時間よ、止まる寸前で動いて!⏰
わたしは朝は得意だ。
自慢じゃないけど学生の頃から目覚ましが鳴る5分前に計ったように目が醒めるという生活を繰り返してきた。
それは仕事でいつもより早出しないといけない時もそうだし、多少夜更かしした時でも睡眠時間の多い少ないにかかわらずそうなんだよね。
だから、お隣さんにはイラっ、とする。
ビービービービー、ビビビビビビ!
「勘弁してよ〜、せっかくの土曜の朝なのに」
わたしは少し遅めに起きようと自分の枕元の目覚ましをいつもより1時間遅い時間にセットしておいたのに、アパートの隣のボンの部屋からけたたましいアラーム音が鳴り響いてきた。
たまらずパジャマ代わりのTシャツとショートパンツのまま部屋を飛び出して、ガンガンガンガンとボンの部屋のドアをノックする。
「ボンボンボンボンボンボンっ!」
ガチャっ、とドアが開いた。
「あー。おはようございますー」
「おはようじゃないわよ。土曜に早起きするのはいいけど、ちゃんと起きて目覚まし止めなさいよ。近所迷惑でしょ?」
「あー、すびばせん。結局今日もエンリさんに起こしてもらっちゃいましたねー」
「土日は通勤通学のお客さんいないから遅めにお店へ出勤でしょ? なんで今日はいつもより早い時間にセットしてるのよ?」
「あの。母親が来るもんですから」
「・・・えっ!?」
「いや、ですから母親が」
「ちょちょっと、そんなの聞いてないわよ!?」
「ええ、言ってませんからね。どうしました?」
「いや、わたしにも心の準備が」
「心の準備? なんのですか?」
「いや、だって・・・ねえ?」
「ふーん。よく分かりませんけど。従姉妹が大学に進学するんでこの近くにマンション借りてそこから通うらしいんですよ。その母親と、多分従姉妹も一緒だと思うんですけど、僕に不動産屋さん付き合って欲しいって」
「あ・・・そゆこと。叔母さんね」
まあ、仮にボンの実のお母さんが来たところで、隣人で友達、ってことだけなんだろうけどさ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ボンにーちゃん、この街はどんな感じ? 楽しい所ある?」
「えーと。スーパー銭湯とか?」
「ぷ、ふふふふ」
「おかしいかい?
「うん。いつ会ってもボンにーちゃんはおもしろいよ」
うーん。
壁が薄いんで全部丸聞こえだよ。
大学に入るってことは、18歳?
クルトンちゃんより年上か・・・
かわいいのかな・・・
「ボンちゃん訊いてもいい?」
「なんですか、叔母さん」
「このアパートって、家賃いくら?」
「え。あの・・・信じられないくらい安いですよ。3万5千円」
「え! ほんと!?」
「ええ。古いですからね」
「男の人ばっかり? 女の人は住んでるの?」
「右隣の部屋が女の人ですよ」
「空いてる部屋はないの?」
「左隣が空いてますよ」
「あらー!」
なんだ?
「
「どうって・・・汚いよね」
「まあ、僕の部屋だけかな。隣の女の人の部屋はすごいきれいにしてますよ」
「え。ボンにーちゃん、なんで知ってるの?」
「ん? たまに泊めてもらうから」
ちょちょちょちょ、ボン!
「えっ! ボンにーちゃん、まさかその女の人と・・・」
「え? なに?」
「そ、そういうことをしたの?」
「うん」
ボ、ボンの大ボケがーっ!
ガチャン!
「わっ! エンリさん!」
「すみません、大変失礼いたします。ちょっと、ボン。こっちおいで」
わたしはいつもの調子でボンの部屋のドアを開けてボンを有無を言わさず呼び出した。
そして折檻する。
「わ、わっ! デコピンだけはやめてください!」
「うっさい! さっきから聞いてりゃ、人のプライバシー侵しまくりやがってー!」
「わ、ごめんなさいごめんさい。でも事実でしょう?」
「いくら事実だからって、『かあちゃんのデベソ』を人に触れ回るのかアンタはっ!」
「え。エンリさんってデベソなんですか?」
「えーい、アホかっ!どうしたらそのボケが治るのさ! 死んだら治るのか! それとも死んでも転生してまたボケなのかっ!」
「あのー」
あ。藍埜ちゃん、か。
「ボンにーちゃん、わたし、ここに決めたよ」
「え」
いやいやいや。
それはダメだろう。わたしは抗うことにしたよ。
「えーと、藍埜ちゃん、だっけ?」
「あ。聞いてたんですね」
「あはははは。壁が極薄でねー。というような通りでこのアパートボロボロだからやめといた方がいいよー」
「いえ。ここにします」
「どうして? 藍埜ちゃんみたいな将来ある大学生がこんなところに来ちゃだめでしょ。というか絶対楽しくないよ」
「エンリさん、ていうんですね。エンリさんはボンにーちゃんと楽しそうじゃないですか」
「まあ・・・友達だからね」
「友達ってそういうことをするんですか」
「ち、違っ。ボン、なんとか言いなよ!」
