スカウト・ウーマン・エンリ🕴

 ウチの会社は零細だからそうそう新人を採用する訳にはいかないんだよねー。

 でも、やむにやまれない事情が発生したのさ。


「え? できちゃった!?」

「うんまあ」


 ウチの会社の最年長女子、サナさんに何ができたかっていうと、赤ちゃん。

 あ、サナさんの年齢は置いとかせてね。

 わたしは恐る恐る質問を続けたもんよ。


「あの・・・相手は?」

「月星くん」

「えっ!」

「はは・・・やっぱり驚くよね」

「い、いえ・・・ただ、彼って今年入ったばかりですよね」

「うん。えーとネリキリくん以来だからまあ久しぶりの新人だよね」

「はあ・・・」

「でね。わたし、寿退社するから。それでね、月星くんも辞めるから」

「えっ!?」


 事情を訊いてわたしは、うーん、と納得せざるを得なかった。

 サナさんは年齢を考慮して母子の健康のリスクを小さくするためにすっぱりと退社することを決意。そうなると月星くんが一人で稼がなくちゃならない。残念ながらウチの会社の給料では不可能だ。サナさんは仕事の穴が2人分空いてしまうことをわたしに詫びる。


「借金も考えたけど、月星くんがね、頑張るって。で、ちょっと体はきつい仕事だけどウチよりも大分高い給料貰える会社が見つかってね」

「そうですか。でも、おめでとうございます! かーわいい赤ちゃん、生まれたら見せてくださいね!」

「ありがとう、エンリ」


 サナさん、厳しい先輩だったけど、目を潤ませてそう言ってくれて、わたしもなんだか嬉しくなっちゃった。


 と、ドラマなんかならここで感動的にエンディングなんだけれども人生は続くよ。

 恋する2人が難病を乗り越えるドラマだって、退院してからが現実さ。


遠里とおさと、リクルーターやってくれ」

「え? 水田課長、リクルーターってなんですか?」

「まあ、新人の採用活動をやってくれってことだよ」

「でも、それって総務課の仕事じゃ。わたしも営業で手一杯なんですけど」

「えーい、サナに月星、総務課の実働部隊2人とも退社なんだから仕方ないだろうが!」


 まあ、そうか。

 スクランブルで総務部長が毎日の伝票入力から仕訳までやってる状態だもんね。ベテラン社員の部類に入ろうとするわたしが駆り出されるのもしょうがないか。


 でもなあ・・・

 あ、そうだ!


「水田課長」

「なんだ」

「アルバイト、雇っていいですか?」

「はあ?」


 ・・・・・・・・・・・・・・・


「エンリさーん。せっかくダイナーのバイトが休みなのにー」

「そう言わないでよ。ちゃんとこっちだってバイト代払うんだからさー」

「エンリさんの会社って渋いですね。法定の最低時給ギリギリでしか出せないなんて」

「1円でも足しになればいいでしょ? ボンの将来のためにも」

「将来、ですか・・・ところで、リクルーターって何すればいいんですか?」

「合同就活フェアにブース出すからそこに座って学生たちにでウチの会社を褒め称えてればいいのよ」

「僕エンリさんの会社のことなんて分かりませんよ」

「うーん。じゃあ、わたし個人を褒めたたえてよ。こんないい先輩のいる会社です、って」

「努力してみます」


 土曜の朝、会社の軽四ワゴンで会場に到着した。県のコンベンションセンターだ。三連休だから遠方にいる学生たちが参加しやすいように各企業も休日出勤で対応、てな感じ。


 ただ、わたしはお金が余分にもらえる訳じゃなくって、平日に代休取るだけなんだけどね。


「ボン、パイプ椅子並べて」

「はい。でも、なんか貧弱ですね、たった二席なんて。他の会社は学生でいっぱいなのに」

「しょうがないでしょ。名もない零細企業なんだから」


 ボンと並んで横長テーブルで学生を待つ。確かにボンの言う通り、これじゃ文化祭の手作りクッキー即売と変わらぬレベルだ。


「ボン」

「はい」

「呼び込んで」

「え?」

「客の呼び込みやって」

「客、って・・・」

「早く!」


 珍しくわたしが焦った様子なのでボンもいつもと違う雰囲気を感じたんだろう。がたっ、と立ってパンパンと手を叩き始めた。


「へいらっしゃい! 安いよ安いよ、給料安いよー!」

「アホかっ!」


 この状況でナチュラルにボケるボンと反射的にツッコむわたしとのやりとりを見て、学生たちが急に早足になってブース前の通路を逃げるように通り過ぎていく。


「ほらー、逃げちゃってるよー」

「すみません。つい昔のせんべい屋さんでのアルバイトを思い出しちゃって」

「あの・・・」


 ん? いかにもデキます、って感じの男子だな。どうせ道でも訊きに来たんだろ。


「トイレならあっちよ」

「いえ、御社の説明お聞きしていいですか?」


 おっ!?


