11:青い奇跡

_少し前のこと、森にて_



 森の木々を吹き抜ける風の音の中に、一羽の美しい歌声が、悲しく響き渡っている。

 マーブルの歌声は消えゆく友に向け、より麗しく、より荘厳に響き渡る。


 やがて止めどなく流れ落ちる涙と共に、マーブルの瞳から七色に輝く雫が舞い上がる。

 それは紛れもなく、フレンズの力の源、けものプラズムであった_


[無地瑠璃鶫 学名” Sialia currucoides”]

[ 体長20cm、翼幅40cm。美しい瑠璃色と白色を纏う小鳥である。

その囀りは美しく、アメリカ合衆国アイダホ州、ネバダ州の州鳥に指定されている。

“幸運の青い鳥”として、その姿、囀りに遭遇した者に幸福をもたらすとされている ]


 大切なモノを失う悲しみ。自分が何もできない事への無力感。

 それらへの最後の、健気な抵抗が呼び起こした、マーブルの、ムジルリツグミの、野生解放。


 次第にマーブルの纏う羽は穏やかに揺らぎながら青い輝きを放ち始める。

 彼女の輝きを浴びた辺りの木々はより一層青々と茂り、シリシリ、すくすくと、まるでこの瞬間に成長しているかのような生き生きとした音を奏でる。

 足元の草も歌に合わせて踊り、心なしかその長さを伸ばすようにも思われた。

 そして聞き入る親友らと、共に歌う森に見守られながら、マーブルは歌い終えた。

 踊る毛皮はもと通り重力にしたがい、木々の立てる不思議な音もやがて止んだ。


「マーブル、ありがとう、ありがとう、」


 ハヤブサは嗚咽をこらえ、必死に歌への礼を告げる。

 かばんとサーバルは、そのあまりに美しく心を打つ歌に、あふれ出る涙を拭うことも、声一つ上げることもできないでいた。あたりの植物をも魅了するこんな声は、いや音は、生まれてこのかた聴いたことすら無かったのだ。

 そんな二人を尻目にハヤブサは言葉を続ける。


「きっと、きっと、聴いていたなら、残雪も喜んだだろう。今までで、最高の歌、だった」


「ああ、最高だな。しっかり、聴いたぞ」


 不意に、聞こえないはずの声が聞こえる。

 その声ははっきりとハヤブサの膝元から聴こえてくる。

 気づくと残雪の脇腹から漏れていた虹色の光は止まっており、聞こえた声色も弱弱しいものの、致命傷の苦しみは含まれていなかった。


「え…なん…で…?…え…」

「…ちょいと言い残したことが、有り過ぎたんでな…戻らせて、もらった」


 一同は、目の前で何が起こっているのか理解できないでいた。

 マーブルの溢れる涙は頬を伝うままだったが、蘇った残雪を見つめるその目には次第に輝きが戻ってゆく。

 寝そべったまま、残雪はゆっくりとマーブルの方へ顔を向ける。


「マーブル、心配かけて済まねェな。お前の歌はやはり天下一品だ。感動するほど綺麗なだけじゃなく、こんな奇跡まで起こしやがる…有ったじゃねェか、お前にできる、誇れること」

「…ぅ…うわあああああああああああああああああ」


 残雪の優しく語り掛ける言葉に、マーブルは号泣してその体へと飛び込む。

 その泣き声は今までのものと違い、恐怖と絶望から解き放たれた、伸びやかなものだった。


「おいおい、だから悪かったって…」


 残雪は困ったような、まんざらでもないような声でマーブルの頭を優しく撫でる。やがてマーブルも落ち着き、残雪に預けていた体を戻す。


「さて、次だ。ハヤブサ」


 その声にハヤブサはびくりと反応した。

 残雪は、ゆっくりと体を引き起こし、涙に腫れた目を見開いて固まっているハヤブサへと向き直る。


「さっき、言ったよな。仲間を見捨てたとか、自分が死んだら良かったとか…あんなでけェ声で叫ぶからよ、嫌でも聞こえちまった」


 次第に残雪の目つきが鋭く、声になけなしの力が込もる。

 にわかに強張るハヤブサの肩を、残雪は両手でしっかりと捉え、言葉を続ける。


「死にかけだったとはいえ、お前のやったことは全て見てっからな。何で私が助かってんのかまだ分かんねェが、断腸の思いでお前がここに私を運んで、マーブルが歌って、そして私はこうして生きてんだ。断言する。お前は仲間を見捨てちゃあいない。あとお前が死んだら私が許さねェ。お前は辛い仕事に正面から向き合った、誇り高き猛禽のフレンズの一員だ」


