1:ゴコクエリア

「かばんちゃん、もうすぐお日様が沈んじゃうね」

「そうだね、ボクはもうすぐ眠くなるかな」


 ここはジャパリパーク。かつて人類の英知と夢を総動員して太平洋上の島に建設された、超巨大総合動物園である。しかし、”例の異変”と呼ばれる天変地異の後、パークの動物園としての運用は不可能となり、その地から人の姿は消えた。


 待て、ならばさっきの声の主は何者か。

 その正体は”フレンズ”。この島には”サンドスター”と呼ばれる未知物質が高濃度で滞留しており、この”サンドスター”に触れた生物や、かつて生物であったものを少女の姿に変えてしまうのだ。

 ”かつて生物であったもの”とは、例えば化石のようにそのまま”生物だったもの”に当たるもの、髪の毛、爪等、体液、等のように”生物の一部だったもの”が該当する。

 そうして生まれた少女の事を、”アニマルガール”もしくは”フレンズ”と呼ぶ。


 そう、人類が退去したこの島は、今やかつてここに住む動物だった、この”フレンズ”達の楽園となっている。

 そしてフレンズの容姿、身体能力、性格には、元となった動物の特徴が色濃く反映される。


「ねえ、かばんちゃん、中々フレンズに会えないね」


 今口を開いたのは、大きな猫耳に、黄色に黒斑のスカートが特徴的な”サーバルキャット”のフレンズである。彼女は隣の、赤いTシャツに大きなバッグを背負ったフレンズへと話しかけている。


「うん、そうだねサーバルちゃん。本当に会えるのかなぁ」


 不安げに地平に沈む夕日を眺め、サーバルへ言葉を返すフレンズ。

 この「かばん」と呼ばれているフレンズは、何と「ヒト」のフレンズである。かつてここに居たパーク職員の毛髪が、サンドスターを受けてフレンズとなったのだ。


「大丈夫だよ! バスは動いてるし、きっとそのうち会えるよ!」


 彼女らは今、かつてパークの中を移動するのに使われていた車両”ジャパリバス”に乗り、まだ見ぬフレンズに会うため冒険をしている。

 バスは山を越え谷を越え、電池切れになりながらも、他のフレンズ達の力も借りて遂に海をも越えた。

 旅路を支えるのは、かばんとサーバルの友情と、沢山のフレンズや自分と同じ「ヒト」に会いたいという、かばんの熱意だった。


 海を越えたどり着いたこの地は、「ゴコクエリア」と呼ぶらしい。海辺の小屋に有った設備で電池は回復し、バスはゴコクエリアの地を駆ける。しかし、状況はあまり良くない。


「アライさん達はどこ行ったんだろー…? ケガしてないと良いけど…」

「きっとあの二人なら大丈夫だよ…サーバルちゃん」


 旅にはもう二人のフレンズ、”アライグマ”と”フェネック”がついて来ていた。しかし、アライグマのフレンズが何やら見つけたのか、その方向へ突っ走ってしまった。

 そしてフェネックもそれを追い、かばん達とはぐれてしまった。


 山肌に茂る森林の中をかれこれずっと走っているが、動物の気配はあれどフレンズの気配はない。このままでは他のフレンズ達に貰った、フレンズのほぼ唯一の食糧”ジャパリまん”の備蓄も、そのうち底をついてしまう。


「うーん…そうだ、ラッキーさん、周りに何かありませんか?」


かばんはレンズのついた腕飾りに話しかける。するとレンズが緑色に発光しながら、かばんの声に答える。


「ケンサクチュウ…ケンサクチュウ…付近ニジャパリマン及ビフレンズノ反応ナシ」


 無機質な電子音声を発するこの腕飾りは”ラッキービースト”。かつてパークの運用に利用されていた、AI搭載高性能自律型のパークガイドロボットだ。

 このバスを運転しているのもこのラッキービーストであり、バスのシステムとリンクして半自動運転している。

 このロボットはヒトの緊急時以外、フレンズへの干渉はプログラムされておらず、会話もしない。しかしヒトに対しては平時から会話ができ、「ヒト」のフレンズであるかばんも、フレンズの中で唯一ラッキービーストと会話できる。

 元々は猫耳、しっぽを持つ、水色の卵型の胴体を持っていたが、海を渡る直前にとある理由によって失われた。今は本体のベルト型コンピュータ部のみが、かばんの腕に腕飾りのように装着されている。


「…反応アリ。 別個体ノラッキービーストヲ発見」

「え、本当ですか、ラッキーさん!?」

「やったね、ボス、かばんちゃん!」


 この腕飾りとなったラッキービーストは、サーバルにボスと呼ばれている。海を渡る前の島では、多くのフレンズにそう呼ばれていたためだ。やがてバスの前に、水色の小さなロボットが現れる。


