Episode Ⅴ 『川の暴君』


 魔法の発動には魔力が必要不可欠であり、その魔力は二種類存在する。


 それは、外的魔力と内的魔力。内的魔力は生物の体内に存在し、自然回復する。魔力が貯蔵されるのは血液であり、流出すれば魔力は損なわれてしまう。


 外的魔力は体外に存在する全ての魔力を指し、生命が散った時に自然へと変換されて生まれる。精霊と呼ばれる存在は外的魔力に意思が宿って生まれた存在だ。


「吸血鬼族が最強の種族と言われている理由は、内的魔力を他人から奪えるって部分に尽きる訳よ」


 神秘の森の奥地へと歩みを進めながら、ディアはスフィアに種族の説明をしていた。


「そのくらいなら私も知っています。人間、獣人、エルフ、数多の魔族。その中で最も高い戦闘能力を持つのが吸血鬼族だと」


 スフィアは聖剣で蔦を切り裂きながら言う。鬱蒼とした森は緑が生い茂り、自然は奥地へと進む事を阻む。樹木から伸びた葉は天蓋の様に空を覆い、太陽の光を遮っている。森の中は薄暗く、足下を確り見ていないと木の根に躓いてしまいそうだ。


「俺達のスペックを文字にして並べてみると、確かに戦闘能力は一番だろうな。じゃあ、なんでその最強種族が繁栄できていないと思う?」


「それは……。言われてみればどうしてなのですか? 貴方たちは無限に近い魔力を蓄積でき、魔法戦闘にも近接戦闘にも秀でているのにその数は少ないですね」


 スフィアの言う通り、吸血鬼族は戦闘において最強の種族だ。高い適性と膨大な魔力による魔法戦闘はエルフ族と同等。肉弾戦おいては高い身体能力と、魔力を対価とした再生能力で多種族を圧倒する。


「簡単な話だ。長い寿命と個体の高い能力。繁殖の必要性が薄いからだよ。それに、そうしようとするヤツも少ない」


 戦闘能力こそ最高位だが、繁殖能力――、というか繁殖意欲は最下位中の最下位だ。


「な、なるほど……!」


「俺らの一族はシケた城に籠もってくだらない掟を守りながら生きてる。俺はソレが嫌で外に出たんだが、今度は魔王なんて肩書きを押しつけられてな。それがやっとこさ解放されて自由になったんだぜ」


「そんな事情を抱えていたのですね」


「やれエルフは閉鎖的な種族だなんだ言うが、吸血鬼も大概だぜ。まぁ、俺の事情は置いておくとして、話しを戻すぞ。外的魔力の略奪――、つまり吸血をしないと俺達吸血鬼族は魔力を得られないんだ」


「えぇ、そうなのですか!?」


 スフィアはあまりの驚きに一瞬手に持っていた聖剣を落としかけるが、滑り落ちた剣を慌てて空中でキャッチする。


「一族の掟を破ってお前に話してやったんだ、他言無用で頼むぜ」


「勿論、お約束します。ですが何故私にその話をするのですか?」


「あぁ、それな。昨日俺と戦った時お前俺が弱くなったと言ったよなぁ? あれの答えだよ」


 それはつまり、吸血鬼族には内的魔力の自然回復が存在しないという事だ。吸血を行わない以上、内的魔力を回復しない。戦えば内的魔力は必ず消費され、貯蔵はすり減っていく。


「では、貴方が弱っているのは血を吸っていないからなのですね」


「そういう事。そもそも、俺は戦争の前も後も直接人から血を吸った事がないんだけど」


「吸血経験がないと言うのですか? それは矛盾しますよ、魔王。貴方は間違いなく世界最強です。それが吸血無しとは到底思えません」


 ディアはスフィアの質問に対して答えるべく、虚空から魔剣を出現させる。剣とは到底思えない複雑な構造だ。闇の様に黒い柄に付くのは、赤黒い片刃の刀身。魔剣の名を冠するに相応しい見た目だろう。


「言ったろ? 直接吸った事が無いって。コイツは血を吸う魔剣なんだよ」


 ディアは魔剣をくるくると器用に回し、投げ捨てると同時に魔剣は姿を消す。


「なるほど……、私は貴方の初めての相手になる訳ですね!」


「さぁな。ま、着いたぜ? ずいぶんと長話になっちまったが、ここが目的地だ」


 スフィアのアピールをスルーするのに慣れてきたディアは、木の根や石の間を縫う様に緩やかに流れる小川を指さす。苔むした岩の下の小魚から、水底の砂利までハッキリと確認でき、水質の良さが良く分かる。