 その言葉は怒りでも非難でもなく、深く、熱い、激励の言葉だった。

 体を穿たれてもなお、仲間を率い、励まし、海を渡る雁の統領としての誇りは健在だった。


「…くっ…あ、あり…ヒグッ…」


 ハヤブサは言葉にならない感謝を述べようとする。

 その涙はもはや悲しみと絶望にまみれた凍えるようなものではなく、想いを受け取った、滾るほどの熱い涙だった。


「さァて、まだ一人…」


 残雪は、マーブルの歌声すら耳に届かず、自分にも気づかず、虚空を死んだ目で眺め続けるユーラの方へ顔を向ける。


「…あぁ…こいつは参ったな…」


 とにかく気を引こうと話しかけてみる。


「な、なァ、悪かったってェ…心配かけてよ…」

「ほら、な? 、もう大丈夫だ!」

「ほ、ほら、ドッキリ? ってヤツだよ! な!? 私はこの通り元気d(フラァ)」

「おい残雪!」


 無理して立ち上がりよろめく残雪を、ハヤブサが受け止める。

 しかしユーラの表情は一向に変わらず、虚空を眺め呆けている。


「無理するんじゃない。何故かはわからんが傷が塞がったとはいえ、もうサンドスターが」

「分かってらァ。やっぱクタクタだわ。すまねェハヤブサ、ちょっとアイツの隣に行くから肩貸してくれ」

「あ、ああ、分かった」


 ハヤブサの肩を借り、残雪は自我を失った親友の隣へ座る。それでもなおその親友は、何もない虚空を呆然と眺めている。

 一呼吸おいて、残雪はおもむろにその親友の背中に手をまわし、抱き寄せる。

しっかりと、お互いの呼吸、鼓動が、はっきりと感じられるように。


「ざんせつ…さん…どこ…に…いく…ん…ですか…」


 やがてユーラのうわ言が再び始まる。

 ここまで壊れた親友を見るのは残雪も初めてだった。

 自分の死が親友をここまで傷つけることを噛みしめ、抱き寄せる腕にわずかに残る力を振り絞り、ゆっくりと、しかしはっきりと、ユーラの耳元で残雪はささやく。


「ただいま。ユーラ。心配かけたな。私は、ここだ」


「…あ…ぁ…」


 姿、匂い、抱きしめられた感覚、言葉、呼吸、鼓動、温もり、ありとあらゆる感覚が閉ざされたユーラの心に流し込まれる。

 ついに心が今起こっていることを受け入れ始めたのか、やがてユーラの声に少しずつ魂が宿る。


「…ざんせつ…さん?…残雪…さん…!、残雪さんっ!」


 力なくだらりとぶら下がっていたユーラの腕は、少しずつ、少しずつ力を取り戻し、残雪の背中にまわる。


「…ぅ…ぅぁあ…うあああああああああああああっ、ヒッ、ク…ぁぁぁあああああああああ」


 その穏やかで凛としていた面影を一時忘れ、ユーラは、あどけない子供のように泣きじゃくっていた。

 その瞳に戻った輝きは、溢れ出る涙によるものだけではなかった。


「…お帰り、ユーラ。お前も変なトコに行くんじゃねェぞ」


 ほぼ真上から降り注ぐ木漏れ日のもとで、皆はそれぞれ少し時間をかけて自分の気持ちを落ち着かせた。先ほど一寸差し込んだ希望を噛みしめて。


...


「…残雪さん、もう大丈夫です。少し取り乱してしまいました…」

「いいんだ。先に心配かけたのは私だからな」


 ひとしきり泣き終えて、ユーラは残雪の腕の仲からゆっくりと抜ける。

 やがて残雪は、自分が奇妙な形をした何かの中に居ることを悟る。自然には無いような色や、やたらと座り心地の良い形をしたものが目に入る。


「何だここは。初めてみるものばっかじゃねェか」


 この奇妙なモノと共に冒険を共にした二人の内黄色い猫の方が、少し離れた席から答える。


「これはバスだよ!中に乗ってるだけで遠くまで行けるんだよ!」

「あぁ…あの奇妙な小屋か…というか、お前ら、あの飯の木の所に居た…」

「あっ、初めまして。かばんと言います。こっちはサーバルちゃんです」

「かばん、変わった名前だな。そっちの猫がサーバル、か。私はマガン。残雪と呼んでくれればありがたい」

「マーブルちゃんから話は聞いてるよ!残雪、よろしくね!」

「おう、よろしく」


 残雪とかばん、サーバルは簡単な自己紹介を交わす。それが終わると、ハヤブサが最大の謎に触れる。


「しかし、何故生き返ったんだ。ほぼ助かる見込みの無いほどの重傷だったのに」

「ああ、さっきまで焼ける程腹が熱くて動けなかったのにな。流石にもう終わりだと思ったよ。ただ、何だか物凄く綺麗な音が微かに聞こえて、その音か、何かが傷に流れ込んできて、みるみるうちに痛みと苦しみが引きやがった。まあ、その音はマーブルの歌だったんだけどな」


