第135話 春夏秋冬


 数時間にわたるショッピング、でも愛真が買ったのは可愛らしいシュシュ一個だけ。


 そして……疲労困憊の僕……いや、だって延々と店を巡り服を見てさらに試着を繰り返し感想を求められ、その答えが悪いだの、もっと気のきいた事を言えだのと、一つ一つ指摘され……さらには「かわいい」なんて同じ感想を何度か言おうもんなら、ダメ出しされやり直しを求められる。


 もうどこかの才能のない作家の様に、僕の貧困なボキャブラリーは完全に底を付く……それでも終わらないエンドレスショッピングに僕は精も根も尽き果てていた。


「ああ、もうだらしないなあ」

 ようやく休憩となりフードコートに来た僕と愛真はそこでちょっと遅めの昼食を取る事になった。


 愛真は僕を見ながら呆れ顔で注文したオムライスを口に運ぶ。


「そんな事いったってさあ」

 僕は大好物のお好み焼きを食べながら言い訳をしようとすると……愛真がさらに呆れながら言った。


「そもそもさあ、デートにそれってどうなの? ほら歯にノリが付いてる」


「だって、好きなんだもん、それに愛真だってケチャップが付いてるじゃん」


「え? どっち、早く言ってよ!」

 持っていた鞄から手鏡をとり、紙ナプキンで唇の横に付いているケチャップを拭き取る。

 

「えっと……それと、これってデートだったの?」


「……あ」


「ふーーん」

 僕を鍛えるとか言ってたけど……。


「な、何よその顔は」


「顔真っ赤だよ?」


「う、うるさい!」

 愛真はそう言うと、またパクパクとオムライスを食べ出す。

 そんな愛真を見て、僕はやっぱり可愛いなってそう思った。


「僕を鍛えて、もし僕が格好よくなったら……愛真は僕の事を好きになってくれるの?」

 僕は直球で愛真に聞いてみた。


「……ん~~そもそも真ちゃんは、私と付き合いたいって本気で思ってるの?」


「愛真、質問を質問で返すのはずるいよ」


「うっ! 痛い所を突かれた……真ちゃんの癖に」

 自分の胸を抑えわざとらしくダメージを受けた様な演技をする愛真……。


 でも、その質問こそ、僕が今一番思っている事で……そしてそれを愛真に聞いて欲しいって……僕はずっと思っていた。


 だから……敢えて質問の質問を答えたみた。


「……僕はさ……今までずっと誰にも相手にされなかった……ずっと一人で……でも最初に愛真が僕にくれたんだ……教えてくれたんだ……なんて言うんだろ……愛情って言うと大げさかな? うん、そう……暖かい気持ちって奴を、そしてその気持ちを次は泉が、そして凛ちゃんが教えてくれた……ずっと知らなかった暖かさを……だからそれを勘違いしちゃったんだろうね、あははは」

 母親を殆んど知らない僕、多分そう言う愛情に飢えていたんだと思う。

 だから……僕のこの気持ちって……多分……付き合いたいって気持ちとは違うんだって……今はそう思う。


「……真ちゃん、その暖かい気持ちって……皆同じなの?」


「……ううん……違うかな……」


「どう違うの?」


「……そうだね、包み込んでくれる様な、春の暖かさ……と、冷えきった冬の中で、ほんのりする暖かさ、と、夏の太陽の様なギラギラした暖かさ……って感じがするかなあ……」


「ふーーん……そか……」


「うん……」


 愛真は誰がどれだかは聞かないでくれた、僕も誰がどれかは敢えて言わないでいた。

 

 どれも好きで、どれも選べないから。

 

 季節は選べない……そのどれも必ず訪れるから……だから僕は誰かを選べない。

 どの季節が好きかなんて、そんな烏滸がましい事を言える男じゃないなから……今は──まだ。


「そっか……じゃあ、これで秋が来たら全部揃うね」


「あははは」

 そして、まさかこの時の冗談が本当になる……かどうかは知らないけど……。


「じゃあ、そろそろ行こうか」

 オムライスにサラダをすっかり平らげ、ジュース片手に愛真は立ち上がる。


「えっと……まだ買い物するの?」


「まだも何も、全然買ってないじゃない、これから本番だよ!」


「はーーい……」

 愛真とのデートという名の、僕への教育はまだまだ続くのだった。



「ほらああ! 荷物は言われなくても持つ!」


「は、はいいぃぃぃ……」



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