Episode Ⅶ 『密猟者』


 エルフの集落で最も大きな建物へと案内されたディアとスフィアは、クッションの上に座り、対面するエルフの長老ゴードンは神妙な面持ちで深く息を吐いた。


「それで、この村はどういう状況にある?」


 ディアの質問に答えるべく、ゴードンは三角形に並んだ三人の間に地図を広げた。それは、自分たちの集落を起点とした周辺の地形が細かく描かれた地図だ。


「結論から言いますと、村の者が偶然、森に密猟者を見つけましてな。捕らえた幻獣を檻に入れて森の外へ連れ出そうとしていますのじゃ」


 ゴードンの話を聴いて、ディアは猛烈に嫌な予感に襲われた。真横に座るスフィアの様子を伺うと、彼女も同じ様に不安を抱いたのかディアの方を見てきた。


「まさかとは思うが、その幻獣は白い龍か?」


「いえ、そこまで詳細には確認できなかった様ですが……、白い幻獣なのは間違いありませぬ。我々エルフは森と共に生きる種族。森に害を成す輩は我々の敵です。ワシらはこの密猟者達から幻獣を取り返し、彼らを放逐したいのです。どうか力を貸して貰えませぬか?」


「あぁ、構わない。そいつらは今どこにいる?」


 白い幻獣といえばそれなりに種類がいるが、どうにも今朝の白龍が関わっている様に思えた。もしも、ディアの感が正しければ最悪の事態だ。子供を誘拐されたのであれば、間違いなく白龍は怒り狂って暴れ回るだろう。見つかった密猟者は勿論、森そのものすら破滅させかねない。そうなればディアの安住の地が無くなってしまう。


 密猟者共から素早く幻獣を奪還し、それが白龍の子供であれば速やかに親元へと還す。無傷で子供が帰ってくれば白龍も怒りを静めてくれるはずだ。


「おぉ、助かりますぞ。して、ヤツらは村の南西、比較的樹木の少ない経路で森を出ようとしております」


 ゴードンは指で地図を指でなぞりながら説明する。示された場所は、木々の密度が低い林で、草原へと続く歩きやすい所だ。この集落からはそれなりに距離があるが、ディアに取ってはさほど問題ない。魔力を全快で炊いて飛ばせば、今から向かっても密猟者達が森を出るまで優に追いつける。


 心配なのはディアの中に残っている魔力量だが、自分が置かれている状況を考えれば気にしている余裕は無い。どうせ相手はたかだか密猟者。護衛を雇っていようが敵の戦力をひっくるめても隣で困り顔を浮かべる聖剣使いに比べれば塵に等しい。


「クソ野郎共を見張ってる仲間には村へ帰れと伝えておいてくれ。今から向かう」


「ありがたい……、感謝致します」


 ゴードンは深々と頭を下げながら言った。


「礼は蜂蜜酒を一樽だ。後は俺に任せろ」


 ディアはそれだけ言って立ち上がると、そのまま出口へと向かう。引き戸に手をかけたディアは去り際にゴードンへと目配せし、心配するなと笑ってみせた。


「私も行きます!」


 ディアが姿を消すと、スフィアは自分が置いていかれた事に気付いて慌てて後を追いかける。


 森の中を疾駆する魔王と聖剣使いの速度は凄まじい。稲妻と烈風を纏うスフィアよりも、着地と同時に地面を蹴って再び跳躍するだけの単純な移動方法を取るディアの方が早い事に驚いていたのは、他ならぬスフィアだった。食らいつくのに精一杯だったスフィアは、圧倒的なディアの速度に少しずつ距離を離されてしまう。


 ディアがゴードンから報告を受けた場所へ到着するのに要した時間は十五分。地面には轍が刻まれており、密猟者達を追跡するのは容易だった。彼らの姿を確認すると、息を殺して様子を伺った。


 ローブを深く被り、武器を携帯して周囲を警戒しているのが四人。荷車を引く者と、後ろから押して補助する者が一人ずつ。先頭に立ち集団を誘導するリーダーらしき人間も確認できた。ディアが一番気になったのは、最高尾で殿を勤める男だ。


 他の者達と違い、その男の風貌は異様だ。枯れ草で編んだ傘を頭に被り、身に纏うのは東国の文化特有の着物だ。長物の武器を腰に下げており、彼が用心棒である事は一目でわかった。


