13:反撃

 バスの中で、皆がその想いを一つに滾らせる。

 ユーラとハヤブサの死闘の裏には、そんな物語が有ったのだ。


 満身創痍のオオタカの目線の先では、空のキャンバスに次から次へと輝線が描かれ、七色の花火が炸裂する。

 しかしバスでの出来事など知らない彼女には、それは無謀な弔い合戦だとしか考えられなかった。

 ユーラは止まり木を振るうことも、爪で相手を砕くこともできない。その体術と飛翔能力でセルリアンを翻弄しているものの、決定打がない。

 ハヤブサには猛禽の爪があるが、残雪やハクトウワシのサンドスターを吸収してから更に硬化したセルリアンを砕くには、高高度からの最大出力をささげた急降下の一撃しかなさそうだ。

 しかしそれをさせてやるほど、ヤツは甘くない。

 しかも残雪やハクトウワシを貫いた、あの危険なプロペラはもう一つ残っている。

 仮に一撃加えても、また割れたプロペラの犠牲が出るかもしれない。

 どう考えても、セルリアンを倒す結果に繋げられなかった。


 しかし、


_あと一分、あと一分、絶対に繋いでみせる…!_

_オオタカ、ハクトウワシ、もし生きているなら、もう少しだけ…もってくれ!_


 ユーラもハヤブサも、捨て身や諦めの気持ちは一切なかった。

 彼女らはカコに囚われているのではなく、ミライに繋がる細い糸を必死にたぐり寄せようとしていた。


「ユーラ、危険ナ”プロペラ”ハ残リ1ツダケダヨ。作戦ハ継続デキソウダネ。タダ、今後ノコトヲ考エルト、アノ長イホウノ腕ガ邪魔ニナルカモシレナイヨ。デモ、強度ハソウ高クナイカラ、強ク引ッ張レバチギレルヨ」

