白銀の中で
チャガマ
第1話白銀の中で
北海道か青森か新潟か、またはロシアか。よくわからない豪雪の日に僕は一人佇んでいた。深い森の中だ、恐らく。まだ日は出ていないようだ。しかし、薄暗い光が辺りを包んでいる。だが、吹雪で視界がはっきりとしない。僕はどうやってここまできたのか覚えていない。振り返ってみても、足跡は既に雪に白く埋められてしまっている。
息が白い。けれど、僕は随分と厚着をしていた。手袋やマフラー、長靴も履いて防寒に抜かりはなかったが、常に表面が顕になっている顔だけが凍える様に熱い。
『何をしにこんな所へ』という疑問は、『誰かが呼んでいる』という漠然とした思い込みのようなもので打ち消された。そう。誰かが僕を呼んでいる。それで、僕はこの吹雪の中歩いてここまでやって来た。けれど、どの道を通ってきたのかは、やはり思い出せなかった。
僕は歩く事にした。棒立ちしているよりは、動いた方が幾分かましに思えた。誰かが呼んでる。その先を勘を頼りに進んでいく。吹雪は止むことを知らないようで、冷気を帯びた氷の水滴が風に流されて服越しに身を打つ。
僕は黙々と歩いた。特に余計なことも考えずに、ただ歩いていた。幸い身体に目立った痛みや疲労はなかった。右も左もわからない森をひたすらに歩み続けて、不意に木々が消えた。森を抜けたのだ。しかし、吹雪は依然として猛然と舞い踊っている。その時、声が聞こえた。『声』ではなかったのかもしれない。『念』や『思い』と言った方が適切な、感覚的に訴えかけてくるような、そんな響きを感じた。
僕はやはり歩いた。その響きの先を目指して。そして、僕は雪の地面に僅かな窪みを見つけた。わざと跡がつけられたような窪みだった。僕はその窪みを更に堀り進めた。手袋が凍りついてしまうのではないかと思うほど、明確な冷気が手のひらに染みるのを感じながら、僕は作業を止めなかった。やがて、氷の表面が見えてきた。この雪の地面の下は湖だったのだ。僕は湖の氷がよく見えるように横向きに雪を掻き出した。
僕は見つけた。湖の氷の中にいる女の子を。見覚えがある。けれど、特に思い入れもない女の子。凍ってしまっている。死んでる?では何故、彼女は僕を呼んだのか。僕は本能的に『――――』と思った。わざわざ呼ばれて素直に出てきたのに、今更引けないという思いもあったのかもしれない。しかし、助けると言っても僕は何も道具を持っていない。手でなんとかできるものでもない。僕は無力だった。自然と涙が零れた。
その涙が、湖の氷を僅かに溶かした。
何年そこにいたのかもわからない。けれど、何年経っても止まない吹雪の中、僕は涙を流し続けた。一滴につきほんの僅か、微かに熱を持った涙が、湖の氷が溶けていくのを眺めながら、僕は涙を流していた。
僕の血も涙も枯れ果てる程の時が流れた。
僕の涙が彼女の所まで届いた。彼女はゆっくりと目を開き、僕を見た。僕の涙は自然に停まっていた。僕は微かに笑った。彼女は柔らかく笑った。いつの間にか吹雪は止んでいた。
どうということもない。僕は一人の女の子と、ただこの場所で――出会った。
白銀の中で チャガマ @reityeru2043
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