第32話 新しい旅立ちに向けて

 王様の宣言に逆らう人はおらず、僕達を馬鹿にしていた貴族……アグリさんはその後、周囲の貴族さん達の証言から謹慎処分を言い渡されて連れていかれた。罪状としては、王の主賓を侮辱した罪と国の式典で無用な争いを起こした罪であるとされたらしい。アグリさんは、自分に手を出したら騎士団指南役のお父さんが黙っていないと言っていたけれど、事の顛末を聞いた指南役さんは大激怒したらしい。僕達にではなく、アグリさんの行動にだ。


 日が変わって翌日、背の高いレイナートさんよりも頭一つ大きい、顔によぎり傷のある老人……指南役さんがアグリさんを文字通り引きずって僕達の泊る宿まで訪ねてきた。アグリさんの顔はしこたま殴られた痕があって、ぼこぼこな顔で喋る言葉はくぐもっていたが、どうやら謝ってくれたようだった。


「この度は、陛下を救って下さった大恩ある方に数々の無礼、謝っても謝り切れませぬ。この上はこの老首と共に愚息の命を以て償いと……」


 指南役さんがそんな事を言い出して、ただの村人である僕達に膝をついたりするものだから、僕達は慌てて気にしていない事を伝えた。結局そこから2~3時間ほどなだめて、ようやっと命を捧げるなんて言う事を諦めてくれた。アグリさんの処罰としては、騎士団の下っ端にまで身分を落として1から性根を叩きなおすと言う事に決まったようだ。

 付き従っていたレイナートさんが何とも言えない苦笑をしたのと、アグリさんの顔色が包帯でぐるぐる巻きになった上からでも判るほどに真っ青になっているのを見て、かなり大変なしごきが待っているのだと判ったけど、まぁ、僕はその辺りは知らない事にした。死ぬよりはずっとマシだろう。もう怒ってないけどね。うん、本当に怒ってないよ?


「……ともあれ、あとは私の処分を待つばかりだ」


「え、レイナートさんの!? な、何でですか!?」


 アグリさん親子が返った後に、レイナートさんは僕達3人と一緒に昼ご飯を食べていた。そんな中でそんな事を言ったものだから、僕は驚いてしまった。王様のあの感じなら不問なのだろうと勝手に思っていたのだ。エディも同じだったようで眉を寄せている。


「なんでもなにも、陛下の御前で剣を抜いたのだ。少なくとも、今までのように近衛の騎士の隊長をやっているわけにはいかぬさ。どのような理由であれ、王の許しもなく自分の意志で君に剣を向けた、それは許されるべき事ではない。許されたとしても、騎士道にもとる」


「でもほら、僕達の事や、アグリさんの立場を考えて、ああして戦ってくれたんですよね?」


「それでもだよ、リオ殿。騎士は私情で走るべきではなく、剣を捧げた主君の為にその剣を振るわねばならない。しかし、私はそれをする事が出来なかった。騎士としては落第なのだよ」


「それでも……」


 王様の決定でありレイナートさん自身も納得している内容だ、僕達がどう言っても変わりはしないだろう。判ってはいるけど、それで良いと納得することは出来なかった。しかし、食い下がろうとした僕にレイナートさんが向けた困ったような笑顔を見れば、自分が駄々をこねる子供のように思えて気まずくなり、口を閉じる。エディとロイドは黙ってパンを齧っている。なんだかまた男の子達にしか判らない空気なのかと思えば、僕はなんだか仲間外れにされたような気分になってしまった。そんな様子に気付いたのか、レイナートさんは僕に微笑みかける。


「有難う、リオ殿。大丈夫だよ、別に死罪になるわけではない。私もアグリ様の様に鍛えなおすだけの話だ。もとより若輩の身には分不相応な役職を与えられていた身だ、私としても気が楽ともなる。……だから、そんな顔をしないでくれ、君達は何も悪い事はしていないのだ」


