毒に当たるなら解毒剤を作ってからにしろ! ⚠️
『明日から臨時休業いたします』
アパートに帰って風呂から上がりノートPCでサイケデリック・ファーズのプリティ・イン・ピンクをガンガン鳴らし始めた時、常連客のわたしたちがフォローしているせっちゃんの『ダイナー』のアカウントで突如上記のツイートがタイムラインに流れてきた。
と同時に、やはりLINEの常連客グループに次々とコメントが入ってくる。
クルトン:えーっ! どうしてどうしてっ!?
ハセ:どうしたんだろう。こんな突然。
アベ:もしかして病気とか?
わたしも大慌てでコメントする。
エンリ:今から事情聴取して来るね!
外に出て隣の部屋のドアをガンガンノックする。
「ボンボンボンボンボン!」
ガチャっとドアを開けてボンが顔を出した。
「エンリさん、僕の名前はボンですって」
「えーい、このやり取りはもういい! それより何で明日から臨時休業なのよ!? ってか大体どうしてこんな時間にアンタが部屋にいんのよ! お店の片付けとかどうしたの!?」
ボンの襟首をつかんでグイグイ問いただすと、揺れる頭で声もゆらゆらした答えが返ってきた。
「え〜。なんか〜」
「なんか、何よ!?」
「ちょっと〜、保健所が〜」
「保健所? なによそれ!?」
「保健所が〜、明日の朝から調査に入るから〜、今日は〜、もう〜、帰っていいって〜」
「保・健・所・がっ、何・しに・来・る・のよーっ!?」
「食・中・毒・疑・惑・ですってーっ!」
なによ、それ。
・・・・・・・・・・
ついに朝のヘヌエチケーのニュースにも出てしまった。
『
思い切り店の映像もテレビに流れた。ツイッターでも、『怖っ! きったない店だったからなー』とか、『あそこのおばちゃん厚化粧でさ』とか、無責任なツイートがどんどん流れてくる。
せっちゃんは対応に忙殺されてるようで、昨夜からLINEも反応ないし臨時休業とお詫びの挨拶以降ツイートもない。
たまりかねたわたしたち常連客はホームタウンに帰り着くと駅裏のファミレスに集結した。
「えー、ただ今から『せっちゃんの店を救おう!』第一回シンポジウムを始めます!」
「・・・ボン、いいから黙って座ってて」
「うん。シンポジウムの用法が違うしこんなこと二回も三回もあったらたまったもんじゃないから」
「エンリさんもクルトンちゃんも冷たいなあ」
「それより風評被害が怖いね。ツイートでも悪質な誹謗中傷が流れてたからね」
アベちゃんが冷静な発言をするとミーティングの空気がぐっと締まった。
「せっちゃんは衛生管理には神経質なぐらいに気を遣ってた。手洗いなんてオペ前の外科医レベルの念の容れようだったし食器も洗った後すぐに温熱乾燥してたし。調理の過程の丁寧さなんてここのファミレスに見せて指導してやりたいぐらいだよ」
ハセっちがそう言うとファミレスの店員さんが顔をしかめたのでゴホゴホっ、とみんなでごまかした。
「と、いうことはボン! アンタかっ!」
「ええっ!?」
「アンタがトイレの後手を洗わないクセは泊まったときに確認済みよっ!」
「お店でそんなことしませんよ〜。いくらエンリさんでも酷いですよ〜」
「うん、エンリちゃん。ボンの衛生観念はともかくせっちゃんはきちんとボンに指導徹底してたからそれはないよ。それに泊まったとか生々しい話、わたしは聞きたくないよ」
「ご、ごめんね、クルトンちゃん」
「あ、すみません、ちょっとトイレ」
言ってる側からボンがトイレで席を立ち、全員ずっこけた。
程なくしてトイレから戻ってくるボン。
「ちゃんと洗ったでしょうね」
「洗いましたよ。それよりエンリさん、あそこのスーツ着た男の人」
ボンがドリンクバーに近い席の中年サラリーマンを指差したので全員一斉に目を向ける。
「なんか、『食中毒』がどうのこうのってスマホでぽちぽちやってて」
「あ、盗み見ー」
「クルトンちゃん、見えちゃったんだよ。なんかすっごい長い文章打ってるから気になって」
なぜかぴーんと来たわたし。スマホを取り出してツイッターを開き、『穂夢田運駅 、ジューススタンド、食中毒 』でタイムラインを検索した。
「あ、これかな?」
『食中毒男:今、駅裏のファミレスで帰宅前の小休止。まだ食中毒から体調もどらず。酷い目に遭った。ジューススタンドのババアのせいだ』
『あのタマゴサンド、食べた時からヘンな味とは思ったんだよねー。とんでもない食中毒ババアだ』
みんなでわたしのスマホとスーツ男の指の動きを交互に見る。
ツイートとタップが完全に連動してる。クロと断定。
「事実かどうかはともかくとにかく酷い内容だ。これじゃあ名誉毀損だ」
「誰か注意しに行ってよ」
クルトンちゃんがそう言うと、わたしとボン以外の3人が揃ってこちらに顔を向けた。
「カップルで言って来たら?」
