第108話 臆病者

 

「凛ちゃん凛ちゃん~~助けて凛ちゃん~~」

 昼休み、僕は凛ちゃんと裏庭のいつもの場所で二人きりで会っていた。

 裏庭ベンチに腰かける凛ちゃんに僕は辺りを気にしながら正面で立ったままそう懇願した。


「……私はドラ○もんか……」

 困った時の凛ちゃん頼み。


「リンえもん~~」


「誰がリンえもんだ!」


「た、助けてよおおお」


「はあ……で、どうした旦那」


「だだだ、旦那?」


「嫁は良いの? ほっといて?」


「よよよ、嫁?!」


「違うの? 一緒に住んであの状態って、もう結婚したら? って感じだけど」


「……いや、えっと……そんな感じ? 僕と泉は……」


「うん」

 そう言ってニッコリ笑う凛ちゃん。


 冬休みが明け学校が始まった。

 そして僕は泉の説得に失敗していた。


 結局僕の願いは泉に聞き入られなかった。


 泉は家でも学校でも僕に付きっきり、休み時間の度に僕の席まで足を運ぶ、登下校も一緒、片時も僕の事を離そうとはしなかった。


 兄妹になり一緒に暮らしている事は周知の事実、当初はクラスの中でもそれ程注目を浴びなかったが、泉がカースト上位陣、お嬢様集団の誘いを連日断り僕と一緒に、しかも……腕を絡めて登下校する様子を見てクラスではかなりざわめき出していた。


「いたたまれない」

 周囲からの注目に、僕は耐えられない、苦しいそんな気分になっていた。


 元々友達どころか存在さえ認識されていない僕なので、気楽に話しかけて来る人はいない……さらに僕と泉が常に一緒にいる為、近寄れる者も中々いない。


 ちょっとがらの悪い学校だったならば、「お前ら見せつけてんなよ!」的に絡んでくる輩もいるかも知れないが、この学校にはそんな感じの生徒は存在しない。

 頂点と最底辺の組み合わせ、社長と平社員の密会を見てしまった様に、何も言われずに、皆、遠巻きに僕と泉の様子を伺っているそんな状態。


 泉は泉で、僕に付きっきりの為、周囲に今の状況を説明していない……。


 もうクラス全体、各生徒の頭にクエスチョンマークがついているのが見て取れる。


 そしてそんな状態の中、僕は一瞬の隙をついて泉から逃れると、頼りの委員長、僕のアイドルみかんちゃんこと凛ちゃんに裏庭にて相談を持ちかけていた。


 今の状況、凛ちゃんの家で一泊した後の話をざっと説明すると、凛ちゃんは少し呆れる様な顔で僕を見る。


「結局離れられなかったのねえ……ふーーん」


「……うん」


「それで? どうするの?」


「どうするって……」


「覚悟はついたの?」


「覚悟?」


「希望通りでしょ? 今、貴方は泉さんの視界にいる、泉さんは貴方しか見ていない、言ってたじゃない、泉さんの視界に居続けたいって、じゃあここ状況って本望でしょ?」


「いや、そ、それは……周りが……いたたまれないって言うか……」


「いたたまれないなら、クラスで宣言しちゃえば?」


「宣言?」


「そう、僕は泉と付き合ってる~~って」

 凛ちゃんは手を口に添え、大きな声でそう言った。


「ああああ、わわわわ、大きい声が大きい!」

 静まりかえっている裏庭、凛ちゃんの声がエコーの様に校舎に反響する。


「……そういえば今の状況は変わるだろうね」


「いや、で、でも……それじゃ……」


「それじゃ?」


「……泉が……泉の立場が……僕と付き合ってるなんて事になったら……泉が迷惑うぃ被るって言うか……」


「……ふーーん」


「ふーーんって……」


「──真くん……貴方……最低だね?」

 凛ちゃんは、僕に対していつも少し呆れた様な表情で接する。

 そして時々見下す様な表情や眉間に皺を寄せ怒っている表情で僕を見る。

 いつも僕の前では表情豊かな凛ちゃん。


 でも今の凛ちゃんは真顔だった。

 委員長の顔……クラスでの顔……。


「……え?」


「あーーーあ、なんか少しはいいかなぁって思ってたけど……覚めちゃったなあ……」


「冷めた?」


「貴方はね、…………佐々井くん……貴方は……ただの臆病者……」


「……お、臆病者……」


「そう、言いたくないけどね、男の癖にビクビクしているだけの……ただの……臆病者よ」


「──そ……それは」


「一見優しさに見えるんだよね、臆病者って……貴女の為に、貴女の事を思って……そう言って手を出さない、貴女の事を思って……そう言って身を引く……」


「……」


「告白も相手待ち、答えも出さない……愛真さんの事はどうするの?」


「……いや、それは……」


「はっきり言うよ、皆覚悟を持って貴方に接している……泉さんも、愛真さんも……そして私も……」

 凛ちゃんは僕から目線を離さない……ベンチに座りじっと僕を見つめている。

 真顔で……僕の目を、僕の瞳を……そして……僕の心を、心の奥を……じっと見つめている様に……そう言った。


 そして僕は……凛ちゃんから……凛ちゃんの瞳から……そっと目を反らした。


 沈黙する僕と凛ちゃん……静まりかえる裏庭……するとどこからか声がしてくる。



「……様……お兄様! お兄様!?」


「……ほら、おにいさま……親猫が子猫を失ってパニックになってるよ?」


 遠くから……泉の声が聞こえてくる。


「…………」


「……行かないの?」


「……でも」


「──私が貴方を連れ出したとか思われたら……面倒だから行って」


「……うん……ごめん……」

 僕はそう言われ、とぼとぼと凛ちゃんの前から立ち去った。

 何も言い返せなかった……だって……全部……図星だったから……。


 僕は……臆病者……ただの……臆病者……。

 凛ちゃんに言われた言葉が頭の中でぐるぐると渦巻く。


 僕は……自分の事しか考えていない……ただの臆病者……。




 

 

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