12:ヒトと猫と小鳥の決意

 昼食を取りながら、バス内では作戦会議が始まる。


 状況は依然として過酷であることに変わりない。オオタカとハクトウワシは捨て身の特攻に行ったまま戻ってこない。

 もしも二人がセルリアンに食べられてしまったら、仲間を二人失い、凶悪なセルリアンは野放しということになる。それだけは何が何でも避けなければならない。

 まず残雪とハヤブサが口火を切る。


「兎に角、私とハヤブサはあの二人の援護に向かう。セルリアンは確かに私のサンドスターを奪ったが、あの時既に私に残っていたサンドスターはわずかだった。4人で組めば戦えない相手じゃあねェ筈だ」

「賛成だ。私は無傷だし、サンドスターも今補充した。いつでも全力で戦える」


 即出撃しようとするハヤブサと残雪に、ユーラが毅然と反対する。


「私は反対です。残雪さんは回復したとはいえ、まだ完全ではない筈です。オオタカ、ハクトウワシの二人を相手取る程のセルリアンなら、その隙を突かれると厄介です。それに、今戦ってる二人は既に戦闘不能な程ダメージを負っているかもしれません。その場合、それほどのセルリアンにハヤブサさんと残雪さんの二人だけで挑むのは、危険過ぎます!」


 かばんも、うすうす感じていた不安をボスに問う。


「あの、残雪さんは今戦えるんですか?」

「無理ダヨ」


 無情にもボスは即答する。


「ダメージノ回復ハ完全デハナイシ、マダ吸収シタサンドスターガ定着シテナイヨ。後30分ハ、野生解放デキナイヨ」

「何だと…馬鹿な!」


 残雪は体に力をこめ、野生解放しようとする。しかし、体から発せられる七色の光は暗く、目の輝きはくすぶり、セルリアンと単身戦っていたころの迫力はもう残っていなかった。


「…クソッ。どうやら本当のようだな」


 残雪はその不完全な野生解放を止め、ユーラに問う。


「うむ…じゃあ、どうするつもりだユーラ。」

「私が出ます。ハヤブサさんと私で、残雪さんが復活するまでの時間を稼ぎます。その後、残雪さんとハヤブサさんが交代して、残雪さんと私でヤツを釘付けにし、ハヤブサさんにトドメをお願いしましょう」


「それこそダメだ」


 残雪は鋭い目つきと口調で、ユーラを制する。


「お前が戦えるのも、素手なら私より強いのも分かってる。お前の援護があれば、ハヤブサの一撃までヤツの気を引けるかもしれねェ。だが、その力を買ってこの子達の護衛を、お前一人に託してんだ。お前まで戦ったら、この護るべき者たちを誰が護るんだ」

