第136話 メイド様最高


「お帰りなさいませご主人様」

 みかんちゃんはロングスカートのシンプルなヴィクトリアンメイド服を着て笑顔で僕をお迎えしてくれた、一瞬だけ。


「はあ……」

 そして直ぐにため息をつく。


「えええええええ!」


「なんでメイドなのよ」


「だってなんでもしてくれるって言うから」


「だからそれでなんでメイドなのかって聞いてるの!」

 みかんちゃんの部屋、いや、今彼女はみかんちゃんではない。

 凛ちゃんのメイドバージョン、凛ちゃん自身がメイド服を着ているだけ……なんだけど……いい! それがまた凄くいい。彼女の姿は、まるでレアカードの様なSSRの様な希少価値がある。


「だって、凛ちゃんのメイド姿は一番だから」

 

「……このメイドオタクは」

 がっかりしたような顔でかぶりを振るがほんのりと頬を赤らめる姿に僕は思わずドキッとしてしまう。

 出会った頃は自分の感情を隠し、そして自身の過去、メイドの事、身体の……事、彼女はその全てを隠していた。

 正直少し怖くそして大人な人って印象だった。


 でも彼女は純粋なのだ、凛ちゃんは誰よりも純粋な人。

 

 固くそして脆い、透明なガラスの様な人。


 愛真の意見に僕は全てを賛同したわけではない。

 

 僕が子供なのはわかっている。勘違いしていた事も理解している。

 でも、だからって愛真に教育されるいわれはない。ないんだけど……でも、それが3人の為になるのなら、そして凛ちゃんの心を癒す事になるのなら、僕はそれを甘んじて受け入れようってそう思った。


 3人の中から誰かを選ぶなんておこがましい気持ちはもうない。

 でも、愛真とは一度別れ再び出会った。僕のお姉さん的存在。

 孤独だった僕に初めて寄り添ってくれた人。

 だから……もうあんな思いはしたくない。

 一生付き合っていきたいって気持ちを持抱いている。


 いやいや、愛真の事は一度忘れよう。

 今は凛ちゃんの番だ。

 僕を教育するという使命を持って今こんな格好をしているのだ。

 ここで僕がよだれを垂らして『みかんちゃーーん』なんて言った日には、またあの恐怖の会議で今度こそ「ギルティー」と言われ僕は断罪されてしまう。


「ああ、私皆に合わせて言ったけど、教育とか興味無いから」


「え?」


「まあ、私空気読める子だし」

 ケラケラと笑いながら僕の心を読みそう言う凛ちゃん。


「え? じゃ、じゃあなんでそんな格好を?」


「え? だって嬉しいでしょ?」


「いや、まあ……」

 凛ちゃんはキッチンのテーブルに座っている僕の横で、両手を前で組み接客の姿勢を崩さず、僕を見つめ笑顔でそう言う。

 そして、凛ちゃんは少し寂しそうな顔に変わった。


「愛真さんは子供の頃から一緒だったし、泉さんとは兄妹だし」

 唐突に僕と愛真、僕と泉の関係を話し始める凛ちゃん……。

 

「えっと……それが」

 一体何を言っているのか? 僕には凛ちゃんの意図が全くわからないでいた。


 僕を教育するという事で、それぞれ順番に出掛けるって事になり、まずは愛真、続いて凛ちゃん、最後に泉という予定なっている。

 どこに行くのか何をするのか僕には一切聞かされていない。


「私ね……意外に負けず嫌いなの」


「意外?」

 あの業界トップと言われたお店(喫茶メイドっ子倶楽部)でナンバーワンになり、更には全国メイド喫茶女子ナンバー1決定戦でも優勝しておいて何を今さら?


「なによ!」

 僕の呆れた顔に反論すべく凛ちゃんは目くじらを立てて僕を睨み付ける。


「いえ別に滅相も無いです」


「人の話は黙って最後まで聞く!」

 凛ちゃんはメイド様の格好で、学校での委員長キャラを持ち出し僕を指差す。

 

「は、はい……」

 僕は頭を垂れ反省をって……あれ? 凛ちゃんは僕を教育する事に興味無いんじゃ?


