7:猛禽三人衆
かばん達がユーラと話している頃、上空では嵐のような戦いが続く。
やがて褐色の翼を振り回し空を駆る彼女は、闘いの中で強い違和感を感じ始めていた。戦いを反射神経に任せ、少しばかり空いた頭の余裕で違和感を分析する。
大きさや力は我々鳥と同じくらい。
しかし、向いていない方向への急激な移動、振りかぶりや予備動作が一切ない挙動。それも自分の一撃をかわせる程の速度で。
そんな動作は普通の鳥にはできない。
できるとしたらハチドリか虫か。
ならばこいつは、鳥の力や体格と虫の機動力を兼ね備えた化け物だというのか。
またたく間に違和感を紐解いた彼女は、自身の前に立ちはだかるそのおぞましい物がどれほど危険で、強大であるかを悟りはじめていた。
こちらの全力の猛攻も無限に続けられるものではない。
しかし自分の攻撃を処理する目の前のこやつは疲労の気配どころか、むしろ余裕を感じさせる。
その時、セルリアンの両腕が彼女の両腕を跳ね除ける。
思わず大の字の体勢になる彼女。
その隙をついて、セルリアンは自身の異形の6枚のプロペラをフル回転させ彼女へ真っ向から体当たりした。
その鈍い音は広い草原に響いた。
「か…はァ゛…ッ…」
かすれた断末魔が漏れる。
視界が揺らぐ。
景色には赤とも青とも取れる残像がちらつく。
程なくして異様な視界が幾分戻ると風切音と背中からの風圧を感じた。
ああ、私は堕とされたのか。
いや、まだ堕ちていない。
彼女は咄嗟に翼をたたみ、くるりと身を翻して地に目線を落とす。池が見える。
彼女は素早く握っていた木の枝を投げ落とし、水面に叩き付けられたその枝の上に着地する。彼女を乗せた木の枝は豪快な水柱を上げ池の上を滑走する。
「わざわざ池に落としてくれるとは優しいんだな。もし硬い岩盤ならお前が勝っていただろう」
独り言をつぶやき、自身の冷静さを保つ。本来は渡りの時羽休めに使う止まり木だが、こんな形で命を救われるとは彼女自身思ってもいなかった。
次第に減速する枝に乗った彼女へとセルリアンは猛然と迫り、彼女の視界の中にどんどん広がってゆく。
間合い数人分、激突まで目をつむる時間も無い所で、彼女は乗っていた枝を渾身の力で踏みつける。
ドン、ともズン、ともとれる低い音と共に彼女の体は再び宙に舞い上がり、彼女の乗っていなかった片側の枝の先端が、水飛沫を纏い水面からせり上がる。
セルリアンの一撃は虚しくもせりあがる枝に防がれ、弾かれた枝は更に派手に回転して水飛沫をセルリアンに浴びせる。
羽が発する調和した甲高い音は、水飛沫を浴びて不規則な不協和音となる。セルリアンは危険を感じたのか、よろめきながらあたふたと離脱する。
その間、からくも危機を脱した彼女は乱れた息を整え、何かを察し、天を仰いだ。
「あいつら…一人抜け駆けしたバカな鳥に付き合わなくても良いのによ…」
そう、空の一点を見て呟く。そして態勢を立て直しつつある黒い物体を見据え直し、言い放った。
「私一人で片付けたかったが、時間切れだ。お前もだが」
瞬間、三つの鎌のような急降下する影がセルリアンの横を通過する。それに続く激烈な突風が、セルリアンを叩き落とす。
その真下の池には、鎌達の残した風圧によってまるで荒海と見間違うかのごとき大波が円状に広がっていた。
三つの鎌は身を翻し、滑らな軌跡を描いて先ほど激闘を演じた彼女のもとに集う。
「お前ら、こんな野暮用に乗っからなくてもいいだろよ」
「あら、野暮用で草原にクレーターができるのかしら」
「私達を放ってもらっちゃ困るわ、インヴァイトされなきゃ勝手に参加よ!」
「良い急降下だったが、もう少し切れ味が欲しいな。あと速さ」
その鎌の正体は猛禽のフレンズ、オオタカ、ハクトウワシ、ハヤブサの三人であった。
「ザンセツこそ無茶し過ぎヨ!いくら雁のリーダーだったからって一騎打ちだなんテ!」
「ああ、悪かったよ。でも仲間をいたぶられてカッとなるのはお前も同じだろ?」
「オゥ…それは…」