「偉い人の顔をぶん殴っちゃったのも?」


「……まあ、あまり誰でも殴って良いというわけではないがね」


 あ、目をそらされた。そんな様子を見てエディが小さく吹き出し、釣られてロイドとレイナートさんが笑う。気楽な様子を見れば、少しだけ心を楽にする事が出来て、僕も笑ってしまう。


「私は、そして陛下は君達の味方だ。たとえ騎士と言う名誉をはく奪されたとしても、たとえ君達が国の外に旅をしていても、私達は君達の力になれるように最大の努力をする。だから、胸を張って前を向いて旅立つと良い。大丈夫だ、君達ならばどんな困難も超える事が出来るだろうからな」


 レイナートさんはそう言って酒場を出て行った。晴れやかな笑顔だった。



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「勇者達よ、お前達には向かってもらいたいところがある。と言うよりも、お前たちの旅の道すがらのお使いのようなものだ。隣国の議会に出席してもらいたい。」


 翌日、王様から正式に勇者としての任命を受ける為の謁見の時間だった。長い長い訓示やらかんやらを大臣さんが読み上げるのを眠気を堪えながら聞きとおし、王様から路銀と通行手形を頂いた。その後に、王様は話を切り出した。


「お前たちは魔王を尋ねようとしておるのだろう。その為には、この大陸から海の向こうの大陸に渡らなければならぬ。魔大陸、という呼び名がお前達にはしっくりくるか。絵本でも時々出てくるから知っておろう」


「魔物達が国を作っている大陸で、ひどく危ない場所だというのはきいております」


「俺達の村でも、夜遅くまで寝ないと『魔大陸に連れて行って魔物に売ってしまうぞ!』なんて脅されたもんだったなあ」


「然り。そこに渡る船を管理しておるのが隣国の協議会でな、こればかりは私の一存ではいかぬ。だが、お前達だけで行っても船は出して貰えぬだろう。魔大陸は魔王軍の侵攻により情勢が不安定でな、不要な航海、不要な人物は少しでも減らしたいというのが現状だ。故に、お前達が私の親書を持ち、議会に出席し許可を得てくるのだ」


「王様同士で話し合って決めたりは出来ないのか?」


 エディが僕が思っている事を質問してくれた。しかし、王様は首を振る。


「そうしようにも、あの国に王は居らぬ」


「王様がいない? じゃあどうやって国が成り立ってるのですか?」


 僕が次いで尋ねると、王様の隣に控えていた大臣さんが口を開いた。どうやら、決まった君主を立てずに、自治体や商人達の寄り合いが集まって出来上がった国なのだという。共和国、と呼ばれているのだと僕は初めて知った。王様の居ない国、そんな国があると考えた事が無かった。やり直し前は、そんな上の方の話なんて考えている余裕はなかったのだ。

 あの時は、王国を追われた僕達は魔物を倒してその報酬を受け取りながら旅を続けて共和国についた。海を渡る時には大量のお金が必要だと言われて困っているときに……そうだ、魔王軍が襲ってきたんだ、と思い出して身震いする。魔大陸を侵攻している魔王軍が、こっちの大陸からの人間軍の救援が来れないように港を襲ったのだと聞いた。


 共和国の成り立ちを長々と教えてくれる大臣さんの声を聞きながら、やり直し前の戦いを脳裏に浮かべる。沢山の魔物の中に、ひときわ強い魔物がいた。その後、僕達と何度もぶつかる事になる魔王軍の偉い人達。魔王直属の4人は四天王なんて呼ばれていた。その人達が街を壊すところで僕達は最初の戦いを行ったのだ。

 とんでもない強さで、僕達は何とか攻撃をしのぎ切るので精一杯だった。何故か、突然四天王が剣を引いて去って行ったので生き残ったのを覚えている。その時に見逃された理由を、僕達は結局知る事は無かったのだけれど。