「これは教育じゃない、注意だから!」


「は、はい!」

 今度は凛ちゃんを見つめシャキッと姿勢を正し返事を……いや、待って、どうでもいいけどさ、僕の地の文で答えるのやめて欲しいよね……もう勘というよりエスパーの領域だから。


「とにかく……私はね負けず嫌いなの、それと……もう逃げるのは嫌」

 凛ちゃんは接客姿勢を崩しツカツカと僕の側迄歩み寄る。


 座っている僕を上から見下ろす凛ちゃん……その瞳の奥に何かメラメラとした物が見える様な気がする。


「え、えっと……」


「それに言ったでしょ? 私は悪いグループに居たって」


「いや、でもそれは」

 それは苛めから逃れる為に、寂しさを紛らわす為に、そして親に反抗する為に……。


「類は友を呼ぶって言ってね、どんなに言い訳した所で、私もあいつらと中身は一緒なのよ」

 僕を見下ろし凄惨な顔で笑うと僕の顔を両手で掴む。

 そして凛ちゃんは……真剣な面持で、そのまま僕に自らの顔を近づけた。


「え? ええ?!」


「黙って」


「ひゃ、ひゃい!」

 僕がそう返事をしたその時真剣な顔だった凛ちゃんはほくそ笑みそして……僕の唇に自分の唇を……そっと押し当てた。


 静まり返る部屋……遠くから『カタンカタン』と電車の音が聞こえる。

 

 何が起こっているのか? あまりの事に僕の脳の電源が落ちる。

 何も考えられない、何も行動出来ない。

 ただただ凛ちゃんにされるがまま……。


 今わかっている事は、凛ちゃんの唇が柔らかいって事だけ、泉よりも……。

 

 そう……僕はこの感触を知っている。

 あれは夢だったのかと思っていたけど、実際こうして違う人とすると、より鮮明に思い出してくる。

 泉と違い下唇が少しぽてっとしている。

 そして、凛ちゃんから香る仄かに甘い香り、泉は確かあの時お風呂上がりだった。

 だから泉からは強烈に良い匂いがした。

 そして今凛ちゃんからは仄かな匂い、甘酸っぱい柑橘類の香りとそしてメイド服からなのか? ほんのりとコーヒーの香りがする。

 ああ、僕はまたキスをしている。

 段々と冷静になるに連れ、身体の芯が痺れていく、唇から顎を抜け、手足に電気が走る。

 そして直ぐに、どうして? なんでという感情が戸惑いと共に頭の中を駆け巡る。


「ぷはあ」

 どれくらいの時間が経ったのか? とりあえず人が息を止めておける時間の間だったと思う。

 凛ちゃんの色気もそっけも無い息継ぎで僕の人生二度目のキスが終わった。


「……」


「えへ……奪っちゃった……言ったでしょ? 私は本当は悪い子だって」

 凛ちゃんはニヤリと笑いしてやったと言わんばかりの表情で僕を見る。

 

「……あれ? あんまりビックリしてなさそうな……って、ま、まさか? 初めてじゃなかったの!?」


「いや、えっと……その……」


「えええええええ!? どっち? どっちと?」

 僕の表情から察した凛ちゃんは驚きの表情でぼくの僕の胸ぐらを掴んでそう聞いてくる。


「ぐ、ぐええ」

 締まる首、今度は違う意味で身体が痺れる。

 言えるわけが……ぐ、ぐえええ……。


「そ、それじゃした意味無いじゃない、どっち? どっちなの?」

 胸ぐらを掴み僕の頭を前後に揺らす……く、苦しい……。


「い……いず……いずみと」

 その勢いの耐えられなくなった僕は思わず名前を言ってしまった。


「そ、そんな、だって泉さんは兄妹だって言ったのに?」


「きょ、兄妹でもキスぐらいするって」

 

「しないわよ! そんな兄妹は頭おかしいラノベ作者の頭の中だけよ!」

 

 そ、そうだよね? やっぱりそうだよね?

 ほら、おかしいのは僕だけじゃ無いじゃん。


「とにかく……キスだけじゃダメって事ね」


「え?」

 凛ちゃんはそう言うと、着ていたメイド服に手をかけた。

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