっちも、嬉しくないね! そもそも俺は武士じゃねえんだから侍でもねえっての」


 そこだけは譲らぬに強調すれば、さやはなにか言いたげにしていたが、話柄を変えた。


「じゃあ、なにもしない?」

「あのな、もう堅気の俺が首を突っ込む領域を超えてるんだよ」

「でも、きになってる」


 さやに指摘されて、平蔵は黙り込む。真介から聞いた話では、かなりの規模で広がっていると言うことだった。

 確かに虚神憑きを斬ることが増えているが、本来であれば、虚神狩りの仕事である。平蔵の出る幕ではない。

 しょんぼりとうつむくさやの頭を、しかし平蔵は乱暴に撫でた。


「鎬に話すだけだぜ。出歩くたびに虚神憑き騒ぎに遭遇してちゃおちおち遊びにも出かけられやしねえからな」


 これは正義感でも何でもない。ただの自衛だ。

 それでもさやは、ほっとしたようにこくりとうなずいたが。


「へーぞー。ぐしゃぐしゃしちゃだめ」

「注文多いな」

「おんなのこは、やさしくあつかうの」


 薄い胸を張るさやに、平蔵はわけがわからず息をつき、胸の奥に凝ったものをはき出したのだった。


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