ダイナーが終わっちゃう!?🔚
「一週間、入院することになっちゃった」
せっちゃんが腹痛で病院へ行くと虫垂炎の診断。いわゆる盲腸というやつだ。
少し症状が進んでいたので、薬でなく手術することになったのだ。
そうなると、ダイナーの切り盛りが問題となる。
当然、
「ボン、頑張ってよ!」
とせっちゃんが入院した当日の夜にダイナーに集ったアベちゃん、ハセっち、クルトンちゃん、わたしは、ボンの奮起を促した。
けれどもことはそう単純じゃあなかったのさ。
「軽食、作れません」
「はあ?」
ボンの思わぬつぶやきにわたしは速攻で返したもんさ。
「作れないって、バイト始めて結構長くやってるでしょ? せっちゃんに習ってないの?」
「習ってはいるんですけど、自信なくて・・・」
会議の結果、苦渋の決断をした。
「明日からわたしが二日間会社の有給とって店に出るから。その間に完璧にするんだよ。分かった!?」
「はい〜。すみません、エンリさん〜」
せっちゃんは個人事業主だ。
一週間も店を休んだらその間の収入は全くのゼロなわけだ。
わたしとボンとで二日間店を開けると告げたらせっちゃんは申し訳ないから店を休むよ、と言ったけれども、わたしはこう伝えたよ。
「せっちゃんの『ダイナー』はわたしの店でもあるからさあ」
うーん。
我ながらカッコいいこと言っちゃったな。
そんなわけでボンとわたしの二人三脚の営業、スタートしたのさ。
「玉子サンド、まだかな」
「すみませーん、ただいまー」
そう言ってわたしはボンに細かく指導する。
「ほら、ボン。ウチの玉子焼きはこれぐらい厚く焼かないと」
「ふむふむ。なるほど」
「ふむふむじゃないわよ。ちゃんと覚えなさいよ!?」
せっちゃんみたいに完璧には焼けないけど、わたしもそれなりに料理はやってるので体裁は整えられる。
「ほら、ボン。ナポリタンは生のトマトも入れるのよ!」
「あ、そっか」
「ボン、焼うどんはちゃんと出汁入れて!」
「ボン、サンドウィッチはパンの耳落とすんだって何度言ったら分かるのよ!」
「ボン!」
「ボン!」
ボンボンボンボンボン!
「はー。疲れましたねー」
「それはこっちのセリフよ」
なんとか初日をやりきった。
夜にはクルトンちゃんも塾の帰りに立ち寄ってナプキン折とか手伝ってくれたし。
明日のモーニングの仕込みもなんとか終わった。
「はあ。ボン、どっかでご飯食べて帰ろっか」
「はい。おいしいものがいいですねー」
「というか、ほかの人が作ってくれる料理ならなんでもいいよ。せっちゃんはこれ毎日やってるんだから、ほんとに頭が下がるよ」
結局、駅裏のファミレスにした。
「あれ? エンリさん、ここでもナポリタンですか?」
「いいじゃない。自分で作ってたら食べたくなったのよ」
「ナポリタン、お待たせいたしましたー」
パルメザン・チーズをたっぷりかけて。
あと、タバスコも。
いっただきまーす!
「う、ウマイ!」
「そうですかあ?」
「他人様が作ってくれた料理はそれだけでありがたいんだよ! ボン、明日は今日のおさらいで全部自分で最初から作るんだよ」
「え!? それは大変だ」
「えーい、自分のことでしょっ!」
ただ、微妙なところではあるのだ。
雇用契約上はボンの職務範囲として主業務はウェイター。補助として調理業務があるわけだから、本来賃金以上のことをボンはやるわけだ。
難しいよね、この辺。
「ねえ、ボン」
「なんですか? エンリさん」
「もしも、もしもだよ? ダイナーをせっちゃんから譲り受けるなんてことがあったらさ」
「事業承継、ってやつですか?」
「うん。どう? ボンはやってみたいと思う? 店舗経営」
「本音を言っていいですか」
「どーぞ」
「僕は、エンリさんと一緒なら、やってみたいです」
ブッ!
「ご、ごめん、吐き出しちゃった・・・でも、ええ!? なんだって? わたしと一緒なら?」
「はい。エンリさんと一緒に、夫婦経営なら」
ボン・・・
わたしはなんと反応すればよいのさ。
「あ、ありがとう・・・」
「どういたしまして。で、返事は?」
「ごめん。まだ、そういう気持ちじゃ・・・」
「エンリさん。僕はこう見えてもいつもふざけてるわけじゃないんですよ」
『え? あれで!?
だとしたらそっちの方が怖いよ!』
という心の声を引っ込めてわたしはボンにお愛想した。
「そ、そうだよね。うん、ボンは真面目だ」
「エンリさん。僕は真面目なんですよ!」
「だから、わかったって!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
せっちゃんが退院した。
「よかったー。このままボンが店を続けてたらどうなることかと」
「クルトンちゃん、失礼なこと言うね」
「まあまあ。でも、せっちゃん。この伝票の集計表、見てよ」
「どれどれ・・・ああ、ボン、頑張ってくれたんだね」
そうなのさ。ボンはその前の週とそん色ない売上を維持したのさ。
「ボン。わたし、考えてたんだけどね」
せっちゃんがボンに向き直って何かを伝えようとしている。
とても大事な話のようだ。
「ボンさえよければ、アルバイトじゃなくて、正社員っていう感じで働かないかい? 色んな手当もつけてあげるから」
「え!? そ、それは、僕は嬉しいですけど、せっちゃん、コストが上がっちゃいますよ?」
「それは織り込み済みだよ。それに借金はないからね。もしボンさえよければこの店を将来的に引き継いでくれると嬉しいんだけどねえ・・・」
そっか。
もしそうなったら、わたしは・・・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます