2:出会い

 落ちた日が、一周回ってまた昇り始める。

 日の光を浴びる地平線は、果てしなく横に伸びる眩い輝線となる。

 生き生きとした森からは、風に揺らぐ草木の音、沢山の鳥のさえずりが溢れる。

 その光と音にかばんは目を覚まし、体を起こす。

 森林を駆け抜ける風は心地よく、木漏れ日は丁度よい明るさで辺りを照らしていた。

 横を見れば、肩に寄りかかりまだ眠っているサーバル。

 どんな夢を見ているのか、優しい笑顔から寝息が聞こえる。その顔を見て、かばんも笑みをこぼす。

「もう少し…のんびりしてもいいかな…」

 かばんはサーバルの温もりに身を任せ、まどろみに飲まれる。

「あれー!? 誰も居ないよー!」

「そうだね…あはは…」


 バスから出て、再びジャパリまんの木を眺める二人。

 しかしながら、またしても木にジャパリまんはほとんど残っておらず、フレンズの姿も全く見えない。既にもぬけの殻であった。

 ふと見れば、ここで出会った方のラッキービーストが、ずっと木を眺めている。それを見つけたかばんは問いかける。


「あの、新しいフレンズは見つかりましたか?」

「ハイ、朝ニ新シク5羽ノフレンズヲ発見シマシタ。マガン、インドガン、ハクトウワシ、オオタカ、ハヤブサデス。ドウヤラ群レデ行動シテイルヨウデシタ」


「やっぱりいたんだ! 会いたかったな…起きるのが遅かったかなぁ…」


 サーバルは手を口に当ててうつむく。

 二人が目覚めた時には、太陽は既に空のてっぺんで輝いていた。


「きっとそうだね…うん…」


 盛大に二度寝をかましたかばんは、罪悪感から口ごもる。どうやら先客はあまり待ってはくれないようだ。

 しかし落ち込む二人に、ラッキービーストは朗報を告げる。


「モウ一羽、前カラココニ来テイルフレンズガイマス。マダ木ニイマスヨ」


 その言葉に、二人はもう一度木の方を見る。


「あれ、ホントだ! 誰かいるよ!」

 サーバルの優れた目と鼻、耳は、いち早くその存在をとらえる。

 枝の間から、葉の色とは明らかに異なる、鮮やかな青色の羽がのぞく。

 駆け出すサーバルに手を引かれ、かばんも木のもとへ走る。

 やがて木を見上げた二人が目にしたのは、


「おめでとう! 私を見つけたフレンズには幸せが訪れるんだからっ!」


 枝に絡まり、あらぬ体勢のまま身動きの取れない、青い鳥のフレンズだった。


「ついでに助けてくれるともっと幸せになれるんだから!…だからホント助けてお願い…」


 …すこぶる元気だが、そのキラキラした涙目を見る限り、かなりヤケクソのようだった。


「ハァ…あそこが私の墓かと思ったわ…本当に助けてくれてありがとう」


 翼に絡みついた葉を払いながら、青い鳥は二人に礼を告げる。

 二人が木をよじ登り、絡まる枝の隙間を押し広げ、何とか抜けられたのだ。


「いえいえ、困ったときは、誰かを頼っても良いんですから」

「そうだよ! 困ってるフレンズは放っておけないよ!」


 かばんとサーバルは迷いなく答える。その笑顔は穏やかながらも、眩しいものだった。そんな真っ直ぐな二人を見て、マーブルの顔にも自然と笑みが零れる。


「フフッ、自己紹介がまだだったね。私はムジルリツグミ。でも呼びづらいから、マーブルって呼んでくれるかな」

「私はサーバルキャットのサーバル! この子はかばんちゃん! ヒトっていう動物なんだよ!」

「初めまして、かばんです…青くて綺麗な羽…」


