仕事をきちんとやった夜は✨🍸

「ネリキリくん、行くよ!」

「はい、エンリさん!」


多分せっちゃんの『ダイナー』にばっかりいる印象を持たれてると思うけど、日中は一応仕事している。悲しきリーマン女子なので。

そしてここ最近のわたしの相棒は入社3年目のネリキリくん。ニックネームの由来は「練り切りが好きだから」


あ、そもそも練り切りって知ってる?

あんを使った可愛らしい和菓子。扇だとか鳥だとか桃だとか、芸術品といえるような色と形で見てるだけで楽しくなるお菓子。

まあ、若者にしたら渋い趣味だよね。


んで、今日はいつも通りペアでお客さんに営業かけに行くんだけどさ。

ちょっと気を遣う相手先なんだよね。

まあ、みんな気を遣わなきゃいけないんだけどさ、ややエキセントリックなおじいさまなもんで、特にね。


「こんちわーす!」


これはネリキリくんだけの挨拶じゃない。女子であるわたしもこんな感じだ。

社長さんはいつものように年季の入った木製のデスクに置いたノートPCの画面を目を1mmぐらいの細さにして覗き込んでいる。老眼か近眼か両方か。


「・・・来たのか」

「来ました」


いきなり灰皿が飛んで来た。


「お前らのとこのこの間の型番、舐めてんのかよ!」

「いえ、別に舐めてません」


わたしは事実とわたし自身の嘘偽りのない感情を述べたよ。

だってこんなやかましい社長をわざわざ舐めるなんて冒険はできないからさ。


「おい、ネリキリ!」

「は、はいっ!」

「お前は会社辞めて練り切りでも食ってりゃいいんだよ!」


ありゃー。

まあこの程度のやりとりなら日常茶飯事だから別にいいんだけど、ネリキリくんがちょっと可哀想だな。フォロー入れてあげよっか・・・と、あれ?


「言われなくても食ってますよ」

「お? なんだ、今日は偉く反抗的じゃねえか」

「社長、俺は会社を辞めたりしませんよ」

「ほー。なんだ、俺を見返すまで辞めねえって根性があるってことか?」

「そんなもんありませんよ」

「ちょちょ・・・ネリキリくん!」


ネリキリくんにしては珍しく度胸満点の雰囲気出してるのはいいんだけど。


「俺が会社を辞めない理由はただひとつ」

「なんだ?」

「給料もらえないと練り切り買えんでしょうが!」

「な、なに!?」

「だから、受注ください! 社長、俺の練り切りのために!」

「帰れ!」


・・・・・・・・・・・・・


「すんません、エンリさん」

「いや別にあの社長とはいつものことだからいいんだけどさ・・・今日はなんであんなにガンガン言ってたのよ?」

「俺、いい加減ヘラヘラ頭下げてるのが嫌んなってきたんですよ」

「いやー。それを言ったら元も子もないでしょ。わたしらの仕事で頭下げないってのは不可能だよ」

「そうですか? もしうちの会社の商品が品質も価格競争力も世間での認知度も抜群だったら頭なんて下げなくても『買わせてください』って殿様商売できるでしょう?」

「ネリキリくん。うちはそんな力のない会社だし力のない商品しかないから」

「エンリさんこそ元も子もないこと言わないでくださいよ。大体『人間関係』なんて曖昧なもので価値のない商品を売りつけるなんて失礼な話じゃないですか」

「うーん」

「やなんですよ、そんなの」


わたしはネリキリくんに提案した。


「たまには飛び込みで営業かけてみようか?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


わたしらが飛び込んだのはローカル局のテレビCMで子供の頃から見ていた近隣県を中心に展開するラーメンチェーン店。


「こんちわーす!」

「らっしゃいやせー!」

「あの、お客じゃないです。セールスです」


ここまで一気に叩き込む。そして、ネリキリくんが店長らしき人に訊く。


「ここって本店ですよね?」

「は? ええ、まあ一応」

「なら、交渉はできますわね」


おっとと。『できますわね』なんてわたし言っちゃった。なんか飛び込み営業ってシチュに高揚したわたしの営業人格が四重人格ぐらいになって眠り込んでた未知というか既知なんだけどお披露目せずにとっておきにしとくつもりだった至宝を惜しげもなく出したのさっ!


この営業、勝ったな!


「おっしゃる通り、僕はこのエリアの統括店長で、オーナーから中核店舗の仕入れ権限を与えられています」

「ならば!」


わたしは指を3本出す。


「いかがかしら?」


ネリキリくんもアシストしてくれる。


「他社にはないデリバリーのスムースさをお約束します」


お。ネリキリくん、そのストロングポイント、ナイス!