「まあ似た者同士大目に見てくれや」
痛いところを突かれ言い返せず口ごもるハクトウワシ。
「まあまあ、私もあなたたちのそういう所は好きよ?」
「えっ…むむ…仕方ないわね」
なだめようとして何故か告白っぽくなるオオタカと、さらに困惑するハクトウワシ。
一方セルリアンはギリギリで姿勢を変えて羽のついてない面を水面に打ち付け、さながら水切り石のように水没を回避する。
「何だあの動きは。あんな動き私の速さでも真似できんかもしれん」
ハヤブサが驚きと共に口を開く。
「あれがヤツの能力だ。私以上の力と羽虫の機動力を持ってやがる」
「何てヤツなの。でも引くわけには行かないようね。クールに行けば必ず勝てるわ」
「ええ、モチロンよ。正義は負けないわ! レッツジャスティス!!」
ハクトウワシの掛け声と同時に四羽の姿は一斉に消えた。凄まじい風切り音を残して。
「さて、ブリーフィングと行きましょう!」
空目掛けて一直線に急上昇する群れの中、ハクトウワシの掛け声で作戦会議が開かれる。
「ザンセツ! ヤツの攻撃手段は?」
「予備動作の無い奇妙な動きからくるトリッキーな打撃だ。威力も中々ありやがる」
オオタカは残雪の証言をもとに、冷静に分析を始める。
「それだけかしら」
「あの戦闘馴れしたトリッキーさはかなり危険だ。飛び方も鳥とは違って、体の向きを変えず上下左右や後ろへ急に移動できる。不意を突かれ体当たりを喰らっちまったが、あれはかなり効いた。」
「そう、殴り合いを熟知した戦い方ね。特性も殴り合いに向いているわ。」
「石の位置は?」
「とにかく叩き落としてから割ろうとしていたのでな…ヤツの動きが読めず、確認する余裕がなかった。不甲斐ねェ」
気を落とす残雪を、ハヤブサが慰める。
「あの動きでは無理もない。むしろ初見でそこまでの分析とは恐れ入る」
「ありがとなハヤブサ。だが、雁の私でも真っ向から格闘できねェ相手じゃねェ。オオタカとハクトウワシのコンビなら、十分互角以上に戦えるはずだ」
残雪は二人を交互に見た。
オオタカもハクトウワシも、空中での殴り合いなら全生物中トップクラスであることは間違いない。ましてやコンビを組まれれば誰も近づかないレベルだろう。
残雪は続ける。
「だが真っ向から来る相手に石を割られる程ヤツはヤワじゃねェ。オオタカとハクトウワシは戦いながら石の位置を調べてくれ。それを上空で待機しているハヤブサに伝え、ハヤブサは急降下攻撃で石を砕いてくれるか。」
「了解、妥当な作戦だと思うわ。」
「いい考えネ!早速実行しましょウ!」
オオタカとハクトウワシはその案に賛同した。一方ハヤブサは乗り気でなかった。
「成程、しかし石が小さかった場合、動き回るヤツに一撃当てるのは私でも難しいかもしれんな」
残雪は先ほどの激闘を思い出し、改めて考えなおす。
遥か上空からあの羽虫野郎に確実に一撃お見舞いするのは間違いなく至難の技だ。
しかし同時に打開策も頭に浮かんだ。
「確かにそうだが、その点は問題無ェ。お前の急降下を確認したら、私がヤツの動きを鈍らせる。とっておきの方法がある。」
芯の通った声色で残雪は続ける。ハヤブサはそれに真剣に耳を傾ける。この声の時のコイツはやたらと手強いのだ。
「そのためにはヤツがさっきの池の上にいる必要がある。オオタカとハクトウワシには申し訳ねェが、戦いながら何とかそこへ誘導できねェか?」
二人は快諾する。
「勿論OKよ!」
「何も問題ないわ」
ハヤブサも残雪の力強い声と、曇り無き目を信じた。
「分かった。やってみよう」
作戦の共有は終わり、四羽の群れは一斉に空へと散った。
一羽は遥か上空へ、一羽は急降下して姿を草木の影にくらまし、二羽は美しい弧を描いて、あわや水没を免れ群れを追い始めていたセルリアンへ猛然と迫る。
[大鷹 学名”accipiter gentilis”]
[ 全長50cm 翼開長106cm。灰黒色と白地に横斑を纏う猛禽。