まったく納得できないけれどもボンとわたしで注意しに行くことになった。とにかくせっちゃんのためだ。この際細かいことは考えないようにしよう。
そしてボンがいきなり本領を発揮した。
「こんちはー」
「え? 何アンタ?」
「えへへー。相席いいですかあ?」
「はあ? 席なんてガラガラじゃないか?」
「いやー。ここが一番ドリンクバーに近いもんですから。んで、彼女も一緒でいいですかね?」
「はあ?」
『彼女』という言葉にはなぜかムカッとしたけれども抑えて抑えてわたしもヘラヘラと対応した。
「えへへへ。彼氏があ〜、この席がどうしてもいいって言うもんですからあ」
バカップルのふりをしてソーダ水を手にどかっとサラリーマンの真正面に腰を下ろした。
そのままわたしとボンとでヘラヘラしてるとサラリーマンが席を移動しようと立ち上がりかけた。まあ、正常な反応だよね。そこを逃さずわたしは畳み掛けた。
「ほんとにあの店のせいなんですか?」
いきなり真面目な顔になって彼は浮かせていた腰をどかっと下ろした。
「あの日は夜にタマゴサンドをあの店で食べただけだ。朝から外回りで駆け回ってて朝食も昼食も摂っていない」
ボンが首をかしげる。
「んー? 確かあの日は途中でタマゴサンドの具が切れたから僕が早い時間から仕込みを始めたような・・・」
「な・・・アンタあそこの店員か!?」
「ええ、そうですけど・・・でも具があったかなあ?」
「し、知るかそんなの! だったらアンタが仕込んだばかりの具で作ったんだろうよ!」
「彼が疑うようなことを申し上げてすみません。でも本当にわたしたちあのお店が食中毒を出すなんて考えられないんです。とても清潔に営業してるのを知ってますので」
「ほんとにうちのタマゴサンド以外食べてないんですかあ?」
「さ、さあな。もしかしたら夕方小腹が空いた時に何か軽く摘んだかもしれんが、ア、アンタの店のタマゴサンドが原因に間違いないっ!」
「ほんとですかあ?
「ボン・・・そんな『食べ合わせ』なんかで・・・」
「ど、どうして分かったんだっ!?」
・・・・・・え?・・・・
ボンが放った冗談でサラリーマンが白状し始めた。
「じ、実はあの日、不倫相手とデートした後にうな重を食べたんです」
「へえ・・・それで?」
「妻が持たせてくれたおにぎりを残したら怪しまれるので帰りの電車の中で無理して食べたんです。そしたら梅干しのおにぎりでした・・・」
「ふうん・・・それから?」
「急にお腹が痛くなって、我慢できなくなりました。ただ事じゃない痛みでした。なんとか駅まで耐えて、それでもこのまま家に帰って病院にでも行こうものなら鰻と梅干しの食べ合わせが分かってしまうのではないかと・・・そしたら妻に不倫のことも悟られるんではないかと・・・」
「ほう・・・んで?」
「とにかく偽装工作しなくちゃと思って何か食べ物屋はないかと駅の構内を見渡したらあったのがあなたのお店です。とにかく入った事実だけでも作ろうと店に入り、コーヒーだけ頼みました。軽食メニューでぱっと目についたのがタマゴサンドでした」
「あ、そう。ほいで?」
「家に着いても全然痛みが収まらず、妻に救急車を呼んでもらいました。妻がどうしたの? って訊くもんですから、『駅のジューススタンドでタマゴサンドを食べた』と・・・」
「ふてえ野郎だ! エンリの
「ボン、この状況で冗談が出るアンタをまずどうにかしたいよ」
そうは言ったもののボンの冗談で真実にたどり着けたこともまた事実だ。
クルトンちゃん、ハセっち、アベちゃんも揃ったところでわたしはサラリーマンに告げる。
「ねえあなた。自首して? それで腹痛は鰻と梅干しの食べ合わせだって正直に言って?」
「そ、そんなことしたら私が偽証罪に問われる。それに妻に不倫がバレてしまう」
全員で声を揃えた。
「知ったことかっ!!」
・・・・・・・・
結論から言うと食べ合わせはともかくサラリーマン氏が鰻を食べた店が食中毒の原因だと保健所の調査で判明した。その店は数年前にも食中毒で営業停止の処分を受けていたことも。
晴れて無実が証明された『せっちゃん’s ダイナー』だけれども、傷は浅くはなかった。
「はあ・・・未だに誹謗中傷のツイートがちらほらしてるよ」
「クルトンちゃん。わたしも事実を伝えるツイート流してるんだけど面白おかしい内容の方を信じるひとたちの方が多いのが現実だね」
落ち込んでるかと思ったせっちゃんが一番強かった。
「まあ、いいわよ。みんな神さまじゃないからね。真実はすべて『風に吹かれて』よ」
せっちゃんが言ったのは当然ボブ・ディランの方なんだろうけど、わたしにとってはエレファントカシマシの『風に吹かれて』の方がグッとくるな。
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