5:目覚めた禍根

 木々の合間から差し込む朝日が、バスの窓へ飛び込んでゆく。

 かばんはゆっくりと体を起こし、欠伸と伸びで眠気を払う。

 頭が冴えてくるのにしたがって、足元がやけに暑いことに気が付く。

 見るとマスターが佇んでおり、凄まじい熱気を放っていた。


「マスターさん? どうしたんですか?」


 ヒトであるかばんが話しかけても、マスターは微動だにせず黙ったままだ。

 心配になって顔を近づけると、熱気に乗って微かに電子音やら風切り音が聞こえてくる。

 とりあえず死んでしまったわけではないのかな、と、かばんは体を戻し、横に目を向ける。

 そこにはあどけない寝顔で眠るサーバルと、バスのまわりを軽快に飛び回るマーブルの姿が有った。


「おはようございます。マーブルさんは朝早いんですね」

「うん。早起きすると気持ち良いんだから!」

「そうですね、凄くすがすがしいです。じゃあそろそろサーバルちゃんを起こさなきゃ」


 かばんはまだ眠っているサーバルの体に手を伸ばす。

 ぐっすりと眠っているところ起こすのは申し訳なかったが、あまり遅くなると、またマーブルの仲間達に会えなくなってしまう。

 腰と背に手を当て、声をかけながら優しくゆする。


「サーバルちゃん、朝だよ。マーブルさんの友達に会いに行こう」

「うみゃぁ…う…もう朝?」

「うん、そうだよサーバルちゃん。頭がスッキリしたら行こっか」

「うん…まだちょっと眠いかな…」


 まだ寝ぼけているサーバルにかばんは寄り添い、風に揺らぐ木漏れ日を一緒に浴びる。

 今日もすがすがしい朝だった。

 空は晴れわたり、太陽は少しずつ上る。それにしたがって木漏れ日の差し込む角度もわずかに変化する。

 やがてサーバルの頭が冴えてきたころ、森を抜けた草原の向こうの空に二羽の鳥の影が見える。それを見つけ、マーブルは声を上げる。


「あ! あれだよ! 多分、残雪とユーラじゃないかな」


 かばんとサーバルも空を見上げ、感嘆の声を漏らす。


「え、あ、本当だ…立派な翼だなぁ」

「うみゃ!たっかーい所を飛んでるね!」


 二つの翼は、次第にサーバルたちのいる森へと迫る。

 しかしその二羽は何故か草原上空で止まり、一向にこちらに向かってこない。


「あれ、おかしいな…いつもは真っ直ぐこっちに来るのに」


 マーブルは少し考えた後、その青い翼をバッと開く。


「ちょっと呼んでくるよ! 何か有ったのかも」

「え、ちょっとマーブルさん…行っちゃった…」


 かばんが声をかける間に、マーブルの姿は木の影の中に消える。


 その時、マスターが突如、ピロリン、のような軽い電子音を発し、目が一瞬緑色に発光する。


「うわぁ! どうしたのボ…じゃなくて、マスター!」

「どうかしたんですか? もしかして…ミライさんですか…?」


 ボスがこうなる時、大概”ミライ”という女性が投影され、何かを語る。

 しかしマスターの目の光はすぐに消え、特に何も投影しなかった。


「え・えー!?何も無いの!?」

「まあ、違うラッキービーストさんだし…」


 虚を突かれた二人は困惑する。


 しかし、ラッキービーストは意味もなく目の発光、電子音の発生ができるようにはプログラムされていない。

 その光、音は、昨晩全てを賭して解析したドローンのデータ復元の完了を示していた。

 マスターのメモリー内には、ドローンが最後に動いていた頃の電子の記憶が浮かび上がる。


<UAV NUMBER : 0347>

<BATTERY CELL VOLTAGE : 7.18 V ”NORMAL”>

<CTRL SYSTEM TEMP : 38 ℃ “NORMAL”>

<POWER SYSTEM TEMP : 42 ℃ “NORMAL”>

<FULL-AUTO FLIGHT MODE : “ACTIVED”>

<RECEPT : ” Cellien Prevention Command”>

<#WARNING 0003 : “High density Sand-Star Low is observed.”>

<#ERROR 06 : “CTRL SYSTEM is Seriously damaged.” >

