ニックネームはかわいくね♡

月曜の夜。


週のしょっぱなから思いがけず残業になっちゃって、我が駅にたどり着いたのがこんな遅い時間になっちゃった。

ほうほうの体でせっちゃんのダイナーにたどり着く。


「ねえ、せっちゃん」

「なあに、エンリちゃん」

「アベちゃんは『安倍さん』だからアベちゃんだよね」

「そうね」

「わたしは『遠里とおさと』だから音読みでエンリ、ハセっちは『長谷川』をもじって、クルトンちゃんはお味噌汁にまで入れるほどクルトンが好きだから、ボンはどうしようもないボンボンだから」

「ほっといてくださいよぉ!」


ボンの遠吠え程度はまあ無視しておいて、わたしは本題へっと・・・


「せっちゃんは、『セツコ』さんだから? それとも『セツヨ』さんとか?」

「はははは。知りたい?」

「うん、知りたい知りたい」


わたしとボンはお互いの体を知ってるだけあって思わず声が揃ってしまった。気恥ずかしいわぁ・・・


「あのね、わたしの本名は『田辺・セイント・キヨミ』」

「え?」

「父親がロンドンっ子。母親が浅草っ子。ハーフよ。ミドルネームのセイントを縮めて『せっちゃん』」

「え、ええっ!?」


またまたボンと声が揃った。でもそれどころじゃない、わたしはせっちゃんに詰め寄る。


「でもでも。全っ然ハーフっぽくないよ?」

「あら。わたしの目をよーく見て」


言われてボンと2人してせっちゃんの顔を覗き込む。3人してキスできそうな距離だ。


「あ」

「緑だ!」


じいっと定点観察するように見つめていると確かにせっちゃんの目は緑色に光った。


「父親が ‘green eye’ だったのよね」

「わ。’green eye’ だけネイティブの発音やめてくれる」

「しょうがないじゃない。15の時までロンドンで育ったんだから」

「まさか、せっちゃんが帰国子女だったとは・・・」


3人でわやわやと盛り上がっているところに高校の制服を着た女の子が2人して入ってきた。


「あら、クルトンちゃん、今日は随分遅いのね?」


せっちゃんがクルトンちゃんに声をかけるともう1人のシュッとした感じの子がクルトンちゃんに話しかけた。


「へえ・・・アンタ、『クルトン』なんて呼ばれてるんだ。はは」

「う、うん・・・せっちゃん、アイスココアふたつお願い」

「2人とも同じね。仲良しなのね」


いや。


クルトンちゃんは塾なんかで遅い時間になる時は必ずコーンスープを注文する。

せっちゃんが彼女専用にストックしてるクルトンを入れてもらって。


なんか、様子がヘンだな。


「ねえねえ。毎日ここ寄ってるの?」

「毎日、じゃないけど。週4ぐらいで」

「うわ。なんか女子高生っぽくないわあ。やっぱりアンタらしい」

「そ、そうかな・・・」

「うんうん。やっぱりキモいわあ、アンタ」


ダメだ、あっと言うまにわたしの脳が沸点に到達した。


「ちょっと、あなた」

「あ? 誰? アンタ」

「年上の女に向かってアンタ、か。まあいいわ。ねえ、なんでクルトンちゃんがキモいのよ」

「あ、エンリちゃん、いいの、別になんでもないの」

「クルトンちゃん、なんでもなくないよ。だって様子がヘンだもん。なんか対等じゃないっていうか」

「あ、アンタ鋭い! そうそう。ウチらが対等なわけないじゃない」

「ええ?」


なんだろ。クルトンちゃんは確かにおとなしい子だけど、わたしら大人に混じってもちゃんとはっきりものは言うし、おどおどせず堂々としてるんだけどな。今夜の彼女はいつものクルトンちゃんと似ても似つかない・・・


「ねえアンタ。こいつのホントのあだ名、教えてあげようか」

「や、やめて・・・」


その時、パン! と音が鳴った。

ボンが手を打ったのだ。


「ねえねえ、クルトンちゃんのお友達? 僕のニックネーム知ってる?」

「な、アンタ何?」

「いやー、ここの店員だけど」

「し、知るわけないでしょそんなの」

「僕ねえ、『ボン』って言うのさ」

「ぷ。ボン? なにそれ?」

「まあ、ボンボンだからボンだ、とか言われてるけどね」

「バカにされてるだけじゃん」

「そうでもないよね。ねえ、せっちゃん?」

「そうそう。ボンはみんなから愛されてるよ。だってねえ・・・」


せっちゃんがグラスを洗いながらニコニコする。


「ボンの本名、忘れちゃったからさ」


はははははは・・・・あれ?

せっちゃんが続ける。


「それぐらい『ボン』っていうニックネームが馴染んでるのよねえ」

「ご、ごめん! ボン!」

「はい?」

「アンタ名前なんだっけ?」

「ボン」

「いやだからそれはニックネームじゃん」

「いや、ほんとにボンですよ。斉藤サイトウ ボン

「え、ええっ!?」


いや・・・出会った時から『ボン』だったから・・・まさか。


「ねえ、結局、なんなの? アンタらみんな」


クルトンちゃんの友達? がイライラした様子でわたしらに訊く。

逆にわたしが訊き返す。


「ごめん、訊いていい?」

「なによ」

「あなたの本名は?」

「下の名前? 桜子さくらこ

「なんて呼ばれてんの?」

桜子さくらこ

「じゃあ、ボンと同じじゃん」

「は? こんな人と同じじゃないよ。わたしのはニックネームじゃないもん」

「でも、あなたのこと桜子さくらこって呼ぶ人はあなたのこと好きでしょ? 例えばご両親とか、友達とか」

「まあね」

「じゃあやっぱり『桜子』がニックネームなんだよ。で、クルトンちゃんの本名は志保しほちゃん。あなたはそのどちらでも呼んでないってことなんだよね」

「まあね」

「あなたはクルトンちゃんの友達なの?」

「違う。えーと、オーナー? んでこの子はわたしのメイド。今日もアイスココア飲みたいって言ったらここに連れて来られただけ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


クルトンちゃん・・・・


パン・パン!


またまたボンが手を打つ。


「じゃあ今日からキミのニックネームは『オーナー』ね」

「はあ?」

「オーナー、アイスココアおいしかった?」

「ちょ、なんなんだよアンタは?」

「ボンって呼んでよ。で、オーナー、今日はこれからどうするの?」

「や、やめろよ・・・」

「え。だって、『オーナー』ってどっちかっていうと『尊称』でしょ? ならいいじゃない」

「ちっ・・・」

「ボ、ボン、やめてあげて。桜子は桜子だから・・・」

「いいの? クルトンちゃん」

「うん」

「わかった。じゃあやめる。よかったね、桜子ちゃん」


ボン。いい根性してるよ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


結局クルトンちゃんと桜子ちゃんはアイスココアを飲んだらそのまま帰ってしまった。

ただ、一応お勘定は別々で払ってた。


わたしは嘆いて見せる。


「あーあ。結局クルトンちゃんを助けられなかったわね」

「エンリさん、まあいいじゃないですか。僕らにとってクルトンちゃんはクルトンちゃんですから」

「でもなあ・・・」

「エンリちゃん。『クルトンちゃん』って呼び始めたのはエンリちゃんだったわね」

「うん。そうだけど。せっちゃん、どうして?」

「それだけでクルトンちゃんは救われてるわよ」


そうだといいなあ・・・・













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