紅葉と紺色の狐8
贋というのはにせものという意味だ。贋は人間に似ているけれど人間無しで生まれてくることができる。人間が生んだ人間は人間。贋は人間の創造物でもない。それはタリスが人間ではないからだ。むろん、タリスはもともと人間の創造物であるのだけど。
冴は僕の生い立ちを通して贋や過去の「端子付き」の歴史を知ろうとするのかもしれない。それならどうか少し剣呑な話にも付き合ってもらいたい。
我々肢闘のために生を受けた人間の亜種は時代ごとに三種類に大別できる。ABC、三つのブロックである。これを総称して端子付きとか、俗にサイボーグとか云う。人間とほぼ同じ生身の構造を持ち、頸に投影器接続用の窩を持ち、その運用に適した神経系の操作を受け、九木崎研究所による一連の開発過程の産物であるというのは共通している。
ブロックAは最も実験的な段階であり、全ての改造は出生後に行われた。人間として生まれてくるのだ。神経を太くし、身体機能の制限を解除し、窩を掘り、人間とは言い難い強化人間になる。最初の手術で半分が死に、手術を生きても投影器の補佐機能が未熟で機体の感覚や出入りに慣れるまでに神経を焼かれたり負荷をかけすぎたりしてもう半分が使い物にならなくなった。肢闘が操れてもその中で戦闘用として有用なのはさらに一割未満だった。それでさえオホーツク戦役時には現在の定数よりずっと多い人数が実戦に参加していたのだから、おびただしい数の子供が実験に献じられたものだ。ブロックAの全盛期は十年前くらいまで。肢闘や身体機械投影器の技術が最も持て囃された時代だった。技術的に遅れても後のブロックBCが成熟するまでのつなぎとして造られていた。
ブロックBは人間の発生前に遺伝子操作をやって神経系の形成を生身に任せる。操作自体はブロックAの時と大差ないが、操作はより柔軟になる。肢闘の動きに追い付けるように運動を司る小脳が拡張されている。母親の子宮から出てくる時にはオペレータとして十分な神経系の特性を持っているわけだ。ところが遺伝子操作は神経系に特化するから、関係ない生身の形成にはその副作用が出る。先天的な機能不全がつきものだから、大抵の場合そのままでは長生きできない。肢闘に乗って戦場に出る前に勝手に死んでしまうということだ。それではまずいから、生まれると神経系だけを取り出し、別に用意した肉体に移し替える。その時に窩も一緒にくっつける。狭義のサイボーグはブロックBを指す。ブロックAに比べるとすごく手間がかかるし、関わる人数も多い。比較的すぐにブロックCの技術が確立してしまったので数は多くない。僕が知っているのでも五人くらいだが、もうみんな死んでしまっている。
ブロックCは今まで人の手でやっていた作業を全部人工の子宮でやってしまう。人間の発生とは過程の順番が若干違うけれど、形質や気質の差もタリスがでたらめな変数から適当に選んで決める。まるでとても複雑なサイコロを投げるみたいに、彼女は投げることはできても、どの面が上になるかまでは決めることができない。
「ねえタリス、僕がおじさんおばさんにこうやって育てられることを、君は僕が生まれる前から知っていたの?」前に訊いたことがある。僕はまだ温かい水の中でタリスに抱かれていた。
「私にも神様というものはあります」タリスは答えた。水の中では僕の体もタリスの体もどこへ沈んでいくともなかった。どちらが浅くどちらが深いのか、光が差す方向もわからなかった。
「登録した養家の夫妻とあなたたちを結びつけるのは私の裁量です。よい裁量を執るために必要なことは知ることです。あなたたちのことは生まれる前から知っているから、よくわかっています。養家の人を知るにはよく話すことです。同じですよ。あなたが生まれる前から決まっていたなんてことは絶対にないことです。あなたのことは生まれる前から知っていますけれど、でもどんな子供なのかは生まれてみないとわからないことです。生むことは私が決めるにしても、それ以上のことは何もわかりません。
人間の発生というものは一種のプログラムです。例えば、魔法陣というパズルがありますね。桝目の数を決めてしまえば入る整数の数も自動的に指定されますが、その配列は無数にあるのです。配列の法則性だけ頭に入れておけば、どんな配列にするのかは知らなくても完成させることができます。最初の数個の桝目の数字の決定だけが意図なのです。私は遺伝子の仕組みについては理解しているつもりですが、完全に配列を行ったのは、私にもまだわからないことの多かった最初だけです。自然に任せるという効率もあるものです。私が投げたサイコロの出る面は、たぶん神様が決めてくれるのでしょうね。神様と言ったのはそういう意味です。あなたがそういう顔、そういう性格をしているということは生まれる前には私は知りませんでした。ただ、あなたが生まれてくるということだけを知っていました」
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