「わかりました。では、とりあえず、3で。以後はお客さんの反応を見ながら」

「ありがとうございますっ!」


業務用つまようじ、4店舗、3か月間のオーダー、ゲット!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「エンリさん、そういえば今日金曜ですね。どっか連れてってもらえませんか?」

「いいけど、ネリキリくんは甘党でお酒ダメでしょ?」

「エンリさん、前言ってた行きつけのお店は?」

「え。ただのジューススタンドだし、わたしの地元だよ?」

「そこ、連れてってください」


うーん。ま、いいか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


金曜の夕方、今日は営業回って直帰の日なのでそのままわたしのホームタウンにネリキリくんと二人して電車で降りたち、改札をくぐってせっちゃんの『ダイナー』に入り、カウンターに並んで座った。


「・・・水」

「ちょちょ、ボン。いつもは愛想だけが取り柄なのにぶっきらぼうだねえ」

「別に・・・」

「あなたが、『ボン』さんですか?」

「はい? 初対面の人に馴れ馴れしく呼ばれるいわれはないですけど」

「ボンさんなんですね? エンリさんから噂はいつも聞いてます。とてもいい人だと」

「え? ほんと?」

「はい。いい人だから余計に残念だと」

「は?」

「だから、『残念』だと」

「なに、それは?」

「『残念な人』だと」

「エンリさん、そんなこと言ってたんですか?」

「いや、言ってない言ってない。そんな、『残念な人』なんて」

「ほら、ネリキリくんとやら。僕が残念な人なんてエンリさんが言うわけないじゃないか」

「そうそう、『かわいそうな人』って言ってるだけだから」

「あ、エンリさん。すみません、そうでした。『かわいそうな人』でした」

「ひ、ひどすぎるっ!」

「それよりボン」

「え? この状況でどういう文脈で『それよりボン』なんてセンテンスが出てくるんですか?」

「それよりボン、お客さんいなくて暇そうだから、ボンも一緒に飲まない? カフェオレとかならわたしおごるよ」

「・・・せっちゃん、サボっていいですか?」


せっちゃんは金曜夕方の再放送の探偵もののドラマを観ている。手をぴらっ、と振ってOKのサインをくれた。



「ボンさんはエンリさんのこと、好きなんですか?」


ブ・ゲホッ、と吐き出しつつせき込むボン。わたしもちょっとだけ眉をぴくっと動かす。


「・・・僕が好きなんじゃない。エンリさんが僕のこと好きなんだ」


ブブ・ゲホホッ、とより深く吐き出しながらせき込むわたし。光速で否定する。


「わたしじゃない。ボンがわたしのこと好きなんだよ!」

「よーく、わかりました」

「え」

「え」

「エンリさんとボンさんは付き合ってるんですね」


どうしてそうなる・・・って、そうとしか第三者には映らないやり取りだったか。


「俺、諦めます」


ん? 


「俺、エンリさんのこと、好きでした。でも、こうしてずっと気になってたお店に来れて、ボンさんとエンリさんを見て諦めがつきました。二人はとてもお似合いです」

「そうか! ネリキリくん、いいヤツだな!」

「ちょちょ・・・あきらめないでよ、ネリキリくん!」


ボンが世の無常のごとき速やかさで反応したセリフに対し、わたしもお釈迦様が悟りを得た瞬間の神速さでカウンターをかぶせた。

ボンがさらにそれを出勤時にウツになるスピードで返す刀のように斬り付けてくる。


「なぜ!?」

「え。だって普通に考えてネリキリくんの方がしっかりしてるし、経済的にも・・・うちの会社だから盤石とはいえないけど、ボンよりは安定してる」

「げげ」

「いえ。エンリさん。俺、諦めました。来週からもまたビシビシ仕事で鍛えてください。ボンさんにはかないません、色んな意味で」

「ネリキリくん、キミ、いいヤツだなあ!」


いや、ボン。多分言葉通り、微妙だと思うよ。


「みんな、朝来たお客さんから酒饅頭もらったんだけど、食べる?」


せっちゃんがそう言って一人ずつ酒饅頭を配ってくれる。


「ネリキリくん、和菓子好きだからよかったね」


ん? 返事がない。


「ネリキリくん?」

「すみません・・・酔いました」

「? 何に?」

「酒饅頭に」

「え」


ボンがなぜか声を低くしてダンディに喋った。


「エンリさん。僕は酔いませんよ」

「だから?」


ああ。素直な四重人格が出てきてほしいわ。



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