15:戦いの結末
バッキィィィィィィィィィィン......
硬い物が割れるような鋭い音と共に、プロペラごとセルリアンの脚が削げ落ちる。
「や、やったね、サーバルちゃん!」
「うみゃ、あと一息!」
サーバルはかばんと言葉を交わし、着地する。
地面に手足の爪をめり込ませ踏ん張り、体全体をバネのように縮ませ、勢いを一気に吸収する。
そして動力の一つを失いよろけるセルリアンへしなやかに向き直り、縮み切った体を思いっきり伸ばし、再び宙を舞う。
自身を制御しきれていないセルリアンはもはやサーバルの手を逃れられず、その爪が奪った翼に深く突き刺さる。
セルリアンも必死に振り払おうともがく。
しかしいくら飛行能力に秀でたハクトウワシ、マガンの翼を奪ったとはいえ、まがい物の力では深く食い込んだ真の肉食獣の爪をふりはらうことなど、できやしない。
そして起死回生のプロペラまでもその獣に削がれている。
ユーラに引きちぎられた長い鞭のような腕がもし残っていれば、サーバルを葬れたかもしれない。
が、残った短い腕では密着したサーバルに有効打が入らない。
満足に羽ばたけもしないセルリアンは、サーバルを吊り下げたままゆっくりと墜落してゆく。
「うっ、くっ、うわぁあ」
しかし、サーバルにも余裕はなかった。
暴れもがくセルリアンに宙づりとなっている以上、その体は前後左右に激しく揺さぶられる。こんな経験は、地上で生活し、どっしりとそびえる木に慣れたサーバルには初めてだった。
「うみゃぁぁぁ…助けてぇぇぇぇ」
「サーバルちゃん!もう少し!もう少しだから!」
「うぅー…頑張る…絶対、離すもんか…!」
かばんが励ます中、サーバルは腕に力を振り絞る。
セルリアンの動きに合わせ腕を動かし、可能な限り体に揺れが伝わるのを抑える。
しかしセルリアンの方も、次第にぶら下がった重量物の扱いに慣れる。
サーバルの体はぐわんぐわんと縦横無尽に振られ、流れゆく景色は常に歪む。
頭に血が上り、痛む。振り回される苦痛に、目眩の苦痛が追加される。
永遠に感じられるような数秒の間、サーバルは地獄に抗い続ける。
「かばんちゃんも頑張ったんだもん。絶対、作戦をうまくいかせるんだ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
かばん「サーバルちゃんの爪なら、きっと戦えると思います。草むらの死角から奇襲すれば、不意をついてプロペラを落とせるんじゃ…」
残雪「成る程、地上から攻めるか。確かにヤツの想定外をつけるかもな。サーバル、どれくらいの高さまでジャンプできるか?」
サーバル「うみゃー…足から頭までの長さが…三個分くらいかな」
残雪「ふむ、つまり低めの木の高さくらいか。そこまでヤツをおびき寄せ、サーバルがばれないように気を引く必要があるな」
かばん「それはボクがやります。残雪さんがユーラさんの元につき次第、遠くからセルリアンを攻撃します。ボクの、教わった、技で」
そう言ってかばんは静かに野生解放し、足元の石を拾い、彼方へ放り投げる。
サーバル「やっぱりすごいね! ものすっごい、びゅーんって飛んでくよね!」
残雪「これは…たまげたな…つくづくヒトってのは不思議な動物だなぁおい」
かばん「これでセルリアンをおびき寄せ、サーバルちゃんの不意打ちでプロペラを落とします。そこをサーバルちゃんが取り押さえて、残雪さんが枝で装甲を破壊、最後にハヤブサさんの一撃で倒す、というのはどうでしょう。サーバルちゃん、大丈夫かな?」
サーバル「うん、頑張るよ!でも、かばんちゃんも危ないから、気を付けてね!」
残雪「良いな。ただ、あのセルリアンの力は相当だ。もし危ないようなら_
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「サーバルちゃん! サーバルちゃん…! くっ…」
かばんは目の前の親友の危機に声を上げる。
石を握りしめるが、あの混戦の中に投げればサーバルに当たる可能性がある。
何もできないかばんは、ただ叫ぶことしかできなかった。
地面に激突するかの刹那、セルリアンは一方向に最大出力で回転する。
サーバルの体はセルリアンを中心に大きな弧を描いてまわり、その終端は明らかに地面であった。
あの速さで地面に叩きつけられれば、痛い苦しい以前に無事では済まされない。
絶望的な光景に、かばんは思わず叫ぶ。
「サーバルちゃあああああああああああん!!!」
しかし、サーバルの体は地面にかすりながらも激突を避け、再び宙に舞う。
仰ぎ見れば、セルリアンの片翼を握りしめる、灰色に黒斑の荘厳な翼が一人。
間一髪のところでユーラが到着し、サーバルをセルリアンごと引き上げたのだ。
「やはりコイツ、相当な力ですね。怖い思いをさせてごめんなさい」
「だ、大丈夫だよ!ユーラだって今まで頑張ってくれたじゃない!」
「恐縮です。さあ、仕上げにかかりましょう」
サーバルはユーラが掴んでいる翼の反対側に爪を突き立てる。
セルリアンの両翼は完全に自由を奪われる。
ユーラも羽ばたきをやめ、一切の浮かび上がる力を失った三人は地に降りる。
地に貼り付けられながらも、セルリアンはもがき抵抗する。
しかし両翼を野生解放した肉食獣と大型鳥類に押さえつけられたのでは、流石に振り払うことなどできない。
ユーラは、サーバルに警告する。
「派手な攻撃ですので、しっかり踏ん張って下さいね。あと目は開けないで下さい」
「え、え、うん、わかったよ!」
やがて、青空を背に落ちる褐色の翼。
残雪は目をつむり、通り過ぎる風の感覚、迫る地面の感覚、掴む枝の感覚に集中する。
見なくても分かる。枝の振り方。地面との、セルリアンとの距離。
後5秒、4、3、
_今だ_
セルリアンまで目と鼻の先、辺りは残雪の腕が発する七色の輝きに包まれる。
手負いの体である以上、野生解放に使えるサンドスターはごくわずかである。
なけなしのサンドスターを一瞬の間に全開放し、一発だけ、限界を超えた出力をセルリアンに叩きこむ。
残雪は体に打ち付ける風を翼で受け、輝く体を前転させる。
その勢いで枝を振りかぶり、視界、聴覚、感覚が、目下のセルリアンを完全に捉える。
「今度こそ終わりだ。他人の翼で好き勝手やりやがって」
残雪の枝がセルリアンと触れた瞬間、怒涛の炸裂音と共にセルリアンがいる場所から土とけものプラズムが吹き上がる。
衝撃波のようなものが辺りの草木をなぎ倒し、暴風が吹き渡る。
その火口には、地面と残雪の枝に挟まれ半分ほど埋もれたセルリアン。
「…やったのですか…?」
「うみゃ…本当にすっごい攻撃だね…」
「…嘘だろ…」
三人は薄れゆく土煙の向こう側の景色に、絶句する。
セルリアンの装甲は、わずかな亀裂を生じたのみで、中心のコア、石は全く見えなかった。
残雪の全身全霊の攻撃ですら、池の上で一度はセルリアンを堕とした一撃ですら、装甲を貫けなかったのだ。
「くっ…ぁ…」
手負いな上に、限界を超えた野生解放を使った残雪の体は、遅かれ早かれ倒れる運命にあった。
セルリアンに突き立てた枝で体を支え、立っているのが奇跡だった。
コアを守る装甲が傷ついたセルリアンは、さらに激しく抵抗する。
「あ! ダメだよ! 動かないでよ!」
「くっ…絶対に逃がすもんですか…!」
傷ついたセルリアンも火事場の馬鹿力というやつか、野生解放したサーバル、ユーラでも取り押さえるのが難しくなっていた。
今コイツを自由にしたら、確実に体力を使い切った残雪が襲われる。
そう本能的に感じたユーラとサーバルは必死に握りしめる翼を押さえつける。
残雪が作った装甲の亀裂にハヤブサが一撃加えれば、少なくとも装甲は確実に破壊できそうだ。
しかし装甲を破壊されたセルリアンは大人しくしてはくれないだろう。
むしろ装甲が破られ後がない以上、予想だにしない反撃の可能性もある。