 今の僕達がぶつかっても、きっと同じか、それよりも悪い結果に終わるだろうと思う。やり直し前とは違い、女神様の加護で強化されていないのだから。


「……おい、リオ。なんか顔色悪いぞ、ぶっ倒れるなよ?」


「え、あ、うん。……大丈夫、ちょっと、大変な旅になりそうだなって気がして」


 エディが声をかけてくれたけど、僕は笑って誤魔化す。まだ何か問いたげな顔をしていたけど、そこで大臣の説明が終わって王様が話し始めたので、僕達は揃って王様を見上げる。


「その議会に出席するには、ある程度身分が高く、顔を知られたものでなければならぬ。しかし、お前達は勇者であってもまだこの国以外では無名の子供だ、行って親書を見せてもまともに取り合ってもらえないだろう。協議会と私の王権はあくまで対等、出航を強要できるものではない」


 なので、と言葉を続ければ、王様はなんだか楽しそうに口髭の片側をあげる。そんな悪戯な表情をされても何が起こるか判らない僕達は目を瞬かせるばかりだったけれど。


「なので、お前達に供を着ける。身分があり、名が知れており、そして、お前達よりも年を経た大人の供をな。入ってまいれ」


 王様がそう言って王錫で地面を突く。とぉんと音が響けば、謁見の間に入ってきたのは……。


「「「レイナートさん!!」」」


「騎士レイナート、勇者御一行の供添えとしてご助力いたします。……昨夜にあんな風に格好つけた割に、早い再会となったが……よろしく頼むよ」


 純白のマントにサーコートの騎士はビシッとした騎士の礼を僕達に向けた後、そう言ってはにかんだのだった。



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 謁見が終わって、翌日の旅立ちに向けて早めに床に就いた。けれど僕の頭の中では、やり直し前に共和国で起こった四天王との闘いが何度も思い返されてしまい、どうしても寝付けなかった。せめて身体だけは休めようと目を閉じてまんじりともせずに居た僕は、隣のベッドで誰かが起き上がったのが判った。うっすらと目を開けると、エディが僕達を起こさないようにこっそりと部屋を出ていくのが見える。


 その手には剣が握られていた。僕はぼんやりと考えた後に、エディの後をつけてみた。階段を下りて、照明を落とした酒場を抜けて外に出る。そうしてエディが向かったのは酒場の裏庭だった。秋枯れ始めた芝を踏みしめて、エディは軽く柔軟をしてから剣を振るい始める。じっくりと確かめるように、黙々と素振りをする様子をしばらく眺めて、これはあんまり知られたくないことかもしれないと思い、僕はこっそりと戻ろうとした。しかし、その際に足元にあった枝を踏み折ってしまった。静かな裏庭にその音が響いて、僕はぎくりと硬直した。


「リオ、居るんだろ。別に怒りゃあしねえから出て来いよ、隠れてないでさ」


「え、エディ……バレてた?いつから気付いてたの」


「最初からバレてらァ。リオの気配ならすぐ気づくぜ」


 笑い声交じりの言葉に、僕はちょっと驚きながら顔を出す。肩に剣を置いて笑うエディ。こともなげに言ったけど、僕はやり直し前の経験からそれなりに気配を消して動くのには慣れているので、バレない自信があった。ましてや、僕の記憶ではエディは気配を読んあり探ったりって言う事を酷く苦手としていたはずだった。やり直し前には、僕が魔法で探ってエディが突撃するというのが常套手段だった位だ。


「何驚いてるんだよ、狩人ロイド直伝の気配読みだぜ。これっくらいはお手のもんさ」


 その言葉に僕は少し納得する。出会いや経験が変わった今の人生では、エディは僕の知っているエディとは違うエディに育っているのだ。数か月の間の変化でも、随分と大きい変化。そう思うと、僕は自分の一挙一投足が、どんな未来を呼び寄せるのか分からなくなって少しだけ怖いと思ってしまった。近づく僕を眺めながら剣を地面に突き立て、エディは額の汗をぬぐった。僕は、持っていたハンカチを渡す。


