8:総力の死闘

「ハヤブサ!石は指先くらいの大きさよ!しかもそれぞれの羽の中心に6つ!」


 オオタカは報告を終え、セルリアンへ視線を戻す。そこにはさっき吹き飛ばしたはずのセルリアンが素早く態勢を整え構えていた。


「さっきの一撃私空振りだった」

「私のは当たったけど芯を捉えられていないわ」


 二人は口早に情報を交換する。

 セルリアンはあえて姿勢を傾けオオタカの蹴りのみを受けた。

 それにより後方へ吹き飛ばされることで、より威力の強いハクトウワシの一撃から逃れたのだ。しかもその命中したオオタカの一撃の威力も回転により逃がし、衝撃を最小限に留めていた。


 理屈こそわからなかったがこのセルリアンの戦闘力を二人が察するには、百戦錬磨のコンビネーションを2度も無効化された事実だけで十分だった。


「コイツ相当よ、オオタカ…!!」

「ええ、ヤバいわね…!」


 再び両者の距離が詰まる。

 やがて激突点には閃光が走り、七色と漆黒の稲妻が空を走る。

 刹那遅れて轟音と爆風が大地を駆け巡り、決闘の直下では大地が抉れ、木々が根こそぎ倒される。

 強力なセルリアンと野生解放した二人の猛禽のフレンズが放つエネルギーは尋常ではなかった。

 拳舞い火花散る激戦の最中、ハクトウワシとオオタカは言葉を交わす。


「オゥ、こんなの、と、戦っていた、のね! ザンセツは!」

「つくづ、く、凄ま、じい、速さと力…ね!」


 烈風の中心部には、爪、腕、拳、翼、羽、七色の光とどす黒い闇が目にも止まらぬ速さで踊り狂う。


「ウェル…どうやっ…て、誘導しましょうか!?」


 オオタカは戦術を練る。自分たちと相手の戦闘力、特徴、地形、想定される弱点、それらを組み合わせ活路を見出そうとしていた。


「…キャプテン、私が、しばら、く! コイツ、を、引き付ける、わ! 貴方は、機を、伺っ、て、挟み撃、ち、に、して!」

「何か、考、えが有るの、ね! ラジャー !」


 そう言った瞬間オオタカは攻撃を止め、落ちるように急降下する。

 そちらへセルリアンが気を取られた瞬間、ハクトウワシは宙返りしかかとを振り落とす。強烈な衝撃がセルリアンを叩き落とし、オオタカと共に地面へ迫る。

 セルリアンは空中で数転しながら、体勢を整え共に落ちるオオタカの方へ構える。

 そして自身の回転のスピードを乗せ、鋭利な腕を乱れ打つ。

 オオタカはその腕を右に左にかわし、最後の一撃を手先に生じた爪で弾く。

 攻撃を弾かれガラ空きとなった胴体へ、オオタカは素早く身を翻しドロップキックを叩きこむ。

 セルリアンは後方へ吹き飛び、オオタカも反動で少し後退する。

 セルリアンは即座にプロペラを最大出力とし、オオタカに迫ろうとする。

 が、既にオオタカはセルリアンの目の前で振りかぶっており、けものプラズムの爪がセルリアンの体へ振るわれる。

 セルリアンは間一髪の所でかすめながら一撃を回避する。

 落下する二つの軌跡は所々交わり、その交点で火花と衝撃を生む。

 しかし落下により速度が上がるにつれ、片方の軌跡が次第に加速する。


 オオタカの軌跡だ。


 確かにセルリアンのプロペラは小回りが利き、急加速やトリッキーな動作が可能だ。しかし高速で飛翔する時に迫りくる風を掴むことはできない。

 対してオオタカの翼は、速く飛び、受ける風が強まるほどに、風を掴み、より速く、力強く飛ぶことを可能にする。

 速度が上がるにつれ、オオタカの描く軌道はセルリアンを押し始める。


「驚いたかしら。これが猛禽の翼よ」


 セルリアンを翻弄しながら、オオタカは口を開く。


「でも、本番はこれからよ」


 やがて二つの影へ、地面が直前に迫る。

 セルリアンは急激に減速し、地面との衝突を避けようとする。

 しかしオオタカは殆ど速度を落とさず、地面に向かって飛ぶ。

 地面と激突すると思われたその時、落下地点の草原が円形に吹き飛び、僅かに地面が抉れる。

 凄まじい風圧と共にオオタカの軌跡は直角に曲がり、つま先が触れそうなほどの地表スレスレを水平飛行する。

 辺りに生える草よりも低く飛ぶが、オオタカの生む風圧により、草の方が彼女を避けてゆく。


「もう貴方は、私について来れないわ」


速度を一度減じたセルリアンは、最大出力で加速し再びオオタカへと迫る。


迫る。


迫る…


…迫れない。


どんなに最大出力で体を振ろうが、稲妻のように地を這う猛禽を捉えることができない。


[地面効果:Ground effect]

[ 航空力学により説明される現象。

 鳥の翼は空気の流れを操ることで、自身を持ち上げる揚力と、前に進む推力を得る。しかしその過程で、翼の先端には”翼端渦”と呼ばれる渦が発生する。この渦により翼の揚力と推力は減少し、空気抵抗も増加してしまう。

 地面効果を単純に記せば、翼を地面に近づけこの渦を押し潰すことにある。これにより鳥や航空機は、その翼の性能を最大限に引き出すことができる。

 オオハクチョウなどの大型鳥類では、離陸する際に地面スレスレを長い間飛んで加速するが、これこそ鳥が地面効果を利用している例である ]


