4:過去の遺物
マーブルの話は面白く、会ってもいない群れの子達のことが分かっていくような気さえしてくる。大方話し終えたころには、かなりの距離を歩いていた。
日も傾き、一日の終わりを告げようとしていた。
サーバルは美しい夕焼け空からふと目を地面に落とすと、何やら奇妙なものが落ちているのに気づいた。
それは長年放置されていたようで、薄汚れてボロボロになっていた。
中心のよくわからない部品から6本の足のようなものが伸びていて、その先に硬く鋭い羽のようなものが付いていた。そして、頑丈そうな長短二本の腕も備えていた。
「うみゃー! なにこれなにこれー!」
「ああコレ? ずっと昔から有るんだけど、何なのか分からなくて…」
マーブルも存在は知っているようだが、それが何かは知らなかった。かばんは、腕のボスに聞いてみる。
「ラッ…じゃなくて、今はボスさん、これ、何だか分かりますか?」
「コレハ”ドローン”ダヨ。コノ6ツノプロペラヲ回シテ、空ヲ飛ブコトガデキルンダ」
「と、飛べるんですかぁ!?」
鳥以外に空を飛べるものが有ったことに、かばんは驚きを隠せなかった。ボスは解説を続ける。
「コノドローンハ頑丈ナ腕ガツイテイルネ。恐ラク工事ヤ物ヲ運ブノニ使ワレテイルモノダヨ。試シニ飛バシテミヨウカ」
「みゃんみゃんみゃんみゃんみんみ…うみゃー! 見てみたーい!」
「できるなら、是非見たいです!」
「本当に飛べるの? 私たちみたいに?」
三人が沸く中、ボスは電子音を奏で、足元のドローンと通信する。ドローンの中心の機械から、儚きホタルのような弱弱しい緑色の光が発される。
しかし悲しいかな、ドローンは飛ぶどころか、微動だにすることもなかった。
「エラー、各部ガ壊レテイテ飛ベナイヨ。デモ、一部データヲ取得デキタヨ」
「えぇー!? 飛ばないのー…?」
「うん、ちょっと安心した…こんなの飛んでたら怖いし…」
「そうですか…ところで、データって何ですか?」
「コノ”ドローン”ノ記憶ミタイナモノダヨ。僕ニハ解析デキナイケド、何カノ役ニ立ツカモシレナイネ」
結局、ドローンが宙を舞うことはなかった。
3人はそれがどんな風に飛ぶかを想像していた。6本の足みたいなものが羽ばたくのか、その先の黒い羽だけ羽ばたくのか、特に羽ばたかずスッと浮くのか。
そんなことを想いながらドローンを眺めていると、マーブルが機体の下に、何やら真っ黒な細長い卵のようなものが有ることに気付く。
「あれ、何これ? 卵にしては大きいね」
それは本体と同じくかなり劣化しており、所々赤い錆がまとわりついていた。かばんは再びボスに質問する。
「ボスさん、この黒い物、何か分かりますか?」
「ケンサクチュウ…ケンサクチュウ…識別番号ガ薄レテイテ読ミトレナイヨ。デモ、コレハ”タンク”ダネ。水ヤ空気ノヨウナ形ノナイ物ヲ貯メテ、運ブコトガデキルヨ」
「空気を貯められるの!? すっごーい!」
「そんなことができるんですか!」
「何だか、凄すぎてよく分からないよ…」
そうこう話しているうちに、日は地平線に埋もれていく。夕焼け空の茜色を、夜の蒼色が塗りつぶし始める。
「今日はもう帰ろっか」
「そうだねサーバルちゃん、バスに戻ろう」
そんな中、マーブルが素朴な疑問を投げかける。
「そういえば二人はおうちが有るの?」
「はい!バスっていう乗り物があって、ジャパリまんの木の近くに止めてるんですけど…」
「木の近く…あの黄色いやつ?」
「そうだよ! ボスが運転してくれるの! 面白い形だよね!」
「へぇ、私も乗ってみたいな!…残雪はちょっと怪しがってたけど」
「えー!全然怪しくないよ!」