「この川にエビがいるのですか? とても魔王が言う大きなエビがいるとは思えませんが……」


 スフィアは小川の水面を見ながら呟く。


「まぁ、そこは大丈夫。縄張りに勝手に入った俺達をそろそろ歓迎してくれるさ」


 ドシンと重い地響きが、清らかな水面が大きく揺らす。水中の小魚達が慌てて岩の下へと身を隠した。


「この揺れは? まさか魔物ですか!?」


 スフィアは聖剣を構えて腰を少し落とすと、深呼吸をして集中力を高める。聖剣から溢れ出た雷が腕を伝い、全身へと伝播していく。


 背丈の高い草むらから二本の触角が飛び出したかと思えば、丸太をねじ切れ切れそうな巨大な鋏で茂みを掻き分ける、エビの頭が顔を出す。現れたのは体長五メートルはあろうかという、甲殻類の怪物だった。


六本の鋭い足を持ち、胴体から伸びる尾は鉄扇に似ている。幾重にも重なった赤い甲殻は鎧のように思え、生半可な攻撃は通用しなさそうだ。


「ま、魔王! これは?」


「こいつはエビレックス。美味いが凶暴な魔物でね。確か、お前達人間のギルドではAランクの魔物として登録してあった気がするなぁ」


「歓迎、という雰囲気ではありませんね。Aランクといえば中々の強敵ですよ。私でも――」


「倒すのは難しいか?」


「三十秒はかかります!」


 刹那、スフィアがエビレックス目がけて踏み込む。

 雷が弾け、旋風が巻き起こった。閃いた銀の奇跡は一瞬にして、幾度も屈折を繰り返してエビレックスの甲殻に斬撃を見舞った。


 切り裂かれたエビレックスの甲殻からは紫色の体液が噴き出し、辺り一面を染め上げる。しかし、エビレックスは止まらない。攻撃が浅かったのだ。その程度のダメージでは、エビレックスを仕留めれないと素早く判断し、スフィアは次の行動に移る。


対するエビレックスは機械的にスフィア目がけて巨大な鋏を伸ばし、捕らえよとする。もしも、あの鋏に捕まれば聖剣の加護を受けているとはいえ無事ではすまない。


 風の精霊術を使用しているのか、スフィアの動きから重さという概念は消失していた。鮮やかな回避行動でエビレックスの攻撃をすり抜けると、その真下に滑り込んだ。


「雷よ! 迸れ!」


 呪文を叫びながら掌底を繰り出すスフィア。エビレックスのちょうど中心部に添えられた掌から、強烈な電撃が流れ込む。感電したエビレックスは痙攣し、全ての行動が封じられる。


 その状態が五秒ほど続いたところで、スフィアは電撃を流し込むのをやめた。エビレックスの全身からは白い煙があがり、黒かった瞳は真っ白になっていた。自重を支えきれなくなったエビレックスはそのまま倒れ込み、スフィアは巻き込まれないように素早く距離を取った。


「よぉし、お疲れスフィア」


「ふふん、どうですか魔王」


 聖剣を鞘にしまうと、スフィアは腰に片手を添え、豊かな胸を反ってアピールしてくる。


「流石に強いな。けどよぉ、お前の激しい戦闘スタイルにその服はどうなんだ?」


 エビレックスの鋏を力任せにもぎ取りながらディアが言う。


 初日の戦闘で軽鎧やその時着ていた服はボロボロになり、使い物にならなくなってしまったスフィアだが、そこは女の子。旅の荷物にはちゃんと着替えが入っており、今日はその服に袖を通していた。


彼女の服装はというと、丈の短めな濃い藍色のワンピースに、鞘を吊すために革のベルトを腰に巻き付けているだけ。とても森を歩く装備とは思えない。そもそも戦闘に向いているとも思えないのだが。


 普通の人間ならば、スフィアの動きは目で追えないだろう。けれどディアはその聖剣使いよりも実力が上だ、当然その動きを目視できる。激しい動きによってヒラヒラと揺れるワンピースの裾から、見え隠れしていた黒い下着が今でも脳裏に焼き付いていた。


「どういう事ですか……?」


 言葉の真意を掴めなかったのか、スフィアは指を顎に添えながら首を傾げる。無防備にも程があると文句を言いたかったが、その気も失せて代わりに溜息を吐く。


「なんでもない、それよりコイツ解体すんの手伝えよ。仕留めるのより大変なんだぜ」


「はい、喜んで。共同作業ですね!」


「まぁ、そうだな」


 エビレックスの解体作業に取りかかるスフィアの横顔は嬉しそうだ。つられてディアも口元を緩ませるのだった。

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