「眠れないの?」


「まあ、な」


 それで会話が終わってしまう。なんだかちょっと気まずい沈黙の後、口を開いたのはエディの方だった。


「王城でのパーティーでさ、俺はレイナートさんに歯が立たなかったんだ。俺は本気で剣を振るったつもりだったけど、レイナートさんには届かなかった。それどころか、レイナートさんは俺を諦めさせるために手加減までしてたのに、その隙をつく事も出来なかった」


 懺悔の様に語るエディを見ながら、僕はあの夜の決闘を思いだす。僕の目から見ても鋭い剣筋をしていたはずだけど、レイナートさんはそれを受けきって見せた。返す刀でエディの服や体を浅く切り、降伏を誘うような余裕すらあった。……改めて、やり直し前の僕達はよくレイナートさんに勝てたな、と思う。


「悔しかったんだよ、レイナートさんの言う言葉にちゃんと言い返せなかった。……リオ、怒るなよ? 俺は、お前を守ってやりたいと思ってたんだ。これは、お前が弱いからとかじゃあない。ガキの頃から、お前は引っ込み思案で俺の後ろに隠れてただろ?どうしてもさ、そのイメージが残っちまってて」


「あはは、まあ、うん。実際僕はいじわるされる度にエディに助けてもらってたもんね。覚えてる? トマスにおもちゃの蛇で驚かされて僕が泣いてたら、エディが飛んできて大喧嘩になったの」


「覚えてるよ、5歳ぐらいだったっけ? あれからお前と話すようになったんだよなあ、確か」


 懐かしい、と顔を見合わせて笑う。幼馴染のきっかけになった出来事だ。


「でもよ、リオ。お前は変わったよ。ここ半年で随分変わった。ほら、ロイドを助けたあの日からだな。喧嘩の現場になんて絶対に近づかなかったリオが、自分から飛び込んで行ってさ。しかも、ロイドを守るだけじゃなくて村のやつらと殴り合いの喧嘩してやんの。俺は目を疑ったぜ、本当にリオか?!って」


 赤々と燃える瞳を細め、エディは僕を見る。僕はその眼を見返し、何も言えなくなってしまう。僕は僕だ。だけど、エディの知ってる僕から10年以上の月日を経た心を持った僕だ。エディが驚くのも当然だ。


「そこからさ、エリーゼがさらわれたって聞いて、真っ先にお前は助けに行こうって決めただろう。斧なんて持って勇ましくさ。そして、俺達をゴブリンから逃がしてもくれた。……お前も見てただろ、俺はあの時、ゴブリンと戦う事におびえてた。初めて魔物を殺して、ブルっちまってたのさ。なのに、リオは、ゴブリンに向かっていった。ぼこぼこにされながら、俺達を助けた。……俺はさ、リオ。あの時は、リオの事も怖いと思っちまったんだ。なんであんなに頑張れるんだ、怖くないのか、ってさ」


「……怖かったよ、でも、僕も必死だったんだ。エリーゼちゃんを助けないといけないって思って、そればっかりで」


「俺だってそうさ。でもよ、戦う力があった俺が怯えて、そうじゃないリオが立ち向かった。……それが、すっげえ悔しかった。勇者になるなんて言いながら、俺は何もできなかった」


「でも、助けに戻ってくれたじゃないか」


「あれは俺だけの動きじゃない。ロイドが声を挙げて、トマスがガキどもを纏めて動かして、トルテとエリーゼまで戦うって言いだして、それでやっと大人たちが動いてくれたんだ。……俺は、俺一人じゃあなんも出来なかったよ。俺一人だったら引き返してゴブリンと戦うなんてことも出来なかった。……リオを、助けられなかった」