「いやー、どうぞどうぞ。待っててね、今粗茶入れるからね」

「エンリさん、態度急変・・・」

「うるさい! さあ、どうぞ」


 わたしは用意していたソーカイ茶のペットボトルからきっちり150mlを紙コップに注いで男子学生に渡した。


「あの。御社の仕事の内容から教えてください」

「はいはい。ウチは・・・いえ、当社は主に飲食店向けの資材を卸す業務がメインです。割り箸とか爪楊枝とか」

「え。利益率が低そうですね」

「う・・・まあ、地道にお客様である飲食店さんと丁寧に詰めて仕切りを決めてますからね。その代わり複数店を経営してるお店での契約が取れると喜びもひとしおですよ!」

「ふーん。でも、なんだか虚しくなりませんか?」

「え」

「すごく効率が悪いでしょう? それってそもそも必要な仕事なんですかね? 御社はつまり卸業者なんですよね?」

「まあ、そうですけど」

「僕だったら間を抜いてエンドユーザーがいかに安く消費できるかというビジネスモデルを作りますけどね」

「遠藤ユウザ? パンク?」

「ボン、黙ってて!」

「大体その人、なんでスーツにスニーカーなんですか。しかもダッサいショッピングモールのワゴンセールみたいな」


 ピキ・・・!

 別にボンをけなされたからって訳じゃないけど、もう我慢なんない。


「おいこら学生!・・・さん」

「は、はい」

「もしかしたら当社の事業は効率化の余地があるかもしれないわ・・・ません。でも、考えてみて」

「何をですか?」

「ウチの会社のお客さんは小ーっちゃい個店のお店が多いのよ。それこそご夫婦だけでやってるお蕎麦屋さんとかオーナー兼マスター兼ウェイターのたった1人の喫茶店とか」

「はあ」

「ウチはそういうお店に配達から御用聞きから微に入り細に入り相談に乗ったり乗られたりしながら支援してるの。だって、そういうお店は店主がインフルエンザにでもなっただけで途端に収入ゼロよ」

「そうでしょうね。でも、そういう飲食店自体淘汰されるべきでしょ?」

「帰れっ!」


 ぼ、ボン!?


「キミのような学生はどの会社に就職したってダメだ! 少なくとも当社には無用の人材だ!」

「なんなんだよ。誰も最初からこんなところ入る気ないですよー」


 荒っぽく椅子をガタンと倒して行っちゃった。


「エンリさん、すいません・・・せっかくの客を逃しちゃって」

「客じゃないけどね。でもまあいくら売り手市場、ったってあんなのに入社されたらチームワークが取れないわ。ボンの言う通り願い下げよ」

「それに、淘汰されろってのが許せなくって。商売で競争だからそんなの誰だって当たり前だって知ってますよ。でも・・・」

「うん、分かるわよ。お客さんに時として厳しい助言もしなきゃいけないけど、あくまでも客と売り手の商売。ソフトに、親切に、暖かくね」

「はい。せっちゃんのお店がそうなので」


 ボンは今の仕事でも確実に成長してるってことかな。


「あの〜、こんにちは〜」

「はい、こんにちは」

「あの〜、お話聞かせていただいていいですか〜?」

「もちろん。どうぞ座って」


 ほお。今度は女の子か。

 結構背高いけど、なんとゆうか笑顔がトロトロの子だね。柔和、っていうかな。


「御社は〜、お仕事ってどんなんですかあ?」

「ウチはね、飲食店さん向けにお箸を卸したり、あとおしぼりのレンタルやったりとか。食べ物屋さんや居酒屋さんをサポートする仕事よ」

「わあ〜! おもしろそうですね〜。わたしの祖父があ、寿司屋を経営してるんです〜」

「あら、そうなの? じゃあ、仕事に親近感湧くわね」

「あとぉ〜、職場の雰囲気ですとか〜、どんな先輩方がおられるか教えていただけますかあ?」

「いいわよ。職場の雰囲気は、そうねえ・・・まあ零細だから色んなことをみんなで手分けしてやるんで結構忙しいかな。わたしも実は人事の部署じゃないのよね。営業やってるの」

「わあ! そうなんですねえ〜」

「どんな先輩がいるかは、ねえ。ボン」

「は、はいぃ?」

「ちょっと、学生用のお茶菓子食べないでよ。あ、ゴメンね。このボン先輩がわたしのことを客観的に説明するからまあ参考にして」

「はい〜」


 ボンは姿勢を正し、咳払いをひとつした。


「えー、では、エンリさんについて。まず、身長160cm」


 ん?


「体重××kg、トップバスト××cm、アンダーバスト××cm ウエスト××cmくびれややなし」

「こら」

「性格は基本直情、人情味あり。好きな食べ物:おかかのおにぎり。嫌いな食べ物:パクチー。好きなアーティストはスザンヌ・ヴェガ。趣味というかライフワークは小説執筆・WEBサイトに投稿」

「コラコラコラっ!!」

「わあ。エンリ先輩、小説書いてるんですか?」

「んん? まあ、ね・・・」


 ああ。何が悲しくて就活中の学生にカミングアウトしなくちゃならないのよ。しかも社員じゃないボンの口によって。


「エンリ先輩〜、すごいです〜!」

「え」

「わたしも投稿してるんです〜、『カックンヨムンヨ』に」

「あ、ああ。同じだわ・・・」

「ほんとですかあ〜? わあ〜、まさかこんな運命の出会いがあるなんてえ〜。わたし、御社に入りたいですぅ!」

「え! いやいやいや」


 じょ、冗談じゃない! わたしがワナビだってのは会社の人は知らないんだよ!


「ちなみにアナタの投稿戦績は?」

「ボン先輩」

「あ、僕、先輩じゃないから」

「?? えと、じゃあ〜、ボンさん。わたしはあ〜、去年のコンテストでえ、ラブコメ部門でえ、グランプリ獲ってえ、コミカライズされましたあ〜」

「・・・だ、そうです。エンリさん」

「不採用!!」

「ええ〜、そんなあ〜」


 目出度めでた大学文学部3年生、花蜜花かみつかちゃん。

 正式採用を前提にインターン受け入れ決定。


 どうなるのさ・・・

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