どうしてひな祭りがホラーになるのよ!🎎

「わ。かわいい」


 せっちゃんの『ダイナー』のカウンターに、小さなお内裏様とお雛様が2人並んでいる。


「エンリちゃんは実家にお雛様は?」

「いやー。無いんだよね、実は」


 せっちゃんの質問に答え、少しだけほろ苦い気持ちになっているところをボンがぶち壊してくれた。


「いやー。昔お雛様を題材にしたホラーを観たんですよねー」

「はあ?」

「みんなでぐるぐる回って。怖かったなー」

「何言ってんの?」


 ボンによるとこんな内容だったらしい。

 旧家に伝わる古い絢爛なひな壇飾り。

 実は公家であった時代の作だという。そして没落し古いしきたりで当主家族だけでなく御家人がそろって心中したのだと。


「お内裏様・お雛さまだけでなくそれ以外の壇上の人形も全部心中した人物に対応して作られてて、髪の毛には一人一人の本物の遺髪が使われてるという」

「怖!」

「エンリさん、ホラーですから」

「でもボン。ぐるぐる回る、ってなんなの?」

「いえ。そういう映像が鮮烈に記憶に残ってて。なんだろう。死んだ公家たちが輪になって呪い殺しに来るみたいな感じだったかな」


 せっかく繊細な和風ホラーかと思ったら突然適当な展開になるんだな。ボンの詰めが甘いな。


「せっちゃん。このお雛様はそんな曰く付きじゃないよねえ」

「さあ、どうかしら。神社の蚤の市で先月買ったから」

「え!? せっちゃん、人形って魂がこもってるからそういう人が持ってたのって余り良く無いんだよ」

「そ、そうよねえ。でもそういえばどうしてわたしこれ買っちゃったんだろう。なんだかその時にこの人形見てたら、どうしても買わなきゃいけないような気になって・・・」


 ボンのホラーどころじゃない。

 本当に怖い話になってきた。


「こんにちは」


 わたしたちが慄いているところに、初顔のお客さんが入ってきた。

 黒髪を腰あたりまで伸ばしている女性。


「あれ? このお雛様」

「え。どうかされました?」


 せっちゃんが彼女に訊くとあっさりと答えた。


「呪われてます」

「えっ!?」


 全員で声を揃えた。

 けれども、話の展開からしてそうじゃないかという予想はしていた。

 それよりも、


「あなたはどなたなんですか?」

「こういう者です」


 せっちゃんに渡された名刺を全員で覗き込む。


「『月刊超常現象』編集長:黒血こっけつ 呪理亜じゅりあ


「あの。本名ですか?」

「まさか。業務用の通り名です。いわゆるオカルト雑誌です。そしてわたしは占星術もやっていて、霊能力もあるんです」


 渡りに船、という感覚になったんだろうか。せっちゃんが彼女に訊いた。


「どうすればいいんでしょうか?」

「まずは、塩を」


 ありがちだな。でも、それっぽい感じもするので、せっちゃんは小皿に塩を盛ってお雛様の前に置いた。


「それから、祝詞のりとを」

「あの、なんて」

「消えろよ消えろよ呪いよ消えろ」


 あれ? なんか聴いたことあるような。


「はは。キャンプファイアーじゃないんだから」

「お黙りっ!」


 ボンの鋭い指摘に鋭い叱責で返す黒血呪理亜編集長。


「気が散るっ! しゃがんで待機!」

「ええ!?」


 ボンは床にしゃがんでしまった。


「そして、これを」


 黒血呪理亜編集長が一枚の短冊のような紙をバッグから取り出した。


「これは?」

「どんな災厄にも効力を示す霊験あらたかなお札です。一枚2万円」

「え」


 せっちゃんではなく、わたしが反応した。


「いくらですって?」

「2万円」


 なんのこっちゃ。


「では」


 そう言って黒血呪理亜編集長が取り出したのは、『月刊超常現象』名義の領収書だった。


「その前に黒血編集長、もしかしてですけど」

「なんですか?」

「あなたは蚤の市にいませんでしたか?」

「なんですって?」

「このお札。わたしが蚤の市で売った、しおりです」


 え!

 え!

 あっ!


「ま、まさか・・・そんな!」

「黒血さん、あなたは蚤の市でせっちゃんにサブリミナル効果を使いましたね。せっちゃんが蚤の市のフリーマーケットを歩いて回っている時に、『編集部』の人員を巧みに配置して、『いやあ、いいお雛様だ。まさかこんないい品があるとは』と囁かせて、購買意欲を煽りましたね? お雛様の代金と、このの代金とで稼ぐシステムなんですね? 『月刊超常現象』も年間発行部数が激減している中、他に方法がなかったんですね?」

「なんでウチの会社の内容を・・・」

「わたしは小学生の頃、『月刊超常現象』創刊号からのファンでした」


 え!

 え!

 あっ!


「でも、もう終わりですね。こんなコスい商売をしてるなんて。今月号をもってファンをやめさせていただきます」

「ちょ、待って!」

「待てません。帰ってください。そして、『月刊超常現象』、潔く廃刊としてください」


 わたしは苦渋の決断をした。

 人知れず購読し続けてきた『月刊超常現象』。

 それと訣別するのだ。


「エンリさん」

「なに? ボン」

「心中、お察しします」





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