 かばんは、マーブルの瑠璃色の翼の美しさに息をのむ。


「えへへ、キレイでしょ? 青さなら誰にも負けないんだから!」

「はい、とっても素敵です!」


 その時、かばんの腕についたボスが声を発する。


「”ムジルリツグミ”ハ瑠璃色ノ羽ヲモツ鳥デ、ソノ美シサカラ広ク愛サレテイル鳥ダヨ」

「うわ、何それ! 喋るの!?」

「うん、ちょっと姿は変わっちゃったけど、ラッキーさんです」

「ラッキー…もしかしてマスター!? え、何でそんな形に? ていうか喋れたの!?何で今ま」

「熱くなりすぎだよ!」


 喋るボスを見て取り乱すマーブルを、サーバルが制す。

 そしてここでは、ラッキービーストを”マスター”と呼ぶらしい。ちょうど、サーバルが”ボス”と呼ぶように。

 サーバルはマーブルに質問する。


「あれ、じゃあここで出会ったこのボスも、マスターっていうの?」

「あ、そうそう! これがマスターだよ! 確かに腰に同じものが付いてるね」


 そのやりとりを見て、何か思いついたようにかばんが口を開く。


「じゃあ、こっちのラッキーさんはボスさん、そのラッキーさんはマスターさんって呼びましょう」

「うみゃ、それ良いね! 何て呼び分けるか迷ってたんだよね!」

「良いじゃない、ボス…にマスターだね!」


 かばんの提案に、マーブルとサーバルは賛成のようだ。これで混乱せずに、ボスと、別個体のラッキービーストを呼び分けられる。

 ここで、ラッキービーストが話せると知ったマーブルが、素朴な疑問を投げかける。


「ねぇ、ボス…が喋ったってことは、マスターも喋るのかな?」

「喋るよ! でもボスもマスターも、何故かかばんちゃんとしか話さないんだよ」

「そっか、でもマスターが喋るとこ、見てみたいな! かばん、お願いできる?」


 かばんは少し考えて、島を旅立つ前の事を思い出す。


「サーバルちゃん、マスターさんの前で、アレ、やってみようか」

「え、ああ、うーがおー! 食べちゃうぞー!」

「食べないで下さーい!」


 二人の子芝居に、ボスもマスターもほぼ同時に反応する。


「サーバル、食ベチャダメダヨ」

「サーバルサン、乱暴ハダメデスヨ」


「うぅ…何か二人に言われるとヘコむよ…」


 同時に怒られたのが効いたのか、少し落ち込むサーバル。その様子が可笑しくて、かばんとマーブルは思わず笑ってしまう。それにつられてサーバルも吹き出す。

 やがて落ち着いたところで、かばんは目の前のジャパリまんの木のもとを訪れた理由を思い出した。


「あ、そうだマーブルさん、ここに来る5人のフレンズさんについて何か知っていますか?」

「うん、もちろんだよ! 今朝もみんなでジャパリまん食べたんだから!」


 どうやらラッキーなことに、マーブルはマスターが見たという5人のフレンズ達を知っているようだった。喜びにサーバルが声を上げる。


「うみゃあ! 会ってみたいな、どうやったら会えるかな?」

「朝ごはんの時に来たらだいたい会えるよ! おひさまが見えて少しした頃かな?」

「うぅ…そっか、やっぱり遅かったんだね私たち…」

「いや、うん、もうお昼ごはんの時間だよ!?」

「そうだよね…えへへ…」


 マーブルのキレの良いツッコミに、サーバルは言い返せない。もはや太陽は見事に真上からサンサンと大地を照らす。

 そして、ああ、二度寝さえしなければ、ごめんねサーバルちゃん、と、かばんは思い、苦笑いを浮かべる。


「まぁ、そのお昼ごはんに木の奥の方のジャパリまんを取ろうとして絡まっちゃったんだけどね…」


 今度はマーブルが苦笑する。見事な満面の苦笑いである。

 改めて見上げると一見マーブルが挟まっていた箇所の更に奥に、確かにジャパリまんの影が一つ見える。


「じゃあ、みんなでジャパリまん食べませんか? ボク達は持ってるので」

「そうだね! 食べようよマーブル! あのジャパリまんは取ってきてあげるよ!」

「え、いいの? じゃあお言葉に甘えようかなっ」


 サーバルは軽い身のこなしで、木の奥にあるジャパリまんを取ってくる。

 かばんはバスに戻って座席にの下に手を伸ばし、昨日木からとってきた二つのジャパリまんを手に再び木のもとへ向かう。


 やがて、ジャパリまんの無いジャパリまんの木のもとで3人の小さな昼食会が開かれる。

 日は暖かく心地よい風が肌を撫で、山々の緑からは木々の擦れあう音、虫、動物の鳴き声が遠くから、近くから響き渡る。

 その風景は心なしか、手に持つジャパリまんの味にスパイスを添えるようにも思われた。


「何だかいつもよりおいしいね! かばんちゃん!」

「うん! やっぱりそうだよね」

「でしょでしょ! 何たって私のエサ場なんだから!」

 かばんはかつてトキのフレンズと、雄大な自然を見下ろす高い柱の上で食べたジャパリまんの味を思い出す。あの時ほどの見晴らしは無いが、ジャパリまんを一味変えるのには十分だった。


_あとでサーバルちゃんにも教えてあげよう_


 あの時そう思ったあの味を今、サーバルちゃんも味わってるのかな。そう思うかばんの表情は思わず緩む。


「あれ? かばんちゃん、何か良い事あった? そんなにおいしかった?」

「ううん、何でもないよ」


 かばんは笑顔のまま、思いを胸に秘めておく。

 そんな様子を見てマーブルが口を開く。


「二人はとっても仲が良いんだね! ここに来てる群れの子たちみたい!」

「へぇ、そうなんだ! フレンズはみんな仲良しだけどね!」

「もし良かったら、その群れの子たちのこと、もっと知りたいです!」

「うん、分かった!それじゃあ何から話そっか」


 マーブルはかばんの頼みを快く引き受け、群れの子たちの事を語り始める。

 群れはマスターの言ったハクトウワシ、オオタカ、ハヤブサ、マガン、インドガンの5人で、その内マガンは残雪、インドガンはユーラと呼ばれているそうだ。

 元々はハクトウワシ、オオタカ、ハヤブサの猛禽類3人の群れだったらしい。

 セルリアンを倒す、昔会った”ハンター”のようなものだったそうだ。

 その後、雁の残雪、ユーラを仲間に加え、セルリアンからもっと多くのフレンズを守るために旅しているそうだ。

 パークの各地を巡り、多くのフレンズを助けてきた彼女らの冒険譚は、聞いているだけでも心躍るものなのだそうだ。


「本ッ当に面白いんだからっ!絶対早起きしてでも聞いてほしいな!」

「良いなぁ、ねぇ、良かったら群れの子達についてもっと聞かせてくれないかな?」

「うん!そうだねー…最初に会った時は確かこの森の中で散歩してて…」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


マーブル「♪~」テクテク


小セルリアン「」ガサッ


マーブル「えっ、セルリアン!?」


ハヤブサ「頭上がガラ空きだな」ヒュドッ!


マーブル(え…このフレンズ、速い…!)


