甘い甘〜い夜を♡🍮🍰🍦🍭🍩🍬
「ただいまーっ!」
わがホームタウンの最寄駅の改札を出た真ん前にある、せっちゃんの『ダイナー』。ブラック企業という戦場から生還したわたしの挨拶は当然こうなる。そして今日の戦利品をわがゴッド・マザーであるせっちゃんに献上する。
「あら、エンリちゃん。たい焼き?」
「うん。うちの会社の前にバンで移動販売に来るんだ。まあひとつ食べてみてよ」
紙袋に無造作に何個も入ったたい焼きを渡すとせっちゃんは尻尾の部分を千切ってその断面を見る。
「あら。尻尾までアンコぎっしりだわ。この店は繁盛してるでしょ」
「さすがせっちゃん。まるで築地・・・じゃなかった。豊洲でマグロの尾びれの断面を見て脂のノリを見抜く仲買人みたい。その通り、これ買うのに随分並んだよー」
せっちゃんはコーヒーと一緒に小皿にたい焼きを1匹わたしの分乗っけてくれる。せっちゃんもわたしもこの気前のいいたい焼きをかぷかぷと食べる。
「ただいまー」
クルトンちゃんが帰ってきた。今日は塾の日だからわたしよりも遅い。そして手には一目でそれと分かる箱を2個ぶら下げている。
「せっちゃん、エンリちゃん、これ、お土産!」
クルトンちゃんが開けると箱の中には可愛らしい小ぶりのケーキが何個も入っていた。彩も華やか。特にラズベリーのタルトとパンプキン・ムースが目を惹く。
「塾の近くに新しいケーキ屋さんができたの。どう? すごくかわいいでしょ」
「ほんとね。インスタ映えしそうね」
「せっちゃん、no,no。これは人様に晒さずにほんとにプライベートで楽しむためのケーキだよ」
「あら。宣伝してあげればいいのに」
「必要ないもんあのお店には。だってものすごい若い夫婦でやってて、今のキャパが美味しさを維持する限界だって言ってたし小さなお店でこじんまりとやりたいんだって」
「ふーん。そういうもんかねえ」
「わかるよ。まだ売れてないけどとても美しいロックバンドを見つけたような、そんな嬉しさだよね」
「あ、さすがエンリちゃん。まさにそんな感じ」
「でもクルトンちゃん。こんなに買ったら高校生のお小遣いじゃきついでしょう?」
「エンリちゃん、ご心配なく。いつもお世話になってるこのお店のみなさんにどうぞ、ってお母さんがお金くれたの。こっちの箱は家に持って帰る分だから安心して」
ということでそれぞれの飲み物の脇にたい焼きとケーキの皿が並んだ。
いやー、今夜は大漁だわ。
「ただいまー」
ハセっちもご帰還。
これまた手に和風な手提げ袋をぶら下げて。
「あれ? 紅白饅頭」
セロファンで1個ずつ包まれた白と淡い桃色の栗饅頭だった。とても可愛らしい小型のやつで、栗一個の大きさの周りをつぶあんと薄い皮で包んだ、小ぶりながらぷりっ・もちっとした食感が評判の老舗和菓子屋さんの定番商品。
「いやー。中途採用で今日入社した女の子がね、ご両親が持たせてくれたんで皆さんでどうぞ、ってね」
「へえー。入社に手土産持たせるなんて今時古風なご両親だねえ」
「せっちゃん、それがさ。その子のご両親て父親がアメリカ人で母親がインド人なんだよ。日本文化に憧れて移住してきたご家族でさ」
「わ。ステキ」
海外の大学を目指すクルトンちゃんが目を輝かせる。
「そうなんだ。日本人以上に日本の古い習慣をリスペクトしてくれてるんだよね」
かなり余裕を持って数量を用意してくれたらしい。紅白合わせて10個以上あったので、これまた皿に乗せて配られた。なので、たい焼き・ケーキ・一口饅頭がわたしらの眼前に鎮座した。
「ただいまー」
アベちゃんも帰ってきた。まさかとは思うけど・・・
「あ、やっぱり!」
「な、なんだい? おや? テーブルの上が随分賑やかだね」
「アベちゃん、それ、スイーツでしょ!」
クルトンちゃんが期待に目をキラキラさせて問いかけると。
「クルトンちゃん、ご名答。しかもこういうやつ」
ものものしい包装を解いてアベちゃんが取り出したそれは楕円がかった燦然と輝く球体だった。
「国産マンゴー。1個●万円」
「う、わ・・・」
皆ヨダレを垂らしてるんじゃないかというわかりやすい表情をしている。かくいうわたしも飛びつきそうになる本能をかろうじて抑えた。
そしてアベちゃんが九州に住む親戚からもらったという王様的な果物を含めてテーブルに乗り切らないぐらいのスイーツが並べられた。
たい焼き・ケーキ・一口饅頭・●万円マンゴー。
ああ。
平日のなんでもない夜にこういうパラダイスが顕現してもよいのかしら。
「せっちゃん、そういえばボンは?」
「買い出しに行ってるわ。もうすぐ帰ると思うよ」
ボンを驚かせようと思ってなんとなくスイーツ連合に手をつけずに待つみんな。お預けを食らうわたしたちの顔がだんだんとペットじみて来た時、
「ただいまー・・・」
とボンが帰ってきた。
買い出しの品物が詰まったエコバッグの他にいかにもそれらしいオレンジのストライプが入った手提げ箱を持っている。
「ボ、ボン・・・それってもしかして」
期待に胸を思い切り膨らませているみんなを代表してわたしはボンに切り出した。
「あ、エンリさん分かります? そう、これですよ」
ぱかっ、とボンが箱を開く。
「・・・唐揚げ?・・・」
「ええ。スーパーで買い出ししてたら惣菜コーナーに売り子さんがいて。最後の一箱だから値引きしとくよ、って。ほら」
そう言って箱の反対側を見せるボン。
『¥398→¥298』という値札シールが貼られている。
ふう、とため息をつくみんな。
せっちゃんは静かに唐揚げの皿をみんなの前にプラスした。
「ボン、また要らないもの買っちゃって。バイト代から引いとくからね」
「せ、せっちゃん、それはカンベン」
「ダメ」
「ああ。こんなことなら黙って食べちゃえばよかった」
ああ。
ボン。
スイーツを食べる順番考えるだけでも頭を悩ませてたのに、こんな爆弾、どのタイミングで食べればいいのよ。
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