紅葉と紺色の狐10

 僕は坂本との会話を思い返しながら冴の手紙にいくつか付け足した。端子付きはブロックに関わらず実の親と引き離される。贋は養家に入ることでそれだけ無駄で複雑な環境を経験することになる。でもそれは暖かくて幸いなことなのだ。特にタリスとの関係の中だけで世界に生まれてきた贋にとってとても大切なことなのだ

 手紙を書き続けられなくなってベッドに体を投げた。部屋の空気も白いシーツも同じくらい冷たい。寝返りで布団をかぶって、放ってあったタブラに手が当たって液晶が点いたから、それが消えるまで目を細めて見つめていようとして、でもタリスには言うべき言葉あって僕はそれを聞かなければならないような気がした。坂本がタリスについて語った分、タリスも坂本について語ることがある。そのはずなのに、タリスは何も言わなかった。僕は糸屑のように混乱していて、坂本が母親であるなんて簡単に理解できるはずがなかった。本当なら本当だとタリスの声で定めてほしかった。

 僕は荷物をひっくり返してバックパックの底からケーブルを一本引き抜いた。入力のみの投影器の栓端子が片っぽ、もう片っぽはタブラに挿すミニUSBの雄端子。僕はそれをベッドの上で繋いで、タブラのインターネット回線経由でショコネットに接続するソフトウェアを起動した。何をするつもりですか、やめなさい、イーサネットの無線回線なんて危険極まりありません。タリスの声が聞こえたけれど、それには制止力が全然欠けていた。

 僕は暗く長い道を不自由にずるずる歩いてようやくタリスの伽藍に辿り着いた。息が上がっていた。司書たちは相変わらず忙しそうに働いていて書架の様子もいつもと変わらなかった。僕はまたずんずん歩いていって奥の部屋の扉を叩いた。最初は返事が無くて、ドアノブに手をかけたところで「今日は顔を見たくないです」と答えた。「お願いだからもう帰ってください」

 僕は扉の前で立ち尽くして長い時間動かずに待っていたのだが、そのうちタリスにキックされた。蹴りを入れられたのではなくて、サーバから追い出されたのだ。床が抜け落ち、黒い海に体が沈む。伽藍の景色は紙吹雪のように裁断されて宙に舞い上がり、世界が崩れた後に暗闇が残る。布団の中の僕がケーブルを抜いた。頭が鉄球みたいに重くどっと疲れていて、そのまま眠ってしまった。

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