ハクトウワシ「草原の大きいのは片付けたわ! そっちはどう?」バサバサッ


オオタカ「余裕ね、私相手に森林に逃げ込むんだから。残らず退治したわよ」バサッ


残雪「よし、ひとまず気配は無ェな。完了か」バサッ


ユーラ「上空から見ても危険はなさそうです」バサッ


マーブル「あ、あなたたちは一体…」


ハクトウワシ「申し遅れたわね、私は正義を貫くキャプテン・ハクトウワシ! この子たちは私の仲間よ! この一帯に蔓延るセルリアンを退治しにきたの!」


マーブル「そうだったの…助けてくれてありがとう!」


残雪「…いや待て…ユーラ、その子を頼む」


ユーラ「了解です」ガシッ


(ユーラはマーブルを捕まえ、残雪は大きな木の枝をマーブルへ振りかぶる)


マーブル「へ?」


ユーラ「少し飛び上がりますよ、しっかり掴まって!」ボッ


マーブル「うわああああ!?」ゴォォォォ


(残雪は振りかぶった枝の先端を、渾身の力で地面に突き立てる)


残雪「お゛らァ!!!」ズドォォン


地中のムカデ型セルリアン「ギ…ギ…」


マーブル「あ、あ…」ゾッ


ハヤブサ「コイツ…!」シュガッ


(残雪の枝に取り押さえられたセルリアンは、成す術なくハヤブサの一撃を食らう)


ムカデ型セルリアン「」パッカーン


ハクトウワシ「地中にまで…!考えたわねコイツ…」


オオタカ「危なかったわね、ありがとう、ハヤブサ、残雪」


残雪「ああ…なんか狙われているような、嫌な感じがしたんでな」


ハヤブサ「相変わらず意味が分からないレベルの警戒心だな」


残雪「ハッ、相も変わらず言ってくれやがる」


ユーラ「怖がらせてしまってごめんなさい、まさかあなたの真下にまだいたなんて」スタッ


マーブル「いや、むしろホントに感謝だよ! 私はムジルリツグミのマーブル、みんなに何かお礼がしたいな!」


ハクトウワシ「ありがとう、でも正義は見返りを求めないの。その気持ちだけ頂いてお」グゥゥゥ…


マーブル「お腹へってるの?」


ハクトウワシ「…ウップス」


オオタカ「…キャプテン…そこはクールに決め」グゥゥゥゥ…キュルルルル…


ハヤブサ「いや、オオタカの方が音大き」グルルルルル…


残雪「ハァ…お前ら…胃袋の管理は大事だとあれほ」ギュゥゥゥゥ…


ユーラ「ざ」グルルルル…キュルル…


残雪「お前は早すぎる」


マーブル「そっか、お腹空いてるんだったら、近くにとっておきの場所が有るよ! 案内するよ!」


ハクトウワシ「…ええ…そうね。それじゃあお言葉に甘えましょう!」


オオタカ「この状態だとセルリアンとも戦えないし、そうしましょう。マーブル、本当に良いかしら?」


マーブル「もちろんだよ、助けてくれたんだもん! 絶対ビックリするんだから!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ここの木を教えてあげたのって、マーブルさんだったんですね」

「うん! お腹減ってそうだったし、助けてくれたからね。これを見せた時はホントにビックリしてたよ!」

「本当にそんなにたくさんぶら下がってるの!?」

「そうだよ! みんな満腹になったんだからっ」

「うぅ~…明日は絶対早起きしてやる~…」

「…頑張ろうね、サーバルちゃん。ボクも(二度寝しないように)頑張るから」

「うん!」


 マーブルの思い出話を聞き終わる頃には、手元のジャパリまんは既にお腹の中だった。

 太陽はまだ、空の頂上付近をゆっくりと泳いでいる。

 心地よい午後の風が吹き、ぼーっとしていればまどろみが襲うような気候だ。

 しかし不覚にも睡眠時間はたっぷりのかばんとサーバルは、到底寝る気にはなれなかった。マーブルも、体を動かしたいのかうずうずしている。

 やがてマーブルは二人に提案する。


「そうだ、ちょっとこの辺り散歩しない? 歩いてたほうが、群れの子たちの事思い出しやすいかも!」

「うみゃ、探検だね! たのしそー!!」

「はい、是非!」


 満場一致で3人とボスの探検ごっこが始まる。

 マスターは、これからも木に未観測のフレンズが来るかもしれないからと留守番を買って出た。

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