 先に目をそらしたのはエディだった。とっても苦い薬を間違えて噛み潰してしまったかのような顔をして、それでも、エディは言葉を続ける。


「それに、今回の冒険だってそうだ。俺達3人が先につかまっちまったのに、リオはそれを助けに来てくれた。俺はリオがどれだけお化け嫌いか知ってる。それでも、リオは俺達を助けてくれた」


「あれは……その、ご先祖様が手助けしてくれたから……」


「それでもだよ。それでもさ。俺は、気付いたら、今まで守ってたリオに守られるようになってたって気づいちまったんだ。これ、結構焦るんだぜ? 背中に庇ってるって思ってた相手に、思いっきり先を行かれちまったんだ。驚いたし、悔しかった。……そして、勇者って呼ばれるようになってからも、俺よりもずっと強い人達がいる。気合い入れて本気になっても超えられない相手がいる。そう思ったら、眠れなくってさ」


 そう言って、手を置いた剣の柄を握るエディ。深く溜息を吐く幼馴染を見て、僕は首を振る。違う、エディが落ち込むような事じゃあないんだ。僕は沢山、エディに言ってない事がある。でも、これは言える。


「エディ。僕はエディに感謝してるんだよ。……子供の頃から、ずっと、僕を守ってくれてる。そしてこれからの冒険でだって、僕は沢山エディに助けてもらう事になる」


「なんだよそれ、お前もフランジアさんみたいに未来を占いでもしたのか?」


「そうじゃないけど、判るんだ。エディはもっともっと強くなる、僕よりももっと、どんな魔物だって倒せるくらいに強い勇者になるって、僕は知ってるんだ」


 言い切る僕に目を瞬かせるエディは、眉を上げて苦笑した。


「未来を見てきたみたいに言いやがる。でも、事実、冒険を始めてからの俺はリオに守ってもらってばっかりだぜ?」


「じゃあ、僕一人でエリーゼちゃんを助けられたと思う?」


 自信を無くしているエディに問いかける。


「ロイドが苛められてる時に僕一人で飛び込んでたら、トマス達にぶん殴られてロイドと一緒にのされてたよ。そもそも、飛び込む勇気も無くて、ロイドを助けられてなかったかもしれない。……そうしたらきっと、ロイドはエリーゼちゃんがさらわれた時に僕達を頼ってくれなかったと思う。エリーゼちゃんを助けて逃げだすときも、エディがいなかったらそもそも、ロイドとエリーゼちゃんは逃げ切れなかった」


 僕は確信をもって言う。……それは、この世界では起こらなかった、思い出したくないくらいに悲惨な『もしも』の話だ。今夢に見てしまう、僕だけが知ってる出来事。


「エリーゼちゃんを助けられなかったら、あのままゴブリンキングが育って、沢山のゴブリンが僕達の村を襲っていたと思う。そうしたら、きっと村は滅びてた。……それに、今回の冒険だって、エディとロイドがいてくれたからレイナートさんとミアお嬢様を助けられたし、3人がいたから僕はご先祖様と一対一で話す事が出来た。……全部全部、エディが、みんながいてくれたからだ」


 そこまで言ってから、僕は深く息を吐く。ああ、本当に、こんな道があると昔の僕が知ったらどんな顔をしただろうか。本来起こるはずの無かった、信じられないような幸運。やり直しの世界。でも、今のエディが知らない悲惨な年月を過ごしたからこそ、僕は今こうして新し世界を歩きだす事が出来ている。……エディの知らないエディが、僕を守って戦ってくれたから、僕は10年以上戦い続ける事が出来た。


「いいかいエディ。エディがいてくれたから、僕はここまで歩いてこれたんだ。エディがいなかったら僕は、最初の一歩も踏み出せてないんだよ。……それは信じて欲しい」


「そんな言い方、まるで俺よりずっと大人になったみたいだぜ、リオ」


 エディはそれが事実を言い当ててると知らない。……いつか、話す事もあるだろうけど、僕は今はちょっと笑って返す。


「女の子の方が、男の子よりも先に大人びるんだよ」


 その言葉に呆れたように目を瞬かせるけど、釣られてエディも笑った。僕は、エディの手に手を重ね、そらされた目をもう一度見つめる。僕は知っている、エディはこんな場所で折れるような奴じゃない。


