Episode Ⅱ 『聖剣使いの告白』

「それで、なんでお嫁さんになりたいと?」


 世界最強の称号を冠する魔王ディア・ベルシアスは、つい先程自分の住む小屋に空いた大穴を塞ぐべく、板を打ち付けながら問いかけた。


「私の話を聞いてくれるのですか?」


 人類最高峰の実力を持つ勇者スフィア・オルファリオは、ディアの言葉に目を見開く。真っ二つに叩き割られたディアのベッドの片割れに腰掛けるスフィアは下着姿で、その上に毛布を羽織っている。


 スフィアの身につけていた鎧や服はディアとの戦闘を経て、その機能を完全に失っていた。そこまで苛烈な戦闘を繰り広げたとはいえ、彼女は打ち身や切り傷程度の軽傷を負った程度で、胸に抱える白銀の聖剣に至っては傷一つ無い。


「まぁな。それに、聞かなきゃ帰んねーだろ、お前。強情だしよ」


 ディアは戦争時代の事を思い出しながらぼやく。


 人間と魔族は長きに渡って争いの歴史を紡いできた。戦争の発端などどうでも良くなるほどの長い年月だ。しまいには争う事自体が目的となってしまい、両者は引くに引けない状況となっていた。


 そのくだらない歴史に終止符を打ったのが、今まさにボロ小屋の修復に励んでいるディアだ。先代の魔王に次期魔王として任命されたディアは、その膨大な力でありとあらゆる戦線を蹂躙し、優勢だった人間を押し返した。


 人間側を優位たらしめていた聖剣使いと魔王が戦場で激突するのは必然で、数多の戦場で二人は戦い、地図を何度も書き変えた。


 ディアの知るスフィアのほとんどは戦場でのもので、言葉遣いこそ丁寧だが強情で負けず嫌いだったと記憶している。何回負かしても再び挑んでくる精神力のタフネスさは賞賛に値するほどだ。正直言って、好きか嫌いかの二択を選ばされるのなら、好きに分類される。


 そんな彼女がここまで食い下がって〝お嫁さんにしてください〟と言う理由に興味が沸いてきた。面白そうであれば問題の解決に協力してやっても良い。

 

「ヒューレル王国はご存知ですか?」


「あぁ。あのクソムカつく王子がいる国だろ。あいつの軍隊だけは執拗に叩いてやったぜ」


 魔族の幹部の間で〝ケツ顎〟と散々馬鹿にした王子の顔を思い出して、ディアは苦虫を噛みつぶした様な顔をする。


「えぇ、そのハビル第一王子との縁談が持ち上がっていまして……」


 スフィアが深刻そうに告げた一言を聞いて、ディアは思わず吹き出す。あの不細工な王子と、女神も嫉妬に狂いそうな美貌の持ち主である聖剣使い様が釣り合うわけが無い。ディアは笑い転げたい気持ちを抑えて、スフィアに向き直った。


「ククッ……、冗談はよせよ。アイツの顎の割れ目、お前の谷間と同じくらい深いんだぜ?」


 ディアはスフィアの呼吸と共に小さく上下する胸に視線を向けながら言う。確か彼女の年齢は十八。まだ育ちきっていないのにも関わらず、スフィアの発育は大変よろしい。肌は磁器の様に滑らかでいて白雪の如く白い。男ならば年齢を問わず視線を奪われるだろう。


「怒りますよ! 私だって嫌なんです!」


「まぁまぁ、そう怒るなよ」


「誰のせいだと思っているのですか! 貴方のせいですよ! もう!」


 ぷりぷりと怒り出したスフィアをなだめつつ、ディアは話の続きを促す。


「は、話を戻しますよ。ヒューレル王国と、隣国である私の住まうアルキデス聖国はあまり良い関係を築けていません。それはもう貿易に支障が出るほどにです」


「ずいぶんと眠たくなる話題だ。もっと面白く喋れないのか?」


「難しい事を言わないでください! それでですね、ヒューレル王国第一王子ハビル様と、アルキデス聖国の貴族であるオルファリオ家の縁談は、両国の関係を修復する礎となるのです。小麦の供給を王国に頼り切っている聖国としては、関係を良くして重い税を取り除きたいのです。もし、この縁談が袖になった場合、関係が悪化するのは明白なのです」


