愛の筑前煮🥘
ボンの従姉妹の
大学入学はまだ先なんだけど、土日なんかにアパートに泊まりに来るようになった。
あ、泊まるといってもわたしの左隣のボンの部屋のそのまた左隣の部屋が藍埜ちゃんの部屋で自部屋に泊まるわけだからきわめて正当な行為ではあるんだけどね。
あるんだけれども、やっぱりその辺、従姉妹ってこともあって遠慮会釈がないわー。
「ボンにーちゃん。ご飯作ってあげるよ。何がいい?」
と、藍埜ちゃんがボンの部屋に上がり込んで喋ってる声が壁の薄いこのアパートなもんでわたしの部屋にも筒抜けなわけさ。
ボンは何頼むのかなー。
「筑前煮」
「え? ええっ!? 筑前煮ー? それが女子高生に頼むメニュー?」
「だって、作り置いといたら重宝だからさ」
うーん。さすがおばあちゃんこ、田舎っ子のボンらしい。さて、藍埜ちゃんの反応は?
「うーーーん。わかった」
そう言ってガチャっ、とドアを開ける音がしたと思ったらわたしの部屋がトントン、とノックされた。
「エンリさーん、すみませーん」
なんだろ。
「はい。なーに、藍埜ちゃん」
「エンリさん。筑前煮の作り方教えてください」
なんだかよくわかんないけど、わたしの部屋で作ることになって、都合よく筑前煮の材料なんてわたしの部屋の冷蔵庫にもないからさ。まずはスーパーに買い出しに来たのよね。
「えーとね。里芋。人参。ゴボウ。こんにゃく。鶏肉。あと、
ボンがカートを押し、わたしがぽいぽいと食材を投げ込む。
藍埜ちゃん、なんかキョロキョロしてるな。
「藍埜ちゃん。スーパーとかあんまり行かない?」
「し、失礼な! わたしは女子力高いですから! スーパーはしょっちゅう行ってしょっちゅう料理してますよ!」
「ふーん。偉いね。わたしは両親共働きだったから料理は作らざるを得なかったけどちゃんとスーパーとかで買い物しなかったなー」
「へ、へー。エンリさんダメダメじゃないですかー」
「そうなんだよねー。他の家事もやんなきゃいけなくてさー。スーパーまで行く時間ももったいないから歩いて30秒のドラッグストアで小分けの食材を調達してたなー。ほんとはちゃんとスーパー行きたかったんだけどね」
「おー。エンリさんの方がプロっぽいですね」
ボンがそう言うと藍埜ちゃんはライバル心むき出しの視線をわたしに向けてきたよ。
「あれ? 高校生がいっぱいいますね・・・」
「ああ、藍埜ちゃん。この近所の商業高校の子たちだよ。ほら、見て。男の子も女の子もイートインに陣取って電卓叩いてるでしょ? みんな簿記の資格とか取るんだろうね」
「ふーん。なんか、大人びてる・・・」
「まあ、店側からしたらペットボトルの炭酸水一本で粘られたら迷惑かもしれないけどね。でも将来地元で家庭を持ってお客さんになるかもしんないしね」
買い出しを終えてわたしの部屋に戻って調理開始ときたもんだ。
まあでも安アパートの宿命。
小さいガスコンロが一台なんだよね。
「ボン、年末にもつ煮込み鍋やったときのカセットコンロ持ってきてよ」
「エンリさん、了解ですっ!」
わたしとボンのそのやりとりが藍埜ちゃんは当然面白くない。
「エンリさん、早く教えてください」
「うんうん。じゃあまずゴボウをこそいで」
「え。こそぐ、って?」
「ああ。こうやるのよ」
わたしはハーフサイズのゴボウをゴシゴシと水洗いして、それから包丁の背を皮に当て、シュシュシュ、とこそいだよ。
「あ。ゴボウの皮ってそうするんですか」
「そうだよ。ほら、やってみて」
ん? ちょっと包丁の持ち方もあやういな。
「藍埜ちゃん。多少指切ったって絆創膏貼れば大丈夫だから。ビビらなくていいよ」
「は、はい・・・」
「じゃあ、それを酢水にさらしてね」
とまあこんな感じでひとつひとつやってけばいいかな。
ボンがカセットコンロを持ってきた。
「じゃあ、普段はそんなめんどくさいことせずに粉末のスティック出汁を使うんだけど、せっかくだから煮干しの出汁とってみよっか。まずは煮干しの頭とはらわたをとってね」
「あ、痛っ!」
「ほらほら藍埜ちゃん。気をつけないと煮干の骨が指の爪と皮膚の間に刺さると痛いよ? で、取れたら鍋の水から煮干し入れてカセットコンロにかけて出汁をとる。ほら、ボン! ぼうっとしてないでガスコンロの方で板コン千切って湯がいてよ!」
「は、はいい」
「このこんにゃくはアク取り必要なやつだからね。スプーンで千切るのがめんどくさかったら指でそのまま千切っていいよ。そのかわり手をよく洗いなよ!」
それから里芋の皮むいて切って塩をまぶしてぬめりを取って。鶏肉にはお酒をまぶしておいて。
「はいはい。じゃあ、出汁をこっちの鍋に移して、それから鶏肉をね。アク、ちゃんと掬ってね。で、煮立ってきたら野菜とこんにゃく入れて、お酒と砂糖入れて、落し蓋をする」
「落し蓋?」
「藍埜ちゃん覚えときなよ。これぞ日本人の技術の粋さ! 日本食の合理精神と丁寧さがわたしは素晴らしいと思うよ!」
少し煮立てて醤油を入れてしばらく煮て。頃合いを見てこんどは蓋を取って煮詰めていく。
「わあ・・・いい匂い!」
「うん。藍埜ちゃん、初めてにしてはよくできたよ」
「そんな・・・わたし、結局エンリさんにおんぶに抱っこで・・・」
「いーのさ。あとは段々と自分で試行錯誤してけば。それに大家さんと一緒に賄い作るんでしょ? 厳しいけど勉強になるよ」
「厳しいんですか?」
「厳しい厳しい。実は大家さんはね、ああ見えてあの年代には珍しい女子大卒さ。女子大の家政学科卒で、料理の鬼さ!」
「すごい。エンリさんも詳しいんですね」
「はは。わたしも高校まで家の食卓預かってたとは言いながら、食べても美味いともまずいとも言わない両親相手だったからさ。就職してこのアパートに入って、大家さんから基礎をもう一度叩き込まれたのさ」
「わあ。ステキ!」
「ほれ、ボン。アンタがリクエストした筑前煮だよ。藍埜ちゃんの記念すべき第1作だ。心して食べなよ」
「はい。あの、エンリさん、藍埜ちゃん」
「ん?」
「一品だけですか?」
「なら自分で作りなよっ!」
わたしと藍埜ちゃんは声を揃えたよ。
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