そしてそこからもう一度ハヤブサの急降下を待つ間、ユーラとサーバルがセルリアンの背水の陣に耐えられる保証は無い。
残雪の体が揺らぎ、木の枝がセルリアンの体を離れようとした、その時だった。
「ザンセツ…ユーラ…そしてミンナ…リアリーウェルダン」
残雪の力尽きかけた腕に、頼もしい漆黒の猛禽の腕が添えられる。
彼女にも野生解放する余力はなかったが、倒れそうな親友の体を支えるのには十分だった。
「ハクトウワシ…大丈夫なのか…?」
「オーイェス。素晴らしい歌だったワ。」
残雪は横目で、駆け込んだ横穴を見る。
その横穴からはほのかに七色の輝きがただよい、生気のなかった岩肌から咲き誇る花が見える。
明らかに幸運の青い鳥の歌の名残だった。
しかしさらに残雪を驚かせたのは、いつのまにかオオタカとマーブルが目の前にいたという事実だった。
「お前らまで…何しに来た…まだ危険だ」
「もちろん…助けにきたのよ…私たちの…使命を…忘れてもらっては…困るわね」
「無茶だ…いくら歌で回復したとはいえ…体力は残って無ェだろうが」
「ええ…だから戦いはしないわ…」
残雪は困惑する。この状況で戦わずして助かる、そんな方法があろうはずがない。
しかしオオタカはおもむろに残雪へ近寄り、枝を持つ腕を支える。
そしてハクトウワシとオオタカは残雪の腕をとり、セルリアンに枝の先端をしっかりと押し付ける。
「さあ…マーブル…あなたの力が必要よ…お願い…」
「さっきのミラクル…コイツに…見せてあげて…ちょうダイ…」
「分かった」
マーブルはセルリアンに押し付けられた枝に手を添え、セルリアンの方を向く。
血走る目、鋭い腕、禍々しい翼が目に入る。
怖い。
足が震え、呼吸が、鼓動が、乱れる。
でも、彼女はもう立ち止まらない。
その怖さの先に助けたい人がいるから。
そして目を青く輝かせ、辺りに広がる大地に生命の歌を響かせる。
ユーラ、残雪、サーバル、そして遠目に見るかばんは目を疑う。
残雪の木の枝から、緑色の新しい枝、葉、つたがすくすくと伸びる。
やがてセルリアンに触れる箇所から木の根が伸び、セルリアンの装甲の亀裂に入り込んでゆく。
木の根は装甲を破壊しながら伸び、セルリアンは激しく暴れる。
しかし木の枝を三人がかりで押さえつけられ、さらに体中に木の枝から伸びた植物がからまり、身動きできない。
やがて木の根はセルリアンの裏側から突き抜け、地面にすら伸びてゆく。
そして遂に、バキィン、という鋭い音と共に、セルリアンの外側が割れ、大きな亀裂から紅蓮に輝くコアが覗く。
「…はは、成る程…こんなのは思いつかねェや…誰の案だ…」
「オゥ、アナタの目の前に居るわ…猛禽の誇る参謀よ…」
「マーブルが私たちを治してくれた時…岩肌のひびから草が生えたの…それで…岩が割れてたから…もしかしたらと思ってね…」
オオタカは歌によって傷が癒える中、マーブルの能力が起こす現象を注意深く見ていた。だからこそマーブルの起こす奇跡から、更に大きな奇跡を引き出すことができた。
「成る程な…相変わらずやるじゃねェか…しかしあの距離からよくわかったな…私の攻撃で…装甲が壊せなかったって…」
「…オフコース…このハクトウワシの目…なめてもらっちゃ困るわ…後はあの子次第ね…」
そう言って天を仰ぐハクトウワシ。そこには、落下を始める最速の影。
「…色々有ったが、何とか上手くいったみたいだな」
「プロペラは全て壊れ、もはや虫でも何でもないが…」
やがて太陽のごとく煌めく爪と二つの目。ハヤブサも残雪同様、一瞬一撃に己の全て以上を賭ける。
「とどめだ。このクソデカ虫野郎」
木の根に絡まり、割れた装甲から覗く石に、雷と化した一撃が落ちる。
またたく間に辺り一面は、白銀の光に包まれる_
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