「藍埜ちゃん。エンリさんと僕はそれだけのためのドライな関係だよ」
「こら、ボン! 何かっこつけてんのさ! 食料上げたり掃除して上げたりバイトすら紹介して上げたり、これほどウェットな関係はないでしょうが!」
「そ、そんなことまで・・・まるで奥さん気取りですね!」
「いやあのそのえと」
まさか、とは思うけど、一応訊いてみようか。
「藍埜ちゃんてもしかして、ボンのこと・・・」
「ダメですか!? エンリさん、言っときますけどわたしはボンにーちゃんにオムツを替えてもらったこともあるんですよ!」
「あ・・・そう」
「ファーストキスもボンにーちゃんですし」
「この、変態っ!」
「わー、違いますよー! 僕じゃなくって、藍埜ちゃんが幼稚園の時に僕のほっぺにチュッ、てしただけですよー!」
「と、いうことでお母さん。わたし、ここに住むわ」
「えーい、ダメっ!」
藍埜ちゃんのお母さんがこのドロドロの状況を見てごく常識的に前言撤回してくれたところに、大家のおばあちゃんが来たもんだ。
「あらあら。もし今契約してくれたら賄いつけてあげるよ。無料で」
「え・・・それ、ホントですか?」
「はいな、お母さん。その代わりわたしんちで一緒に食べてもらうよ。まあ、材料はわたし持ちで一緒に作ってくれるとなおいいね」
「わ。料理とか教えてもらえますか?」
「いいよー。まあ、煮物やら年寄りの料理でよけりゃね」
「どう? いいでしょ? お母さん」
「うーん。確かに食費まで浮くとなると魅力だわね。それに大家さんに仕込んで貰えば将来家庭に入っても困らないわね・・・」
「やった、決まりね!」
こんなわけで藍埜ちゃんはアパートの住人になってしまった。
お近づきの印というか牽制のために藍埜ちゃんのお母さんはわたしたちにお昼をご馳走してくれることになってファミレスへみんなでぞろぞろと歩いて行く。
道すがら、並んで歩く藍埜ちゃんとボン。
藍埜ちゃん、腕なんか組んでみちゃって。
「ボンにーちゃん。うちにも泊まりに来てね」
「ダメっ!」
藍埜ちゃんのお母さんが即反応する。
「どうしてー?」
「どうしてもこうしてもないでしょ!?」
なんだかグダグダしてる内にファミレスに着いたけどものすごい数のお客さんが並んでて1時間待ちだという。
「ボン、午後からせっちゃんの店でしょ? どうせならせっちゃんのダイナーで食べよっか」
「あ。それいいですね」
みんなで駅まで歩いてダイナーにぞろぞろとなだれ込んだ。
「こんにちはー」
「あら、エンリちゃん。土曜に珍しいわね。あらあら、ボンも、それから大家さんお久しぶりね。エンリちゃん、ちょうどクルトンちゃんも来てるわよ」
奥を見るとクルトンちゃんがカウンターに座ってる。あれ? 隣のサングラスかけた子って・・・
「あ、ボンさん! こんにちは!」
「おー。グラさんくんじゃないか。久しぶりだねー」
あ・・・藍埜ちゃんがなんか固まっちゃってるな。
「あ、あの・・・輪郭と髪型がボンにーちゃんにそっくりだけど、もしかして・・・」
「な、なに? あなたは?」
「あ、クルトンちゃん、この子はボンの従姉妹でね・・・」
そう言いかけたところで藍埜ちゃんがグラさんのサングラスに手をかける。
「すみません、ちょっと外してみてください」
「あ、ダメっ!」
わたしとクルトンちゃんが同時に叫んだけど、もう遅かったよ。
「ぐ、ぐわわっ! 眩しーっ!」
「え? え? え?」
「藍埜ちゃん、この人ものすごい眩しがりなの! サングラス返してあげて! 早く!」
ぱっ、と藍埜ちゃんがグラさんに手渡すとものすごいスピードでサングラスを装着して、何事もなかったように治まっている。
「あ、藍埜。そもそもこの街に住むことを考え直した方が・・・」
「ううん。ボンにーちゃんのカッコいい顔にそっくりの人もいるし。絶対ここに住む!」
あ。顔がよかったんだ。へえー・・・。
「あ、そうだ。ボンさん」
「なんだい、グラさんくん」
「ペアルックしませんか」
「いいよ」
「いや、ダメでしょうがっ!」
危うく全員の日常の時が永久に奪われてしまうところだった。
静止しかかった時間を、わたしが再び動かした。
「え、エンリちゃん、ナイスツッコミ!」
「あ、危なかったわね。初対面のわたしでもこのグラさんて子、ボンと同等だって見極めてたもの」
クルトンちゃんだけでなく、せっちゃんまで焦りまくったリアクションをする。
ところが藍埜ちゃんは、
「えー、ボンにーちゃんとグラさんのペアルック見てみたいー! ぜーったいかっこいいよ!」
さ、さすがボンを好きになるだけのことあるわ。感性が尋常じゃないね。
ん?
ということはわたしもこういう要素あり?
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