「何か小屋みたいなものを見ると狙われてる気がする…とかなんとか…よくわかんないけど、今日はバスにお邪魔してもいいかな?」
「はい、全然大丈夫です!」
「うん! 多い方がたのしーよ!」
3人は話の花を咲かせながら帰路につく。
その時、ドローンのタンクの錆に小さな亀裂が走り、微かな音を立てる。
しかし楽しい会話に夢中な彼女らは、そのことを知る由もなかった。
すっかり日が落ち、太陽に代わって月明かりが森を照らす。弱弱しくも白く透き通った月の光は、森の景色を昼間とはまた違った表情に変える。
「うわぁ! これがじゃぱりまんの木なんだね! すっごーい!」
「本当にジャパリまんが実ってる…!」
昼間3人が探検していた間に、マスターが新しいジャパリまんを補給してくれたようだ。実をいっぱいに付けた木の如き、壮観なジャパリまんの木が目の前にそびえる。
早速三人は探検の空腹を満たすべく、獲ったジャパリまんを頬張る。木を囲み夕食を頂きながらマーブルが口を開く。
「いつも群れで食べてる時は賑やかなんだけど、こういうしっとりした雰囲気も良いものね」
「そうですね…夜の虫の声が綺麗ですね…」
「何だか落ち着くね! でもやっぱり賑やかな群れで食べてみたいなー…」
「サーバルちゃん、明日は頑張って早く起きよっか」
「うん! 頑張ろうね、かばんちゃん!」
「早起きしてでも行ったほうが良いくらい楽しいよ! もし起きれなかったら私が起こしてあげるんだから!」
「わーい! ありがとうマーブル!」
「ありがとうございます! そんなに楽しいんですか?」
「色々な旅の話が聞けるよ! 最近は私の歌も有るんだからっ!」
歌と聞いて、トキを思い出したサーバルは少し身構える。対してかばんは興味を持ち、それについて聞いてみる。
「歌ですか? 聴いてみたいです!」
「フフッ、それは明日のお楽しみ♪ 明日絶対聴かせてあげるからね!」
「はい! マーブルさんは歌うのが好きなんですか?」
「うん。元々好きだったんだけど、群れの子たちが凄く気に入ってくれて、今は毎朝歌ってるんだ!…」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ハクトウワシ「ムグッムグッ、オウ! デリシャス! やっぱりジャパリまんは最高ね!」
残雪「ああ、特に腹が減ってた時なんかは最高だな」
ユーラ「ここは風景も綺麗で、ご馳走を頂くにはうってつけですね♪」
オオタカ「ええ、そうね。でも、何かもう一つ…欲しいわね…」
ハヤブサ「何だ? 速さか?」
オオタカ「早食いしてどうするのよ…」
マーブル「うーん…そうだ! 私、歌うよ!」
オオタカ「歌…ええ、良いわね。やってみてくれる?」
ハヤブサ「面白そうだ」
ユーラ「是非お聴きしたいです! 私はあまり綺麗な声が出ないので…」
残雪「まあ、私らの鳴き声はそりゃあ…マーブル、私も聴きてェ」
ハクトウワシ「オウ、アナタの技、見せてくれる?」
マーブル「えへへ、ちょっと緊張しちゃうなぁ…じゃあいくよ、私の歌声は幸運を運ぶんだからっ!」
(マーブルの歌声が木々の合間に響き渡る。それは森に住む命を体現したかのような、生き生きとした、美しい歌声だった。口の中に残るジャパリまんは、より鮮やかな味と風味を醸し出す。風に揺らぐ草木はまるで彼女の歌声に合わせて踊るかのようで、一同はその歌を邪魔しないよう、一言も発さず聴き入っていた。)
マーブル「…っと、こんなもんかな?」
(歌い終えたマーブルに向け、一同は感想とともに惜しみない拍手を送る)
ユーラ「…すごい、凄いですね!!ジャパリまんまで美味しくなるようでした!」パチパチパチ