「それは…」


「別れる直前、オオタカもハヤブサに言ってたんだ。必ずこの子達を安全に逃がせってな。それだけは絶対に妥協できねェ。例え、例え、アイツらを、見殺し…」


 次第に首を絞めつけられているような口調で語る残雪を、ハヤブサが遮る。


「もういい、そこから先は、皆分かってる。とにかく、ユーラは護衛だ。何かあった時にこの子達を護りながら逃がせるのは、お前だけだ」

「っ…!そんな…!」


 ユーラだけでなく、マーブルやサーバルも反発する。


「嫌だ! 助けてくれたのに、皆を見捨てて逃げるなんて! 私には、戦う力は無いけど、そんなの絶対嫌なんだからっ!!!」

「私だって、まだ会ったことないけど、それでも守ってくれたフレンズを見捨てたくないよ! 会って、ありがとうって言って、お友達になりたいよ!」


 その様子を見て、葛藤するハヤブサと残雪。


 ここにいるサーバルとかばん、マーブルは何に変えても護る。これは絶対だ。

 問題はセルリアンとあの二人。正直今すぐにでも助けに行きたくてしょうがない。

 だがヤツは本当に強い。

 二人がもうやられててたなら私たちまで犬死にしかねない。

 しかしここで逃げればあの二人とはもう二度と会えないだろう。

 更には、今後あの悪魔のようなセルリアンに、多くのフレンズが脅かされることになる。

 そして仲間を見捨てたという事実を、この3人の子達も一生背負って生きることになるだろう。

 それでいいのか。護るべき者を護ったと言えるのか。それで




「あの、”護るべき者”って、”お客さま”みたいなものですか?」




 進まない会議の中、かばんの声が口を開く。あどけない声に不意を突かれながらも、残雪は答える。


「え? まあ…ちょっと違うが、護らなきゃならねェって意味では同じか…」


 かばんは一呼吸おき、声を発する。


「じゃあ、僕は、お客さまじゃないですよ」


その声は、か弱くも芯が通っていた、頼もしいものだった。


「それだけのセルリアンが相手なら、みんなで協力して倒すしかないと思います。ボクも戦います。怖いけど、自分の身は、自分で、守ります!」


 サーバルとマーブルも後に続く。


「そうだよ!私たちだって戦うよ!」

「絶対に助けたいんだ! オオタカさんにも、ハクトウワシさんにも、まだまだ聞きたいお話沢山あるんだから!」


 当然反発するハヤブサと残雪。


「なっ、気は確かか!? どれだけヤツが危険か、言ったはずだ!」

「お前らが傷つくことが、戦いに出た二人が最も望んでなかったことだ。アイツらの事を想うなら、無理はするんじゃねェ。本当に喰われるぞ」


 その言葉を聞いた後、おもむろにかばんは立ち上がり、二人を見据えて口を開く。


「実はね、僕もサーバルちゃんも、一回セルリアンに食べられたんです。」


 唖然とする一同。


「え?た、食べられた?じ、じゃあ元の姿に戻っちゃうんじゃ…」

とマーブル。


「その通りだ…食べられて無事だったフレンズなんて、聞いた事が無い…」

とハヤブサ。


「馬鹿な、いくらフレンズだからっていきなり信じられねェぞ」

と残雪。


「…とにかく、詳しくお聞きしたいですね。」

とユーラ。


 口々に問いかける皆に背を向け、ゆっくりとバスを降りながら、かばんはその時の事を語る。


「すごく大きなセルリアンを退治するために、強いフレンズさんにも協力してもらって作戦を立てたんです。でも途中で失敗しちゃって、サーバルちゃんは僕を助けるために身代わりになって、僕は食べられかけたサーバルちゃんを何とか引き戻して、作戦をもう一度進める為にセルリアンの囮になって食べられちゃったんです。どっちも友達を助けたくて身代わりになろうとしたんです。おかしいですよね。命を投げ出して友達を守っても、守られた友達は、命を投げ出してでも守りたかった友達を亡くしちゃうんですから」


 三羽の鳥は驚きの表情のまま固まっていた。

 この二人は何者だろう。

 どれほど硬い絆で結ばれているのだろう。

 今まさに自分たちに立ちはだかる困難を既に経験し、それを乗り越えたというのか。

 全く想像もつかない。

 本当だとすれば、ただただ、凄い。

 そして、サーバルも自分が食べられた時、かばんがどんな思いだったのかを自分の気持ちと照らし合わせて悟り、ありがたいような、申し訳ないような気持ちになった。

 かばんはゆっくりと、それでいて力強く続ける。


「目の前にセルリアンが現れた時は本当に怖かったです。作戦を進めている時も、サーバルちゃんに助けられた時も、サーバルちゃんを引き戻すときも、手が、足が震えて仕方なかったんです。でも今こうして二人で一緒にいる。沢山のフレンズさんが助けに来てくれたんです。最後までみんなに助けてもらってばっかりでした」


 背中で語りながらゆっくりと歩くかばんは、近場の木の下で立ち止まる。

 そこで振り返り、みんなの方へボスを付けた腕を見せる。


「ボスは、元はラッキーさん、ここで言う、マスターさんなんです。ほら、マスターさんのおなかにも同じものが付いてますよね。ラッキーさんはボクたちを守るために、体を失くしちゃったんです」

「デモ動作ニ支障ハ無イヨ。安心シテネ」


 かばんの口から語られる言葉はすでに生々しさをともなっていた。

 が、さらにその腕につけているものがラッキービーストであるという事実は、聴衆一同に衝撃のような説得力となって届いた。


 そしてかばんは隣にある木をつかみ、腕に力を込め、木に足をかけ、その華奢な体からは想像つかない程の力強さで、するすると登ってゆく。

 護らなければならないはずの子が見せる技に、マーブルも、ハヤブサも、残雪もさらにあっけに取られる。自分を支えられそうな木の枝を見つけ、その上に立ったかばんは、もう一度みんなを見据え、言葉を投げる。


「ボクだって、沢山のフレンズさんと会って、色々なことを教えて貰ったんです。ご飯の探し方も、安全な眠り方も、木登りも、自分の身は自分で守る事も、本当に辛い時は、誰かを頼っていいってことも…!」