「それで?」


「ですから、何度も言っている通り、私はハビル様とは結婚したくありません。そこはどうしても譲れないのです……」


「それで、その縁談を良い感じに断るために、俺を利用したいと?」


「利用などとは……」


 突然歯切れが悪くなるスフィアは、口をもごもごとさせて、理由はわからないが頬を桃色に染める。


「まぁ、どうでも良いけどよ。俺はお断りだぜ、そんな面倒事に俺を巻き込むんじゃねぇよ。最初に言ったよな? 俺は隠居して静かに余生を過ごしてぇわけ。それに、結局好きでもねぇ男とくっつくのは同じなんだろ?」


「そ、それは違います!」


 ディアの攻めるような物言いに泣きそうな表情を浮かべていたスフィアだったが、顔色を変えて強く否定する。彼女の真剣な眼差しは嘘を言っている様には到底思えず、ディアは思わず押し黙った。


 ディアは深い溜息を吐いて床に座り込むと、胡座の上に頬杖を突いて項垂れる。しばらく重い沈黙が続いたが、静寂を破ったのはスファイだった。


「……私、ずっと前から貴方の事をお慕いしていました。この気持ちを打ち明けるのは魔王、貴方が初めてです。ずっと好きでした。今も貴方を見ると胸がキュンキュンするのです!」


 そのあまりにも唐突で大胆な吐露に、ディアは口をあんぐりと開けてアホ面を晒す。


「はぁ!? お前、今なんて言った!?」


「……キュンキュンするのです」


 スフィアは茹でた甲殻類の様に顔を真っ赤にしながら、小さな声で告げる。


「聞きたかったのはそこじゃねぇよ! あぁ、クソ……! それで、なんで俺なんかを? 俺達の関係は魔王と勇者だろ」


 ディアにとってスフィアは今まで幾度となく刃を交えてきた関係で、それ以上でも以下でもなかった。ましてや彼女の事を偉大な聖剣使いと称えた事はあっても、可憐な乙女だ思った事は一度もなかった。


「そんなのわかりません。いつの間にか貴方の顔を見ると胸が切なくなくなるようになりました。初めての感覚ですが、この気持ちが〝好き〟だというのは確かです」


「お前の気持ちはよくわかった。利用とかそういうんじゃねぇのもな、でもやっぱり断る。結婚なんてガラじゃねぇんだよ、俺は」


「そんな……! 自分でいうのも何ですが、こんな美少女他にいませんよ? 胸だってほら、挟めますよ?」


 スフィアは頬を膨らませながら、自分の胸を両手で押し上げて谷間を強調する。柔らかそうな二つの塊は、おそらく想像を絶する揉み心地だろう。並の男なら骨抜きにされてアレの奴隷になってしまうかも知れない。


ディアは一瞬視線を吸い寄せられてしまったが、頭を横に振って誘惑を振り切る。今まで何とも思わなかったが、好意を伝えられた今、どうにも脳が異性として認識してしまう。


 それにだ、本当に自分で主張するのはどうかと思うが、彼女が美少女なのは間違いない。千人の人間に聴いたところで、皆同じ返答を寄越すだろう。


 金糸のように艶やかな長髪に、海の様に透き通ったブルーアイ。小さな鼻に、花弁のような瑞々しい唇。顔は小さくて、睫は瞳に影を落とすほど長い。美少女という言葉は彼女のためにあると豪語したところで、それは誇張ではない。


 だからこそ、ディアは嫌なのだ。ただでさえ名声欲しさに挑んでくる馬鹿が多いのに、さらに嫉妬に狂った阿呆まで相手にするのは流石に気が滅入る。スフィアがもたらす日常は、ディアが望む平穏な日々とはほど遠い。


「帰ってくれ」


「嫌です帰りません! 私、決めました。貴方を籠絡します!」


 ディアの要求を突っぱねて、スフィアは決意を露わにした。持ち前の強情さを発揮し、スフィアは割れたベッドに無理して横になる。滑稽に見えるが彼女なりの抵抗の証らしい。


「ど、どうですか? 私とにゃんにゃんしたくなりませんか?」


 纏っていた毛布を取り払って、純白の下着しか身につけていないあられも無い姿を見せつけながらスフィアが言う。


 彼女の知られざる一面……、というか生真面目故の馬鹿っぽい行動を見て、ディアは思わず眉間を手で覆った。ディアの中にあった整然とした彼女のイメージが音を立てて崩れていく。


「頼む、今すぐ帰ってくれ」

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