ハロウィンで、ナース? 👻
「トリック・オア・トリート!」
「やめて」
せっちゃんの『ダイナー』で菓子盆に入った駄菓子をじゃらじゃらさせてわたしに語りかけてきたボンに、間髪入れずに告げたもんよ。
「エンリさん、ハロウィンですよ? 盛り上がりましょうよー」
「家でやって」
「なんなんですかエンリさん。ハロウィンが嫌いなんですか?」
「どちらか必ず回答しろって言われたら、嫌い」
「なぜ?」
なぜだって?
それはねえ・・・・・・・・・・
時を遡ること◯◯年前。わたしはうら若き少女だった。属性とすれば最強の女子高生時代。
わたしの街にもとうとうハロウィンの荒波が押し寄せてきていた。わたしはクラスの女子集団に有無を言わさずにハロウィン参加を言い渡された。
「エンリー(そのころから今と同じニックネームでした)エンリのコスチュームはー?」
そんなの知ったこっちゃなかったけれども一応参加を承諾した以上はなにがしかの扮装をしなくてはいけないらしい。ある衝撃的な女性シンガーのデビュー頃の曲が好きだったのでこう答えておいた。
「ナース服かな、やっぱり」
「おー」
なんの『おー』かは分からないけれども、問題はナース服をどうやって調達するかだ。友達曰く、「ハロウィン専用の衣装を売ってる店があるから」ということだったのだけれども、二度と着ない服をわざわざ購入するほどの経済的心理的余裕はなかった。
なので、クラスの子たちに素直に訊いた。
「本物でもいいの?」
一瞬意味が分かんなかったみたいだけど、わたしが「病院へ行く」と言ったらようやく理解してもらえた。
わたしの年上の従姉妹が勤務する市民病院に、ナース服を借りに行った。
従姉妹は点滴のスタンドをカラカラと引っ張りながら忙しそうにわたしに応対してくれた。
「ごめん。今洗濯してある服がちょっとアレなヤツしかなくって」
「お姉ちゃん、なに? アレなヤツって?」
「3日前に対向車と正面衝突した軽四を運転してた大学生の女の子が血だらけで救急処置室に運び込まれて来てわたしがハサミで服を切り裂いて傷口を露出させて先生がとにかく出血がひどいっていうんで仮処置で縫合したんだけど、わたしが傷口を洗浄する役回りでその時に血もドバドバ服に着いちゃってじっとりと下着を通じてその湿っぽさが伝わってきたっていうその時の制服」
「・・・その大学生の子は?」
「死んだよ」
こういう状況だったけれども、ハロウィンはその週末に迫っていたもんだから、じゃあそれでいいよ、って借りることにしたもんよ。
んで、従姉妹のお姉ちゃんは夜勤で寂しいから泊っていけって言ってさ。
え、なんで? っていう疑問よりもなんだか病院で一晩明かすっていうのがちょっとした小冒険のような気がして、うん、って言っちゃったんだよね。
「ああ。またナースコールだ」
「? お姉ちゃん、行かなくていいの?」
「トゥル・トゥ・トゥルットゥー、っていうのは門田のじいちゃんのイタズラだからいいのよ」
看護師さんたちとナースステーションでなんとなく恋バナなどして夜長を過ごした。男の看護師さんも一人いるけど別に普通に。
「ねえ、従姉妹ちゃん」
「はい」
「女子高生なら楽しいことばっかりでしょ」
「いえ。むしろふん詰まりのような苦々しい日々ですよ。人に気を遣わなきゃいけませんし、大体わたしハロウィンとかよくわかんないですし」
「ああ、分かる」
「うん、分かる」
「そう、それよ」
5人いて5人、ハロウィンが分からないと言った。
どういうこと?
夜も更けて次の日もわたしは一応学校があったので、仮眠をとらせてもらうことになった。
仮眠室はなんと空いている病室だという。
「気を付けて」
どういう意味かよく分からなかったけれども個室のこぎれいという感じのする病室の、シーツの裾がきちんと揃えられたベッドにもぐりこんで、ふわわわわわ、と5分ほどして寝入ったと思う。
『返せ・・・』
んん? なに?
『人生を、返せ・・・』
いきなり、枕の接した壁から暗いのに白いと分かる細い腕が数十本、にりにりにり、とわたしの鼻をかすめるように突き出された、のが見える。
どうやら金縛りというやつに遭ってるようで、足のふくらはぎもこむら返りを起こしそうな状態が続く。
どういうつもりなのかわからないけど、その白い腕はもげもげとわたしの顔の上で恨めしそうな動きをしている。
男の声と女の声が混じったような雰囲気の悪い声質でまた言った。
『人生を、返せよ・・・』
金縛りだけれども、動いた口で思わず怒鳴った。
「はあ? 人生だって? そんなこと言うなら、わたしの青春を返せ!」
『・・・・・・・』
「こら! 黙るなよ! わたしはうだつが上がんなくて高校だって第一志望落ちて、その面白くない高校で面白くないクラスの女子どもと一緒にハロウィン出るんだよ? あ、あんたがハロウィン出たら? きっとみんな喜ぶわー、真に迫ってて」
『・・・・・・・・・・』
「だから黙るなって! こっちは16でもう人生に疲れ果ててるんだよ。やってられんわー! 出るなら自己実現して美人で金持ちのところに出ろよ、この無能がっ!」
そしたら、消えた。
・・・朝になって看護師さんたちが口々に「大丈夫だった?」って訊くからさあ、こいつら全員確信犯だって思ったけど、こう答えといたわ。
「出るならナースステーションに毎晩出ろってアドバイスしといた」
そうしたらみんなビビってたなー。
・・・・・・・・・・・
「・・・・という、ことがあったのよ」
「うわ。別にそれってハロウィンのせいじゃないじゃないですか」
「うっさいなー。どっちにしろその夜以降、なんだかわたしの人生の浮き上がる瞬間が一度もないんだよ、ボン。ハロウィンがなけりゃ、あの晩病院に行くこともなかったし、やっぱりハロウィンのせいだわ」
「まあ、まあ。それでその血染めのナース服を着てハロウィンはどうだったんですか」
「全滅したわ」
「? 全滅の意味が分からないんですけど」
「文字通りよ、ボン。金曜の夜、クラスの女子どもと中心街に繰り出したわたしはほどなくみんなとはぐれ、気が付くとナース服コスプレの同志の一団と共に行動していたのよ」
「そんな特殊なご同人たちがいたとは・・・」
「まあ否定はしない。それでナース服軍団はやっぱり白衣のマッドサイエンティストの一団と鉢合わせて遭遇戦に突入したのよ」
「いい大人が」
「そう、いい大人のわたしたちは法治国家の中心街、一般市民同士で抗争を繰り広げたのよ。5分で鎮圧されたけど」
「全滅とは」
「所詮ナース軍団は医療従事者よ。医師にはかなわなかった、ってことよ」
「うーん。でもエンリさんのナース服、見てみたかったですねー」
「写真、見る?」
「え?」
スマホに大事にとってあった、ハロウィン当日の写真をボンに見せてあげたよ。
「う・・・わー」
洗っても一部血が落ちなかったナース服を着てマッドサイエンティストたちが白衣をなびかせている前で、うなだれているナース服のわたしたち。まあ、周囲もゾンビやらうようよの異様な集団だから、少しはまともに見えるその写真。
「エンリさん、ハロウィン嫌がってる割にはこの写真大切にしてたんですね」
「・・・わたしの青春の終わりだからね」
久しぶりに、ハロウィンで闊歩してみようかな。
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