ハヤブサ「驚いたな…こういうフレンズもいるのか…」パチパチパチ
オオタカ「…素晴らしいわ、ずっと聴いていたい…」パチパチパチ
残雪「…」パチパチパチ
ハクトウワシ「…」パチパチパチ
オオタカ「? どうしたの二人とも?」
ハクトウワシ「えぇぇくせれんとぅぅぅぅ…最高よぉ!ホンッッッット良い歌だわ!」
残雪「凄ェじゃねぇかぁ! ジャパリまんの肴に最高だァ! クッソ元気出てきたァァァ」
オオタカ「…ちょっとおかしくなる程、気に入ってたみたいよ…」
マーブル「え、えへへ…」
残雪「最ッッッ高だ! メシの時いつもやってくれよ!!」
ユーラ「いやいや、流石に無茶言っちゃダメですよ」
残雪「マーブル、 良いよな? な? な!? よっしゃ、決まりだァ!!」
ユーラ「残雪さん? 食後の運動にちょっと狩りごっこしましょうか(ゴゴゴゴゴ)」
残雪「あっあっすっすまねェちっ調子乗りましただからそれだけは」
マーブル「ユーラ落ち着いて! 大丈夫だから! むしろ毎日歌ってもいいの?」
ハクトウワシ「オフコース! 何度も聴けるなんて神に感謝ね!」
残雪「勿論だ! さっきは取り乱して済まなかったが、また聴きてェからな」
ユーラ「…良いんですね? マーブルさん。私もまたお聴きできるなら光栄ですが…」
オオタカ「毎日ジャパリまんが美味しくなるわね」
ハヤブサ「もう戦闘の疲れに悩むことは無いな」
マーブル「任せて!私何度でも歌って、みんなが困っちゃうくらい幸せを呼び込んで見せるんだからっ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「凄いですねマーブルさん! もっと聴きたくなっちゃいました」
「…そう…だね! 私も楽しみだよ!(もしかして今度は大丈夫かな?)」
「うん! 任せて! 全力で歌うんだから!」
「全力!?…や、優しい歌でも大丈夫…ふ、ふわぁぁぁ…」
どこかで味わったトラウマを可能な限り回避しようとするサーバル。しかしその口からは大きなあくびが出る。それにつられるかのように、かばん、マーブルもあくびをする。
「今日は森の中を歩き回ったからね。明日群れに会うなら、もう寝たほうが良いかも」
マーブルは眠そうな目で二人に語り掛ける。二人もそれに応じる。
「そうですね。サーバルちゃん、今日はもう寝ようか」
「うん、また寝坊しちゃったら大変だからね」
満場一致で、三人はバスへと向かう。マーブルは初の乗車だったが、バスの外見、中身、全てが新鮮だった。
「うわぁ、何これ! 見たことない形のものばっかり!」
そんなマーブルへ、サーバルが言葉を返そうとする。
「初めはびっくりするよね! とっ」
しかしその時、サーバルの表情からふと笑みが消える。
「…え、どうしたのサーバル? 急に黙って、怖い顔になって」
「え? ううん! 何でもない! ただ…遠くで変な音がしたなー…と思って!」
「変な音? 何も聞こえなかったけど…かばんはどう?」
「ううん…特に何も…でもサーバルちゃんの耳は確かなんです。サーバルちゃん、どんな音だったの?」
「すごく表しにくいんだけど、なんか、ぷしゅー、みたいな、ぶしゅー、みたいな…聞いたこともない音だったよ!」
「そっか、うーん…それだけじゃあ分からないね…」
「眠いし、空耳なんじゃないの?」
「うん…そうだね、何でもないよね!」
「とりあえず、今日は寝よっか…サーバルちゃん…」
「うん…そうだね…」
「そうしましょ、明日はとっておきの歌…聞かせてあげるんだから…」
やがて三人は深い眠りに落ちる。明日の朝食に胸を躍らせて。