サーバルも、マーブルも、ユーラも、残雪も、その声に聞き入る。


一呼吸置いたかばんは、最後の一言を噛みしめ、聴衆へと投げかける。


「みんなが困っているのなら、みんなの為にできることを、したい。」


 長い長い冒険を経て、出会いと別れを繰り返し、困難へ立ち向かい、学び、成長した彼女の暖かくも芯の通った言葉は、全員の心に熱い火を灯した。

 続いて、かばんはサーバルへ声を掛ける。


「サーバルちゃん、この枝を切ってくれるかな?」

「うみゃ? そんなことして大丈夫、かばんちゃん…?」

「へーきへーき。降りるついでにサーバルちゃんの”技”も見せてあげよう?」

「うん…わかった!気を付けてね!うみゃーっ!」


 明るい掛け声、大地を蹴りつける音と共に、サーバルの居た場所には土が飛び散る。その体は一瞬のうちにかばんのもとへ舞い上がる。

 そしてかばんの乗る枝へ思い切り腕を振り下ろし、その爪の一閃が見事に枝を両断する。

 サーバルのダイナミックな動作に驚嘆いていた鳥たちは、宙に放り出されるかばんを見て息をのむ。

 しかしかばんは落ち着いた様子でサーバルの方へ手を伸ばし、宙に舞う二人の手は固く繋がる。

 そして重力に身を任せ、スタッという軽快な音と共に、二人は同時に地に足を着ける。

 刹那遅れて木の枝が、二人の背後へ落下する。

 やがて我に返ったハヤブサとユーラは驚きを口にする。


「…ああ、成る程な。かばんは私たちに護られる器、ではなかったかもしれないな」

「…ええ。それに、サーバルさんの身のこなしも素晴らしいです。確かにこの二人、戦えるかもしれません」


 感心する二人の後ろで、目を閉じたマーブルが静かに呟く。


「…私だって、負けてられないね」


 一同の視線を集めた幸運の鳥が次に目を開く時、その目には再び深い青色の輝きが宿っていた。


「セルリアンはまだ怖い…戦う力は無い…それでも、誰にも負けない青い翼以外にも、やっと私が誇れる事、見つけたんだ。この力で、助けたい。私たちを命を懸けて守ろうとした二人を、絶対、絶対に助けたいから」


 言葉が進むにつれ、その青い翼は七色の輝きを纏いながら揺らぐ。

 彼女の足元からは無数の芽が、大地を貫いて伸びる。

 やがて膝元まで伸びた茎の先には、色とりどりの花が咲き乱れる。

 その花も彼女の輝きに照らされ、まるで彼女の腕の届く範囲だけが別世界の楽園のような雰囲気を纏う。

 今度はかばん、サーバルもその美しさに圧倒され、皆が見守る中、青い命の輝きは次第に収まり、小さな花畑に囲まれた青い鳥一羽が残る。


「…マーブルさん凄いです。野生解放を使えるようになったんですね」

と、かばん。


「…す、すごい、すごーい!見てるだけで元気がでてきたよ!」

と、サーバル。


「…誰も退く気はないということか」

と、ハヤブサ。


「…そのようですね。残雪さん、この子達の力、信じてみませんか?」

と、ユーラ。


 護るべき者達の決意を耳に焼き付け、その技を目に刻み付けた残雪は、腕を組んで目を閉じる。

 そして落ち着いた、しかし熱い想いを込めた声で問いかける。


「かばん、サーバル、相手は相当に危険だ。それでも立ち向かい、そして、”生き残る”覚悟は有るか?」


「はい!」

「うん!」


 かばんとサーバルは、間髪入れずに返事をする。残雪は続ける。


「それから、マーブル。お前の力も、場合によっては必要となり得る。あの恐ろしいセルリアンを前にして、お前、もう一度歌えるか?」


 マーブルの表情が一瞬こわばる。セルリアンの姿を見て、最も怯えていたのはマーブルだった。


 しかし、マーブルはもう、以前の怯える小鳥ではなかった。


「かばんさんの話を聞いて、何もしないわけにはいかないよ。とても、とってもとても怖いけど、それ以上に、あの二人を助けたいから。必ず歌って見せるんだからっ!」


「よし!」


3人の言葉を胸に刻み、残雪は閉じていた目をついに見開き、力強く叫ぶ。


「かばん、サーバル、マーブル、今からお前らを保護対象から作戦遂行要員へ変更する。同時に、ユーラ、お前を護衛任務から解除する。この場の総力をあのセルリアンの殲滅にあて、オオタカ、ハクトウワシを救出する。必ず全員生き残れ。良いな、お前ら!!」


「「「「おぉぉぉ!!!」」」」


 残雪の掛け声に呼応する雄叫びが、静かな大地を揺るがすように響き渡った。

 やがてそのこだまがおさまるころ、残雪はかばんが乗り、サーバルが落とした木の枝に目を向ける。


「おっ、ちょうど新しい止まり木探してたんだ。良い太さだ」


 残雪は枝を拾い上げ、思い出したかのようにかばんへ話しかける。


「そうだ、マスター、もといラッキービーストとかばんは話せるんだな」


残雪がかばんに問いかける。


「はい。どうやらボクとだけ…」

「そうか、お前は”ヒト”ってわけか」


かばんは少し驚いた表情で残雪を見る。


「あ、はい、そうです! でも、何でご存じで?」

「単に風の噂に聞いただけだ。マスターは”ヒト”とだけ話すってな。まあ私自身、何か昔、ヒトとケンカしたような、助けられたような、いや何もしてないような…」


 残雪は記憶を辿るが、はっきりとしたものにたどり着くことはなかった。


「いや、やっぱ分かんねェや。ただ、ヒトってのがとてつもなく賢いってのは聞いたこと有るぞ」

「え、いえいえ、そんなこと…」

「オオタカも賢いが、噂に聞くヒトの賢さは見てみてェな。どれ、ちょっと知恵比べと行こうか。特攻野郎の二人を助け出す作戦、一緒に考えてみないか」


 かばんは、急に楽しそうになる残雪に戸惑いながらも、経験、持っている情報を頭の中でかき回し、まとめる。

 辛いときは、いつもたくさんのフレンズが助けてくれた。

 だからこそ、絶対に二人を助けたいという気持ちは、かばんも同じだった。


「それじゃあ_

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