紅葉と紺色の狐11

 夢の中で桑名は静かに立ち上がって首を巡らせた。ベッドサイドテーブルのデジタル時計の明滅やカーテンの隙間から射し込む夜の光や、それからいたって清潔な部屋の調度の一つ一つを順に見渡しながら僕の寝息を聞いていた。僕が首にケーブルを挿したままろくに布団もかけずにすっかり眠ってしまっているのに気付いて窩の蓋を閉め、そのまま指を僕の首筋に滑らせ、髪を耳にかけて目の横に口づけをする。

 そこで場面は変わる。

 カエデの赤い葉がどんな絨毯よりも柔らかく一面を覆っていた。ひときわ立派なカエデの大木が空に枝を広げて夜明けの近いほの白い光を細く帯状に分割していた。大木の枝の下に寝そべった僕の胸の上に体の柔らかさを押し当てるように伏せて桑名は話を始めた。彼女が僕を咎めていないこと、あれから長い時間が経っただろうけどずっと幸せであるということ、だから僕が彼女のことで罪に囚われているのはよくないということ。僕にも伝えたいことはたくさんあった。桑名が死んでから世の中では色々な変化が起こった。満州での戦いは終わり、日本には短い平和の時期があって、けれど政治家たちの意地の張り合いのせいで僕たちはまた無意味な戦いに駆り出されて怪我が絶えないということ。

 桑名は僕の口を塞いで、あなたのことはよくわかっていると言った。それから、彼女が僕を愛し僕が彼女を愛していたということを佳折に教えてあげるように頼んだ。僕の返事を待たずに立ち上がると、彼女はふんわりした白いドレスを着ていたのだけど、それが次第に全身を覆って、いつの間にか白い狐が一匹立っていた。すっきりした夏毛は真っ白ではなく光の加減で毛先が薄い緑がかった色に見えた。その目が僕をじっと見据えている。縦に切れた瞳、黄色い虹彩。僕が見返すと、反応を確認したかっただけというふうに後ろを向いてカエデの大木の方へ歩いていった。

 起き上がってみると、カエデの大木からは離れた所に紺色の着物の女が座って狐を集めていた。彼女は立って桑名の狐を迎え、頭を撫でて群れに加える。カエデの木からは絶えることなく赤い葉が散っていた。女が落ちてくる葉の一枚に両手を差し延べ「おいで」と言うと、その葉は翻って白い狐になり、赤い地面の上に四つ足で降り立った。狐が耳をぶるっとして僕を見る。女もつられて僕に目を向け、帯の下に手を重ねて微笑む。僕はそちらへ近づこうとしたけれど、だんだんと落葉が激しくなりすぎて最後には動けないまま視界を真っ赤に埋められてしまった。

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