「あ、別のラッキーさん、いました!」

「ホントだ! 体が有るボスは何だか懐かしいね!」


 バスの前にたたずむもう一体のラッキービーストは、バスの中のかばんを確認する。そして電子音と共に目を緑色に輝かせ、言葉を発する。


「初メマシテ。私ハ、ラッキービースト、デス。ヨロシクオ願イシマス」

「初めまして、私はサーバルキャットのサーバル! よろしくね!」

「かばんです。よろしくお願いします。ちょっと口調がラッキーさんと違いますね」


かばんとサーバルは、少し丁寧口調な別個体のラッキービーストと挨拶を交わす。


「カバン、貴方ハ何ガ見タイデスカ」

「えっと、そうですね…」


 かばんは現状を考える。フレンズには会いたいが、今は今後の事も考え、ジャパリまんの備蓄を増やすのが最良。

 かばんはそう考え、別個体のラッキービーストへ答える。


「ジャパリまんが沢山手に入る場所を教えてくれますか?」

「ケンサクチュウ…ケンサクチュウ…有リマシタ。ココカラスグ、”ジャパリマンノ木”ガ有リマス」


 “ジャパリまんの木”と聞いて、かばんとサーバルは驚く。ラッキービーストが配っているところは見かけているが、ジャパリまんが木に実っている所は見たことがなかった。

 少し好奇心が芽生え、聞いてみる。


「え? ジャパリまんは木に実るんですか?」

「イイエ、我々ガ用意シタ物ヲ木ニ掛ケ、サンドスターヲ吸収サセテイマス。コウスルコトデ、フレンズノ、ヨリ良イエネルギー源ニナリマス」


 やはりジャパリまんが木に実るわけではなかった。安心しながらも少し残念そうなかばんは、目の前の別個体のラッキービーストへ声を掛ける。


「それじゃあ、ジャパリまんの木に連れて行って下さい、お願いします!」

「ソレデハ、ガイドヲ開始シマス。案内時間ハ3分程デス」

「「おおー!!」」


 二人は元気に掛け声を上げ、バスは先導する別個体のラッキービーストについて行く。


「到着。ジャパリマンノ木ダヨ」


 一見、夕日に照らされるごく普通の木が目の前に現れる。

 目を凝らして枝葉の隙間を覗くと、奥の方にジャパリまんが二つ見える。

 二人で分けるには丁度良かったが、何となく「ジャパリまんの木」と聞いて期待していたより数が少ない気もする。

 とりあえずかばんとサーバルは木を登り、その二つを回収する。それをバスの座席の下にしまいながら、かばんは別個体のラッキービーストに話しかける。


「あの、別のラッキーさん、ジャパリまんの木のジャパリまんって、これだけですか?」


 かばんはラッキービーストに問いかける。大抵こういう時、ラッキービーストはアワアワと固まってしまう。腕につけたボスがそうだったのだ。ここでさっき出会った、このラッキービーストはどうだろうか。


「ケンサクチュウ、ケン、ジャパ、ア、アララララララ」


 やっぱり駄目だったようだ。

 口調と場所を変えても、そこはラッキービーストだった。


「ここのボスもこうなの~? ねえ、本当はどれくらい有るの?」

「コノ木ニ設置スル”ジャパリマン”ノ数ハ、付近ノフレンズノ目撃数ニ合ワセテ、ツネニ10コ以上ストックスルヨウニ調整シテイマス…シテイル筈ナンデス…」


 ラッキービーストの言葉は、最後急激に弱弱しくなる。無機質な電子音声にもかかわらず、自信の無さが伝わってくる。

 しかしその言葉を聞いて、かばんはふと思いつく。


「目撃数って、ここのラッキーさんがここで確認したフレンズの数ですよね。じゃあ、見ていないフレンズが食べに来てるんじゃないですか?」

「…ソノ可能性ハ有リマスネ。コノ木ガ枯渇シテイル以上、ココヲ訪レルフレンズヲ再観察スル必要ガ有リソウデス」


 かばんと別個体のラッキービーストの会話が意味することは、ここに居ればまだ会ったことのないフレンズに会えるかもしれない、ということだった。


「わーい! 会いたい会いたい! じゃあはりこみだねー!」

「そうだねサーバルちゃん! 楽しみだね!」


 期待に胸膨らませる二人。かばんは腕のボスに頼みごとをする。


「ラッキーさん、この近くでバスを止めて、おやすみしませんか?」


 ボスはレンズを緑色に輝かせ、何やら電子音を奏でる。その内部メモリーでは、目まぐるしくデータの処理が行われる。


< 異常騒音無し >

< 有毒ガス未検出 >

< サンドスター・ロウ濃度、正常値 >

< セルリアン発生の懸念なし >

< かばん及びサーバルの安全確認完了 >


 やがて電子音は止み、ボスはかばんに答える。


「ワカッタヨ、カバン。ソコノ空イタ場所ニ止メルネ」


 かばんの腕のラッキービーストは、森の中の少し開けた場所へバスを移動させる。

 移動が終わると、バスが発する音は眠りにつくように静かになる。

 日は既に地平に沈み、空は星屑を散りばめた漆黒に塗りつぶされていた。

 青白い月の光のもと、かばんとサーバルは睡魔に襲われ始める。

「お月様がきれーだね…かばんちゃん…」

「うん…でもねサーバルちゃん…お月様は…いつもきれーだったよ…」

 そんな他愛もない会話を交わし、静かに二人は夢の中へと落ちてゆく_


[セルリアン:Cellien]

[ ジャパリパークに存在する未確認物体。

 発生原理は不明だが、サンドスターの亜種”サンドスター・ロウ”の濃度が一定水準を上回ると、偶発的に発生すると言われている。

 形状は不定であり、物やフレンズに取り付いて、サンドスターを吸収したり、固有の特徴を奪ったりする。取り付かれたフレンズは、サンドスターを奪われ元動物に戻ったり、生来の特徴を失うことがある。すなわちフレンズとしての死を迎える可能性が有る。

 高い破壊力を持つ個体も確認されており、人類のパーク退去の原因”例の異変”は主にセルリアンによるものである。

 このようにセルリアンは極めて凶悪な性質を持ち、人類が退去した今なお、フレンズを脅かしている。

 パークガイドロボットであるラッキービーストには、客をセルリアンから守るために”サンドスター・ロウ検知センサ”が搭載され、セルリアンとの遭遇を可能な限り回避する機能が搭載されている ]

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