「エディ、僕ももっと強くなりたいって思ってる。エディが目指してる勇者に、僕だってなりたいと思ってる。沢山のものを守りたいし、沢山の人にあっていきたい。……今まで僕の前を歩いてきてくれた分、今は僕がちょっと早足になっただけだよ。だからさ、エディ。これで僕達は、やっと肩を並べられたんだ。そしてこれからも、一緒に冒険をしていく」


「リオ……」


「僕を冒険に誘ったのはエディだよ、忘れたの? 僕は『勇者の足手まとい』じゃなくて、『勇者の仲間』として歩いていきたい。……それじゃあ、駄目かな」


 何か言おうとしたエディに言葉を重ね、尋ねる。僕の勢いに押されたように口を閉じたエディと暫く見つめ合う。そして、再度開いたエディの口から洩れたのは、笑い声だった。


「やっぱリオは、随分強くなった。俺よりも強いかもだぜ」


「エディ、それは……」


「でも、だ! 俺はそれに負けるつもりもないし、置いていかれるつもりもない。リオ、お前もひとつわかってない事があるぜ」


 その言葉に僕は少し悩む。なんだろう、判らない。降参するように僕が首をかしげると、エディは歯を覗かせて笑った。


「王様も言ってたろ、お前も『勇者リオル』なんだ。リオが足手まといになりたくないって思うのと同じくらい、俺だって『勇者の足手まとい』になんて御免だ。へこたれてなんていられねえやな。お前が早足になったってんなら、俺は駆け足でまたお前を引っ張って行ってやる」


 挑戦的な事を言って笑うエディ。そうだ、これくらい強気なのが僕の知ってる勇者エディだ。うん、と僕が頷くと、おう、とエディが応える。こうやって、やり直し前だって僕たち二人は戦い抜いてきたんだ。これからだってやっていけないはずはないのだ。変わらず、進んでいけるはずだと僕は確信している。


「じゃあ、僕はそろそろ寝なおすよ。エディも鍛錬はほどほどにね、明日は旅立ちなのに筋肉痛で動けないとか無しだからね」


 そう言って僕はエディの手から手を離す。すると、その手をもう一度取られる。僕の手を握るエディの大きな手。ちょっと汗ばんでいる。僕は驚いてエディの方を見ると、なんだかちょっと落ち着かない様子でエディは言葉を漏らす。様子が変だ、と思って僕はどうしたの?と尋ねると、エディは空いてる手で頬を掻く。


「その、さ。もう一つ、まだ解決してない心残りがあるんだ」


「心残り?……レイナートさんを倒せてない事、とか?」


「いや、違う」


 僕の頭の中は疑問符ばかりが浮かぶ。そんな僕の手をエディは引き寄せて、僕の腰に腕を回した。驚きで僕は声を漏らすけど、すぐに分かった。これは、ダンスの姿勢。間近になったエディの目を見れば、なんだかちょっと怒ったような顔で、エディは言った。


「俺だけ、リオと踊ってない」


 その言葉に、僕は思わず笑ってしまう。それを見たエディが、ちょっと拗ねたように唇を尖らせ手を離そうとする。だから僕は、離れかけたエディの手を握り返して、片手をエディの肩に添えた。驚くエディの目を見て、僕は、さっきのお返しとしてニヤッと笑って見せる。


「僕を引っ張ってくれるんでしょう。音楽はないけど、ダンスのリードは宜しくね?」


「……リオ、やっぱりお前強くなったよ、まったく」


 夜の酒場の裏庭で顔を見合わせて踊る僕達を、三日月の歯を覗かせた月が、笑って見守っていた。






 ―――『優しい世界のあるきかた 第2章 完』

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