「何故かはわからないけど、本気出す時は地面の近くって決めてるの」

 大地の力を得たオオタカに、セルリアンは一方的に翻弄される。

 セルリアンも更に高度を下げれば、大地の力を借りることができたかもしれない。

 しかし草がプロペラに当たるのを避けるセルリアンは高度を下げられず、地の神に見放される。

 四方八方からオオタカの爪の輝線が翔ける。

 しかしセルリアンも回避に徹し、前後左右へ攻撃をかすりながらギリギリで回避する。


「やっぱり厄介な性能ね、前後左右にすぐ動けるっていうのは。でも」


 オオタカは真正面からセルリアンへ迫り、地面へ足を蹴りつけ急激に減速する。

 地面が抉られ、激しい土煙と石つぶてがセルリアンへ向かう。


「何で私たち鳥が、向いている方向にしか飛ばないか分かる?」


 セルリアンは激しく舞う土を避けるべく、オオタカから目を逸らさず後退する。


「危険だからよ。見えない方向へ飛ぶことがね」

 

 後退し、土煙を避けたセルリアンの背後には、


 オオタカよりも更に強大な、力溢れる白髪の猛禽。


「キャプテン、今よ! 位置は私の反対側を保って、全力でやっちゃって!」

「OK、レッツパーリー!!」


 ハクトウワシは溜めていた膨大なけものプラズムを放出し、その身は、翼は、眩い七色の光に包まれる。

 同時にオオタカも更に力を解放し、二人はセルリアンへラッシュをかける。


 苛烈な攻撃が2方向から叩き込まれ、容赦なくセルリアンを追い詰める。


「オオタカ! サンドスターの出し惜しみはノーよ!」

「当然でしょう! キャプテン!」


 セルリアンは防戦一方となり、6枚のプロペラの音は調和を崩し悲鳴に近い音を発する。

 力溢れるハクトウワシのラッシュは次第にセルリアンを押していき、反対側にいるオオタカは立ち位置を微妙に変えながら自分たちの進行方向を調整する。

 絶大な破壊力と正確無比かつ超高速な技術の奇跡的な連携は、激しい火花を散らしながら、遂にかつて親友が戦った池の上空へと辿り着く。

 挟み撃ちされたセルリアンにはもはや二人以外へ注意を払う余裕など無く、後は上空から舞い降りる一閃を待つのみ。

 戦いながら耳を澄ますオオタカには、遥か上空から降り注ぐ風切り音が聞こえていた。その音は次第に近づく。


しかし、その音は待ち望んだものとは違う。しかも向かう方向がここから少しずれている。

 次の瞬間オオタカの目と耳が捉えたのは、残雪だった。


「すまねェ、作戦変更だ! お前らはハヤブサと共にソイツから離れろ!」






 オオタカが上空へ叫んだ、少しばかり前のこと。

「そ、そんな馬鹿な」

 報告を受けたハヤブサの表情が強張る。一撃で6つの石を割るのは流石に無茶が過ぎる。しかもその石はこの指先と同じサイズだ。


 どうする。両手を使って同時に?

 いや、全て当てられる保証はない。

 ならば何度も急降下するか?

 ダメだ、あのセルリアンが同じ手を何度も喰らうとは考えづらい。

 しかもその間あの二人のスタミナが持つ保証もない。

 確実に叩ける石は一つ。

 どんなに小さい石だろうと、それくらいやらねば必死で戦うあの二人に顔向けできない。しかし


「落ち着け、ハヤブサ」


 迫力の中に穏やかさを感じる声が彼女の耳を撫でる。その声を持っている知人を彼女は一人しか知らない。ハッとしてその褐色の翼の持ち主を振り返る。


「残雪、なぜここに」

「状況は読めた。作戦変更だ」


 オオタカの報告は残雪にも聞こえていた。

 作戦の立案者である彼女は想定外の事態に責任を感じたが、くよくよ後悔している暇は無かった。

 すぐにハヤブサのもとへと飛び立った。作戦は到着までに思いつけばよい。そもそも止まって考えてる暇など無かった。


「どう変える。小さな石6つ、同時に破壊など」

「分かってる。先ずは私が急降下して二人に作戦変更を伝える。その後来てくれ。石は一つ破壊してくれればいい。いや、最悪石に当たらなくてもヤツがよろめけば成功だ」


 ハヤブサは虚を突かれたように残雪を見る。


「それでは倒せないじゃないか」

「ここからが重要だ」


 残雪は神妙な表情でハヤブサを見る。


「攻撃を試みた後、そのままヤツから全速力で距離を取れ。その残り風に乗せて、オオタカとハクトウワシも逃がしてやってくれ」

「一撃離脱か。確かに一発で仕留められない可能性が有るなら、合理的な判断だろう」

「ああ、それに…根拠はねェが…何やら胸騒ぎがしてな…」


 残雪は不安そうに語る。

 彼女は元々極めて警戒心の強い雁、そしてその群れの統領であった。

 冴えわたった感覚と直感は、仲間を守るためにどんな小さな危険因子も見逃さない。

 その彼女の胸騒ぎは十分過ぎる説得力を持っていた。

「分かった。しかしそれからどうやってトドメを刺すのか?」

「そこからは私が仕掛ける。動きを鈍らせるって言ったろ?そいつを応用する」

「成る程な…それでヤツの石を全て砕けるんだな?」

「絶対じゃねェが、私はこの切り札に賭ける。どうだ、生物最速様は博打が怖いか?」

「草食系の癖に言ってくれるな。もうやるしかないだろ」


 見下ろすと、丁度激闘の嵐が池の中心に辿り着いた所だった。

 つくづく呆れるほど頼れる親友を持った。

 そう思うと二人は池に狙いを定める。


 そして翼をたたみ落ちていく残雪をハヤブサは見守り、程なくして自分も大地目掛けて落ち始める。


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