「分かりました。武器は無いけど、力には自信が有りますので」

「ガンバッテ。後30秒ダヨ」

「…!」


 ユーラは、ふと横目で岩肌の向こう側を見る。

 はるか遠く、草原と岩砂漠の境界あたりに、何やら奇妙なものが見え隠れする。

 それは黄色くて、耳がはえていて、でも、動物やフレンズよりも遥かに大きい、まごうことなき、残雪達の乗った”バス”だった。


「あと少し…必ず、持ちこたえてみせます…!」


 ユーラはセルリアンの耳障りな音を立てるプロペラに気を配りつつ、おぞましい腕をさけながら間合いを図る。さながらブリザードの雪風をかいくぐるように。

 そして、近くを通ったハヤブサへすれ違いざまに何かを耳打ちする。

 ハヤブサは心得たと言わんばかりに目配せをし、上空へ飛び去る。

 セルリアンの長い腕が、その刃のような先端をユーラに向ける。

 風を切り襲い掛かる刃を避け、ユーラはそれを、フレンズとなって得た腕で、しっかりと握りしめる。

 そして力を込め、ぐい、と、そのおぞましい腕を引っ張る。思わず前のめりとなるセルリアンへ、上方から獲物を狩る猛禽の目が光る。

 危険を感じたセルリアンはとっさに翼に身を隠す。ハクトウワシの怒りの一閃すらも防ぐ鉄壁の翼は、不気味なサンドスター・ロウをまとい、ハヤブサの爪を弾こうとする。


 が、急降下してきたハヤブサは、攻撃することなく通り過ぎる。

 虚を突かれたセルリアンであったが、素早く攻撃体勢を整えようとする。


 しかしハヤブサに気を取られていた一瞬の隙に、ユーラは既にセルリアンの長く凶暴な腕を掴んだまま間合いをつめ、足をセルリアンの体に軽く添えていた。


「少し、やり返させてもらいますね」


 そう言うと、ユーラはセルリアンに触れる脚を踏ん張り、渾身の力を込める。

 背負う後光はよりまばゆく、発する熱気はよりすさまじく、全身を赤みがかった七色の輝きが纏う。

 ミシ、ミシという音が、セルリアンの腕の付け根から聞こえる。


「私に武器はないですが、仲間に向けられた武器は、どんなものでも砕いてみせます。それが”仲間を護る”ということです。以後お見知りおきを」


 やがて、バキィン、という鋭い破壊音とともに、セルリアンの長い腕が根本から千切られる。

 その断面からは、赤黒い煙のようなサンドスター・ロウが吹きでる。言葉にならないような不快な悲鳴をあげ、セルリアンは暴れもがく。

 ハヤブサも急降下から身をひるがえし、ユーラの勇姿を見上げ…


…絶句する。


 ユーラがもぎ取ったセルリアンの腕はあろうことか、千切られた後も激しく踊り狂っていた。


 それに気を取られた刹那、逆上し暴れまわるセルリアンのどす黒い翼が、ユーラの腹部を確実に捉えた。

空中に赤黒いサンドスター・ロウが飛び散る。


「…ぁ…が…」


 風圧を伴う鈍い音が響き渡り、大地から煙が上がる。

 やがて煙が風に流されると、フレンズ1人分程度のクレーターが岩盤に見えた。その中心にユーラが大の字で張り付けられている。

 その目はセルリアンを睨み、今にも反撃しようとしていた。しかし体の方は、衝撃により息すら吸えないでいた。

 暴れまわるセルリアンは岩肌に叩きつけられたユーラを見つけたのか、血走る目で残っているほうのその短く、鋭く、おぞましい腕をユーラに向け、一撃で貫こうと言わんばかりに急降下を始める。