 彼らが荷車で運搬しているのは、布で覆われた大きな箱だ。あの中に幻獣がいるのは間違い無いが、中身は確認できない。その中に白龍の子供がいない事を祈るばかりだ。


「はぁはぁ……、魔王早すぎます……」


 木の陰に隠れながら密猟者達を尾行するディアの元へ、少し遅れてスフィアが追いついた。肩で息をしながらスフィアはぐったりと太い幹に身体を寄せる。聖剣の籠と精霊術を駆使しても、休憩無しで移動し続けるのはキツイようだ。


「お前が遅いんだよ。それより、敵の数は八。一人強そうなヤツがいるがまぁ敵じゃない。サクッと片付けちまうのが良いだろうよ」


 ディアの言葉を聞きながらスフィアも木の陰から顔を出し、敵の様子を見る。


「どうやら魔王の言う通りのようですね。すぐに捕縛しましょう」


「あぁ。俺がやるからお前はここで見とけ」


「ダメです、貴方だと全員殺してしまいます。私なら彼らを無力化した上で幻獣を奪還できます。私に任せてください」


 ディアは肩を竦めた。降参のポーズだ。負けず嫌いのスフィアが折れるとは思いにくい。時間の猶予があまりないため、素直に出番を彼女に譲る事にしたのだった。


「わかった、任せる。エビの時といい、人に戦わせてばかりで魔王として気が引けるぜ」


「気にしないでください。貴方は最悪の場合に備えるべきです。あの白龍が本気で襲って来たら私では太刀打ちできませんから」


「任せたぞ聖剣使い」


「はいっ」


 スフィアは小さく頷き、木陰からゆらりと歩み出る。微風を纏ったかと思えば、彼女の姿は蜃気楼の様に掻き消えた。精霊術によって音を消したスフィアの不意打ちに気づけるのはこの世界で魔王くらいのものだ。その刃が向けられているのがディアでないとすれば、その結果は明白だ。


「ぐあっ!」


 スフィアの一撃によって荷車を囲む戦闘員が一人昏倒する。物音を聞きつけて全員の視線が集まるが、そこにスフィアの姿はすでに無い。二人目の戦闘員が沈み、三人目が落ちたところでようやく怒号が飛ぶ。


「敵襲! もう三人やられた! おい用心棒!」


「遅いです!」


 小さく息を吐き、スフィアは銀の奇跡を走らせる。最後の戦闘員を黙らせ、ついでに近くにいた荷車の動力二人を眠らせて、リーダーらしき人物へと駆ける。


 空を裂く剣閃が火花を散らした事にスフィアは眉を動かした。割って入られたのだ。枯れ草で編んだ傘が飛び、ぱさりと音を立てて地面に落ちる。あの東国の用心棒だ。


「娘一人にこの様とは情けない。ふんっ!」


 東国人が強く力むがスフィアの剣は微動だにしなかった。


「なにぃ!?」


「鍛錬が足りてませんよ」


次の瞬間には男の視界から聖剣使いの姿は消える。並の動体視力では彼女の動きを捕らえるのは困難を極めるだろう。一瞬で剣士の死角に回ったスフィアは容赦の無い手刀を撃ち込んで、剣士の意識を容易く奪った。


 スフィアが敵を制圧する様を欠伸をしながら見ていたディアは、戦闘が片付くと荷車へと歩き出す。ついでに賞賛の意味を込めて拍手をしてみたが、やる気が絶望的に欠けている。


「さて、問題の中身だが……」


 山積みになった密猟者達を一瞥しながら、箱にかかった布を取り去った。


 隠されていたのは鉄製の分厚い檻で、その中には白い子龍が身体を丸めて小さくなっていた。その光景にディアは思わず額に手を当てた。


「……ド畜生共やってくれたな」


二人を待ち受けていたのは、予想した中でも最悪の展開。龍は個体数が少なく群れを成さない。連れ去られようとしていたのは、今朝怒鳴りつけてきた白龍の子供で間違いないだろう。ディアは忌々しげに伸びた男達を睨むが、彼らにこの事態を収める手段は無い。


 スフィアの方を見てみれば、顔を真っ青にして立ち尽くしていた。全く同じ心境らしい。


『グルアァァァァッ!!』


 遠くで響いた白龍の咆哮が響いたのを聴いて目眩までしてくる。


魔王史上最悪の一日になりそうだと溜息を吐かずにはいられなかった。


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