極めて高い空中機動力を持ち、森林の木々の合間を時速60kmもの速度で翔け抜ける。それを実現するのは並外れた運動神経、木々の隙間を正確に捉える驚異的な動体視力である。
生ける戦闘機とも呼べるその飛行能力をもって、多くの地域の森林で頂点捕食者となっている ]
[白頭鷲 学名”Haliaeetus leucocephalus”]
[ 全長1m 翼開長2m。白色の頭部に黒色の翼を纏う大型の猛禽。
鷲特有の強力な握力、急降下速度を持つ頂点捕食者である。
その視力は驚異的で、ヒトの8倍、1000km先を見通すともいわれている。
また、時速100kmで走行中のトラックに衝突、窓ガラスを粉砕したが、自身は無傷であったという報告もある。
その堂々たる姿と高い戦闘力から、アメリカ合衆国の国鳥に指定されている ]
追っていた群れが散り、セルリアンは向かってくる二羽に対し態勢を整える。
不快なほど甲高い羽の音をさらにけたたましく鳴り響かせ、腕はカウンターを取る構えをする。
そして、初めに襲い掛かる翼の一撃を間一髪で回避
したはずだった。
しかしその翼が振るう爪はセルリアンの想定よりも遥かに速く、強かった。
オオタカが放った一閃は、わずかにかすめただけでもセルリアンの体制を崩すのには十分だった。
木の葉のように舞うセルリアンへと追撃の手が伸びる。
純白の頭髪と漆黒の翼をはためかせ、オオタカのものよりも更に大きく力強い爪は、七色のけものプラズムを纏い、煌々と輝く。
やがてハクトウワシの振るったその爪は、目の前の黒くおぞましい物体を確実に捉え、弾き飛ばした。
「フォロミー! 追撃よ!!」
「了解!」
セルリアンの一部が欠け、どす黒いサンドスター・ロウが宙を漂う。
それをはねのけながら、二人の猛禽は風を裂いて追う。
同時に飛行速度を合わせ、互いの呼吸を、鼓動を聴く。集中する。
激しい風切り音も、目の前のおぞましいものが立てる騒音も聞こえないほどに。
やがて間合いに入った瞬間、全てを調和させ、渾身の力を込めて繰り出す。
その二人の爪を
セルリアンはその二本の腕で確実に防いだ。
ガキィンと鋭い衝撃音と甲高い残響が響き渡り、同時に激突点を中心に虹色と闇が吹き荒れる。
そして敵が目前に迫ったまさにその時、相手の漆黒の体にきらめく点を二人は見逃さなかった。
それは二人に残酷な絶望を与える。
指先程に小さい「石」。
それも6つ、甲高い音を発する羽の中心一つ一つに。
「嘘でしょ!? 石が6つも…! しかもあの大きさ!」
「ううっ…シィット! しかもさっきの一撃も効いていないようね!」
「ええ、そうらしいわ…やはりあの石を全て砕くしかないみたいね」
絶望的状況。しかし彼女らは空の覇者「猛禽」。
そして彼女らの記憶の底には、由来こそ思い出せないながらも、フレンズ達を危機から救う使命感が滾っていた。
どんな絶望を前にしても、その千里先を貫く視線は凛と前を見据え続ける。
「あの子達にベットするしかないわ。オオタカ、あなたどこまで賭けられる?」
「あら…もう賭けてるじゃない?これ以上手持ちは無いわ。だって」
「ヤツを相手取るなら、この戦いは本当に{命懸け}よ?」
「ザッツライト…!!」
そう言葉を交わした瞬間、二人は腕の力を抜く。
当然力の均衡は崩れ、目の前の黒い物体の腕が振るわれる。
しかし脱力した二人の腕は迫ってくる鋭利な腕を受け流し、勢い余ったセルリアンは前のめりになる。
その隙を逃さず、寸分の狂いもなく息の合った膝蹴りが、突如セルリアンの眼前に現れる。
明らかに避けも防げもしない攻撃を前に、セルリアンは不意にオオタカの方へ体を傾け、迫りくる蹴りを受ける。
弾け飛ぶけものプラズムと、回転しながら吹き飛ぶセルリアン。
オオタカは隙を見て上空へ叫ぶ。
「ハヤブサ!石は指先くらいの大きさよ!しかもそれぞれの羽の中心に6つ!」
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