 ハヤブサもセルリアンを食い止めるため、身を翻して上昇する。しかし上昇の速度はセルリアンの急降下速度には及ばない。

 ハヤブサがセルリアンを止めるために振るった爪は空を切り、すれ違いざまにハヤブサは残った短い方の腕で弾き飛ばされてしまう。


「ぐッ…!か、このままでは…!」


 その時だった。ユーラの腕から、場にそぐわない、無機質な機械音声が流れる。


「残リ0秒。残雪ノ残存サンドスター量ハ、野生解放許容水準ニ回復シタヨ。」


 ユーラとハヤブサは、この時を待っていた。

 この瞬間のために、オオタカとハクトウワシを同時に相手取るセルリアンを、防戦一方ながらも食い止めていたのだ。

 急降下するセルリアンの渾身の一撃を、ユーラは引きちぎった腕でからくも受け止める。


「うう゛ッ…!」


 重たい一撃に、ユーラの体は轟音と共に更に岩盤へ埋まる。

 しかしユーラも全力を振り絞り、赤みがかった七色の輝きと熱気をほとばしらせ、迫りくる腕を押しとどめる。

 残雪があのバスからここにたどり着くまで、あと、数十秒、たった数十秒。


 しかし、セルリアンは、想像を絶する行動に出た。

 一つだけ残っていた高速で回転するプロペラを、身動きのとれないユーラの顔へ、ゆっくりと近づける。

 プロペラで直接、ユーラの頭部を砕き、サンドスターをむさぼるつもりだ。

 ハヤブサも体勢を整え一直線に向かおうとする、が、もはや間に合いそうもない。

 灼熱を放つユーラの体は、凍えたように恐怖に震える。

 必死で押し返そうとするも。岩盤に埋まった状態ではうまく力が入らない。

 勝負を見守るオオタカも、あまりの残虐な光景に目をつむる。

 顔が回転する刃に刻まれるまで、あと1秒。絶望か恐怖か、思わずユーラは目をつむる。




「つがいに手ェだしてんじゃねェ」




 ユーラは、その時聞こえるはずのない声を聞く。

 これは夢かうつつか。

 フレンズでなくなる瞬間は、あるいは死ぬ瞬間には、大切な人の声が聞こえるものなのか。

 ならば目を開ければ、あの顔を記憶の最後に刻むことができるのか。

 そう思いユーラは、ゆっくりと目を開けた。

 ユーラの目の前には、変わらずけたたましいく羽が回っている。しかしそれは、自分に近づくどころか徐々に遠ざかっている。


 やがて羽の後ろにセルリアンが見え、さらにその後ろに、長く旅を共にした褐色の翼の持ち主の姿。


 そこには大きな木の枝を腰にさげ、敵のまがいものの翼を握りしめ、太陽を背に立つ残雪がいた。


「な、なん…で…間に…あ…合わない…はずなのに…」

「不可能を裏付ける理屈に興味は無ェ」

「で…も…マスターの…マスターの言いつけを破らないと…こんなに早く…」

「いや、30分きっかり我慢したさ」

「そ、それじゃあ今ここに来れるわけがありません!」

「それをやるのが雁の統領だ」


 一点の曇りなき言葉に、ユーラは言葉を失う。

 相変わらずこの統領は決してあきらめない。

 仲間のために知恵を振り絞って、時には無茶もして、届かない、見えないはずの答えを掴む。

 あっけに取られるユーラへ、残雪は続ける。


「よくやってくれた。そのもぎ取った腕、ちょっと使うぞ」

「え、あ、はい」


 ユーラは引きちぎったセルリアンの長い腕を渡す。

 もうそれが暴れることはなかった。


「さあ、第二フェーズ開始だ。オオタカ、ハクトウワシとその子を安全な場所へ」

 オオタカは突如現れた残雪に困惑する。いったい何が起こっているのか、参謀の頭をもってしてもわからない。


 ただ一つ分かったのは、これは弔い合戦ではなかった、ということだった。


 そしてユーラの隣には、いつの間にかあの青い翼を持つ少女がいた。セルリアンの血走る目に怯えながらも、勇気を振り絞ってユーラに声を掛ける。


「行こう。あの二人を、た、助けるんだからっ!!」

「ええ、行きましょう」


 ダメージを食らったとはいえ、ユーラは元々この程度の運動で力尽きるような鳥ではない。岩に埋もれる体を引き抜き、マーブルの手をとる。

 横を見れば、力尽きている二人のフレンズが見える。その近くに、身を隠せそうな横穴がある。気配は無く、この辺りに住む生き物の古巣だろうか。


「い、急ごうよ! 間に合わなくなったら…」

「そうですね、それでは残雪さん、お願いします」

「ああ、任せとけ」


 そう言うと、マーブルとユーラは大急ぎで二人のもとへ向かう。

 みすみす逃がすか、と言わんばかりにセルリアンは追おうともがく。

 しかし背後から翼の根本を掴まれており、思うように身動きできない。


「おいおい、追わすわけねェだろうが」


 優し気だった残雪の声に、次第にドスが効いてくる。


「私の体をブッ刺してくれたのはともかく、ハクトウワシも刺したみてェだな」

「この時点ですでに生きて帰せねェが、お前、ユーラに何しようとした?」

「その羽、プロペラだっけか?で、ユーラをどうしようとした。なァ」

「こんなもん顔に当たったらどうなるか…分かってて、やろうとしたんだよなァ…」


 冷静に問い詰める残雪だったが、次第に言葉に激しい怒りがこもる。

 ついに両目が眩しく光を放ち、セルリアンを後方へ放り投げる。

 そしてユーラから受け取ったセルリアンの腕を大胆に振りかぶり、全体重と渾身の力を込めて叩き込む。


「ふっざけんなぁぁぁラァァァァァァァァァ!!!!」


 怒号とともに叩きつけられたセルリアンの腕は粉々に砕け散り、虹色の光となって消える。

 セルリアンは翼でガードしたものの、ガードごと後方へと吹き飛ばされる。しかしユーラとの戦闘で奪った鳥の翼にも慣れたのか、比較的速やかに姿勢を立て直す。


「姿変えても相変わらず大した性能だな。もうこっちには、悔しいが、私含めお前を真正面からの殴り合いで倒せる手札は無ェ。だが、」


 セルリアンが体勢を整える隙に残雪は、皆が隠れる横穴へと向かう。そして横目に、まだ遠いながら幾分近づいたバスの影を確認する。

 バスの上には人影が見え、なにやら大ぶりな動きをしている。

 やがて人影の手元から、緑色の光がキラッ、キラッと光る。

 それを確認した残雪はニヤリと笑みをこぼし、横穴へと滑り込む。


「殴り合うことしか能が無ェなら、狩人様には気を付けるんだな」


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