<#ERROR 03 : “MOTOR DRIVER cannot be detected.”>

<0x12 0x76 0x12 0xE4 0x1F 0x33 0x57 0xB1 0xCC 0xF5 0x7A 0x16 0x72>

<_SYSTEM FAULT_>


 そこから明らかになったのは驚愕の事実だった。

 あのドローンの損傷が大きかったのは、単に長い年月風雨にさらされたからだけではない。

 かつての運用中に、セルリアンの襲撃を受け、撃墜されたのだ。

 そしてそのドローンは、0347号というものらしかった。

 マスターはドローン0347号に関するデータを得るべく、自らのメモリー内を検索する。


<ケンサクチュウ…ケンサクチュウ…>

<ドローン0347号:土木・輸送用>

<1:建築資材輸送>

<2:ナリモン仮設天候観測所建設工事>

<3:セルリアンサンプル輸送>

<4:変電設備改修工事>

<486:負傷したフレンズの救急搬送>

<487:超高圧サンドスター・ロウ貯蔵タンク輸送:機体喪失>


 この先、記録は途絶えていた。

 最後の任務中に、このドローンはセルリアンに撃墜されたのだ。

 つまりあのタンクの中身は、恐らく研究用に濃縮されたセルリアンの原料、サンドスター・ロウ。

 危険性ゆえに極めて頑丈に製造されたタンクであるが、昨日の見立てでは致命的な劣化が確認できた。


 とすると昨晩サーバルが聞いたらしき”プシュー”という音、その後不自然に増加したサンドスター・ロウ。

 高性能なラッキービーストの人工知能が、一つの最悪の可能性をはじき出すのに一秒とかからなかった。


 _ドローンのタンクから漏洩した超高濃度のサンドスター・ロウが、突然変異した新型セルリアンを発生させるという_



「ミナサン、チョット車内カラ出ナイデモラエマスカ」



 マーブルは木々の合間を縫い、遥か上空にいる仲間の元を目指す。今日も一緒にジャパリまんを食べながら、大好きな旅の話を聞くつもりでいた。しかも今日はお客さんもいる。

 その日の森は静かで、自分の羽音がよく聞こえた。


 しかし、何かおかしい。あまりにも静かすぎる。

 他の鳥のさえずりも、虫の鳴き声も、何も聞こえない。

 いつもの日常と何かが違う。


 不気味に思ったマーブルは、無意識に森を抜けようと急ぐ。やがて、昨日サーバル達を案内したけものみちに差し掛かる。

 そこは、マスターが教えてくれたドローン?というものを見つけた場所だった。

 しかしそこにドローンの姿は無く、地面に跡が残っているだけだった。

 よく見ると、ドローンに付いていた真っ黒な卵のようなものだけがそこに残っていた。


 しかしその中央は、中から突き破られたかのように大きく裂けていた。


 マーブルの不安は膨れ上がっていった。


(何なの、何が起こってるの、怖い、怖いよ、嫌だよ)


 突如、遠くから虫の羽音のような微かな音が、マーブルの耳に届く。

 まるでハエのような、不快な高音。

 しかし、それは強い風切り音と明確な殺意を纏っている。

 森の奥から聞こえてきたその悪魔のような音は、マーブルの飛ぶ速さよりも圧倒的に速く、どんどん近づいてくる。

 マーブルは死に物狂いで森を抜け、草原に躍り出る。

 空を仰ぐと、いつもの食事仲間らしき二人の影が見える。

 しかし後方からのけたたましい音は、もうすぐそばまで迫っていた。

 彼女は、本能がもう逃げ切れないと悟ったのか、その姿を確認しようと振り返ってしまう。


 そこには、昨日見つけたドローンにそっくりな、真っ黒な化け物がいた。


 6本の足先のプロペラから甲高い音を発し、寒気がするほど見開いた目をマーブルに向け、長い腕と短い腕を構えていた。


 その腕の先端は鋭く尖っており、明らかに触れたフレンズを確実に葬るためのものだった。


「セルリアンが…とん…ヒッ…」


 6つの細いプロペラから甲高い音を発するそのおぞましいセルリアンの腕は、あまりの恐怖に一寸も動けないマーブルに確実に近づく。


 その顔は自身の翼のように青ざめ、強張り、いつもの輝くような笑顔の面影すらなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る