 マーブルの歌と共に苦しみが引いたと聞いて、かばんも口を開く。


「そういえばマーブルさんが歌っている時、物凄く辺りがキラキラしてて、周りの木も何だか元気そうに見えました。もしかしてラッキーさん、何か分かったりしませんか?」


 かばんは腕のボスに問いかける。

 ボスは一瞬機械音を発したかと思うと、すぐに返答する。


「アレモ”野生解放”ダヨ。野生解放ハ、ソノ個体ノ持ツ特技ヤ個性、イメージヲ、サンドスターヲ消費シテ最大限ニ発現サセルモノナンダ。戦闘能力ノ向上以外ニモ、ソノ個体ニヨッテ様々ナ効果ガ得ラレルヨ。例エバ”カワラバト”ノフレンズノ野生解放ハ、傷ツイタフレンズヲ回復サセル効果ガアルヨ。マーブルモ、ソノ系統ノ能力ダッタヨウダネ」


 ボスの答えに、最大の疑問は大方ケリが付いた。残雪を救ったのは、紛れもなくマーブルの歌に込められた、野生解放の能力だった。


 しかし、喋る腕飾りを見た鳥たちは案の定。


「うわ、なんだそれ喋るのか!?」

「そうだよ! みんなに見せたかったんだからこれっ!」

「これは驚いたな…ユーラ…何か知ってるか?」

「いえ…口も無いのに…」

「えっへん、かばんちゃんにだけ、何故か喋るんだよ!」

「それ、お前が威張る事か?」


 群れのざわつきが収まると、残雪は口を開く。


「かばんとだけとはいえ、話せるとなると呼び名が欲しいな。」

「えっと、ラッ…じゃなくて、”ボス”さんです」

「ボス…か。やけにかわいらしいボスだなおい」


 会話が落ち着いたところで、ボスは続ける。


「デモ、傷ガ癒エタトハイエ、ソコノマガンノフレンズ”残雪”ノ残存サンドスターハカナリ少ナイヨ。今スグ大量ノ”ジャパリマン”ヲ食ベナイト動物ニ戻ッテシマウヨ」


 賑やかな動物達が一瞬で静まり返る。

 かばんは慌てて朝収穫したジャパリまんを残雪に渡す。


「とにかくそういうことなので、はい、どうぞ。ジャパリまん」

「あ、ああ、うん、だが、私は、その…」


 残雪は怪訝な顔を浮かべ渡されたジャパリまんを指でつつき、割って中身をじっくりと見まわす。


「残雪さん。こんな時に人の好意を疑っているんですか?(ゴゴゴゴゴゴゴ)」


 背後から満面の笑みを灯したユーラの、穏やかな(?)声が聞こえる。


「ちょっ違っこれはそのただの私の癖でそんなほら好意を踏みにじるつもりは」


 いつもの勇ましい雁の統領が慌てふためいている。その横からサーバルが近づき、残雪の割ったジャパリまんの片方の欠片に、かぷりと齧り付く。


「あっお前、」

「このジャパリまんもちゃんと美味しいよ?食べても大丈夫だよ!」

「むっ、そうか…じゃあ…疑って済まねェな。いただきます」


 サーバルの毒見(?)を信じた残雪は、ようやくジャパリまんに齧り付く。

 疲れ切った体にサンドスターが染み渡ったのか、とてもおいしそうに頬張る。

 その姿を見て安心したかばんに、ユーラが語り掛ける。


「ごめんなさいね。残雪さん、少し慎重すぎる所が有って。そのおかげで助かったことも沢山有るのだけれど…大目に見てあげて下さいね」

「いえいえ、全然大丈夫です。それよりも皆さん疲れたと思うので食事にしましょう。特に野生解放したり疲れたフレンズさんは沢山食べていって下さい!」


 かばんとサーバルはバスにしまっておいたジャパリまんを引っ張り出し、他のフレンズ達もそれに集う。

 次に何をするかを考え、行動を起こす力を蓄えるために、皆一生懸命にジャパリまんを頬張った。

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