バスの中で皆が寝静まったころ、バスの車内に、ぼうっと赤く光る二つの点が入ってくる。その二つの点はかばんの足元へとこっそりと近づく。
その光はマスターの目だった。やがてマスターの目元が虹色に輝き、かばんの腕についているボスと通信を始める。
マスター < 相互通信要請 >
ボス < 相互通信許可 >
_通信開始_
マスター < サンドスター・ロウ濃度上昇を検知 >
ボス < 同じくサンドスター・ロウ濃度上昇確認 >
マスター < 濃度値は危険水準以下 >
マスター < 警告不要 >
ボス < しかし突発的で不自然な濃度上昇 >
ボス < 人工物からの漏洩の可能性有 >
ボス < 先ほどサーバルが噴出音のような音を感知 >
マスター < 本ジャパリバスに自己防御機能は有るか >
ボス < 簡易防御シャッター有 >
ボス < 各種動作系統…カイセキチュウ…稼働可能 >
マスター < リスク回避策として8時間防御シャッター展開を要請 >
ボス < 了解 >
ボス < 本日17:00、故障・放棄されたドローンを発見 >
ボス < ストレージデータ一部抽出済 >
マスター < 解析可能か >
ボス < パリティデータ破損 >
ボス < 本機体では復元に必要な演算能力不足 >
マスター < 了解 >
マスター < 本機体でのデータ復元を試みる >
マスター < 該当データの送信を要請 >
ボス < 了解…ソウシンチュウ… >
マスター < ジュシンチュウ…完了 >
マスター < データ確認、“スーパーコンピューティングモード”であれば復元可能 >
ボス < 周辺のラッキービーストへ分散コンピューティング協力を要請するか >
マスター < シェルター展開時に外部との安定通信可能な保証がなく、不要 >
マスター < これより全処理能力をデータ復元に使用するため、通信機能使用不可 >
マスター < 相互通信終了要請 >
ボス < 相互通信終了許可 >
_通信終了_
ボスはバスの制御回路とリンクし、太陽が昇るまでの間、バスの窓に防御シャッターを展開する。このシャッターはセルリアンの攻撃に耐え、更にサンドスター・ロウの流入を防ぐ。
そしてマスターはその場で全ての動きを止め、持てる全ての能力を解析にまわす。
マスター < “スーパーコンピューティングモード”へ移行 >
マスター < 演算処理系以外への電源供給遮断 >
マスター < フォトンFPGA論理回路再構築…完了 >
マスター < 緊急冷却ファン起動 >
マスター < 臨時放熱用エアインテーク開放 >
マスター < システムオーバークロック…872 % >
マスター < データ最尤復元アルゴリズム開始 >
やがて夜のとばりが下り森林が寝静まったころ、突如、不快な高周波音が響く。
続いて地面、木々が抉られる音、苛烈な打撃音。
ただならぬ気配に、森に住む生き物は一斉に逃げ出す。
空へと逃げ出した鳥や虫の群れは、月明かりを背に巨大な龍のような影を生み出し、やがてその影は空の彼方へと飛び去る。
甲高く不気味な音は森林中を縦横無尽に駆け巡り、そこに住む生命を脅かす。
やがて森から全ての気配が消え去ると、高周波音は眠りについたように収まった。
そのころには地平線に触れる夜空が、少し明るみを帯びていた。
深夜、森の中で起こった異変から、バスのシャッターはかばん達を隠し、護りきった。
しかし、衝撃どころか音すら遮断するその高い性能故に、乗っていた者達は外で起こったことを知る由もなかった_
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